その訃報は彼女────牡丹の耳にも届いていた。そこに自身の父が関与しているのは明白。日が沈み枯野の別邸に向かったことを知っていた彼女は、父に事件の真意を問うべく一人で向かった。


「何故あんなことを!!」


 前置きも何もなく、部屋に飛び込み声を上げる。そこで白藍と酒を酌み交わす藍鉄は「あんなこと、とは?」と、とぼける始末で出だしから手に負えない。そんな父を牡丹はキッと睨みつけ声を荒らげた。


「人を使って茅を殺させた。そこまでする必要がどこにあるのです!?」


「茅を⋯⋯? 誠でございますか、叔父上!!」


 その場で初めて知ったらしい話に、白藍は手にした杯の中身が零れるほど強く卓子を叩き言葉を詰まらせる。人殺しまで厭わない藍鉄の本性に目を剥き立ち上がる彼を、藍鉄自身は「其方は気にせずともよいこと」と落ち着き払いなだめていた。


「よりにもよって茅を⋯⋯。兄上が黙ってはおりますまい!!」


「籐茅は、言わば足枷。二藍を藍墨国主などのつまらん地位に引き止める邪魔な鎖だ。そういえばもう一人、要らぬ脅威がおったが、そやつは自分で自身の命にケリをつけられたのでな」


 手間は省けたと、酒をあおる。


 余裕綽々で自身の杯に酒を注ぐ様はまるで、何かを嘲笑するかの如く白藍を見つめ口角を上げた。────と同時に屋敷の庭の方から低く艶やかな、それでいて殺気を帯びた声が響き渡ったのだ。


「白檀のことか?」と問うたのは、彼の目の前にいる白藍ではない。


 美しいその声の主。その者の心にあるのは、決して表には出すまいとする怒りと憎しみ。


 彼────二藍のすぐ目の前にいるのは、今や友の「敵」となった人物だった。


 怒りをあらわに刀を握りしめる睡蓮とは対照的に、彼は恐ろしいほど冷静。開け放たれたままの障子の外から部屋の中を睨み据えるよう佇むその姿は、恐ろしいほどの殺気に満ちていた。


「二藍、よく来たな。歓迎するぞ」


 突然現れた二人にも驚く素振りも見せず、飄々とした態度で悠然と語るその男を、二藍はこれでもかと言わんばかりに睨みつける。


「なぜ、茅を?」


「忠告申し上げたではないか。されど其方は聞き入れなかった。それ故、致し方なく……。麹塵殿でも良かったのだが、もし彼女を葬ってしまえば、其方を止められる者がいなくなるのでな⋯⋯」


「で、あいつか⋯⋯。否定する気もないらしい」


「私はただ、其方を其方の在るべき場所へ導くことが出来れば⋯⋯と」


「その為だったら、何でもすると?」


「それは、其方次第⋯⋯」


 その言葉がまるで合図であったかのように、黒装束の忍びが二藍と睡蓮の周りを取り囲んだ。


「何なんだよ、こいつら!?」


「恐らく、茅と麹塵を襲ったやつらだ」


 言いながら剣を抜く二藍に背中を合わせ、睡蓮もその刃を引き抜く。投げ捨てた二本の鞘が地面に転がり落ちるのが合図であったかのように、数多の忍びが一斉に二人を襲い始めた。


 隙を見せまいと相手の刃を跳ね返す二人の太刀筋は、断然忍びよりも上だが、如何せん数が多い。背中合わせで応戦していた睡蓮が二藍から離れ、それぞれが不利な戦いを強いられていた。


 睡蓮はともかく、このような状況には慣れている二藍は次から次へと敵を斬り捨てていく。目の前で起こる凄惨な現場に白藍がそっと腰を上げれば、近くにいた一人の忍びが彼の喉元に短剣を突きつけ、動くなとその動きを制止した。


「白藍、妙な考えは起こすな。もはや其方も私と同罪」


「私を脅迫する気ですか!?」


「滅相もない。忠告しておるだけだ」


「父上!」


 叫びながらその場で慌てふためくばかりの牡丹に、その身を投げ出し場を制するほどの度胸はない。


 それが麹塵ならば⋯⋯と、最後の相手の胸を貫きかけて急所を外す二藍は、初めて会った時の自身の妻の姿と目の前の女を無意識に比較していた。


 そして未だ苦戦を強いられている睡蓮に加勢しようと体の向きを変えた時、彼が地面に蹲るのが見えた。その姿にほんの一瞬気を取られた隙をついて、二藍はその腹部に一撃を食らう。完全に油断した瞬間の出来事で、二藍は立て直す余裕もなく、あっという間にその身体を拘束されてしまったのだ。


「申し訳ないが、今しばらくの間こちらでお寛ぎ願おう」


 怪しい笑みを浮かべ、藍鉄は立ち上がりその場から二人を見下ろす。「貴様────!」と声を上げるが、勝ち誇ったようなその顔が、二藍のその場での最後の記憶となった。


「二人を牢へ。決して誰も通すでない!」


 言い残し、怯える白藍を連れその場を去る藍鉄。


 取り残された牡丹は、ただただ放心状態のまま立ち尽くしていた。

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