EP 3 多目的戦術機動郭 -マルチロール・ファイター-

「戦いに勝つためには何が必要か」

 その問いに対する答えは明解だ。

 強くあればいい。

 ライオンのような勇敢な精神力に、ワニのような強靭な顎、チーターのような神速の足、ゾウのような恵まれた巨体、あるいはフグが持つ毒のような搦め手があってもよい。兎にも角にも、各国の技術者諸君は、同じように考えた。

 強くあればいい、と。

 ただし、と付け加えるのであれば。これら全ては理想論でしかない。

 国ごとに回せる予算には限りがあるし、予算があってもそもそも技術力が足りなければ、その国の指導者や技術者諸君が謳う「戦いに勝つための兵器」は完成しない。

 特に世界は世界大戦後の戦間期で各国は軍縮の機運を深めていた。

 それでも、来る戦いに備えるために指導者及び技術者諸君は限りある人的資本・予算にも負けず、血反吐を吐きながら解決策を探した。


 そして至った結論が、汎用的に諸兵科運用できる──、即ち──旧来の兵科運用に囚われない兵科及び、それに必要な兵器・教義の開発だった。

 自国の『多目的戦術起動郭マルチロール・ファイター』はそういった経緯で開発が始まった。不思議なことに、同時期全ての国で同じような機体の開発が始まっていたが、深く考えなくても情報が流出していたのだろう、あるいは同じ結論に至ったか。あとはどの国が、どれだけ迅速に、どのような性能の機体を配備するのか、といった具合の模様だった。


 秘匿兵器とされ、国民の多くには知らさず開発された『多目的戦術起動郭マルチロール・ファイター』は成功だったとされる。侵攻劈頭の諸作戦で実戦配備されると敵の多くの、歩兵を、戦車を、火砲を、航空機を蹂躙した。

 蹂躙されたのは、味方の兵士たちも、と付け加えた上でだが。


 最早、今次戦争において『多目的戦術起動郭マルチロール・ファイター』の優位性は揺ぎ無く、それらを効率よく運用できた国こそが最も勝利へと近づく──。




 ────時計の針はカツカツと一定に歩みを進める。

 その短針は朝の八時を指していた。

 私はその時刻を横目で確認した。手早く着替えて軍装を羽織って私は自室をあとにする。


 戦場に休みはない。「なぜ休みがあると思ったのか」とはるか昔、私がまだ新兵の頃に上官だったとある男に叱咤されたことがあったが、戦場に休みがないだけで、兵士一人一人にはそれぞれ非番の日が設けられるのが通常である。どんな超人でも連勤は体が悲鳴を上げる。他の国はどうか知らないが、人民共和国軍の兵士は二週間のうち13勤務で1休(非番)、将校はようやく七日のうち6勤1休(非番)だ。尤も、名目上は非番なので呼集がかかれば出勤しなければいけないのだが。誰であろうと休みの日を潰されたらいい顔はしないはずだ。


「酷い顔だな大尉」

「大佐も優れないようで」


 二人で顔を合わせて苦笑い。

 一応の基地司令だ。というのも前の司令は先月の戦闘で負傷し、それが祟って後送の憂き目にあっているからだ。というわけで、現在は副指令だった男が本国から正規な辞令が送られてくるまで臨時の指令だった。そうか指令も非番だったのか、と思い至る。

 揃って二人は師団司令部に入室する。こんな朝早く何の用だ、と。休暇を謳歌していた私は司令部に入室するや否や当直の将校を睨みつけ、尋ねた。


「連合軍に動きが?」


 連合軍が『D』と呼ぶ一大攻勢作戦を計画していることを共和国側は事前に察知していた。私はその作戦を思い出したのだ。対する当直の将校は「やれやれ」と腕を振って答えた。


「しかし、それと同じくらいの事態です」

「何があった?」

「師団隷下の歩兵中隊と連絡がつきません」


 聞けばその中隊は塹壕ラインの警戒にあたっていた中隊だった。早朝の定時連絡がなかったという。不審に感じた師団司令部は隣り合う中隊から人員を抽出して中隊本部の確認に向かわせたが、


「中隊は壊滅していた、と?」


 最悪の事態を想定した。おそらく敵の中隊は中隊を強襲して既に味方陣地に浸透しているはず。今すぐにでも追撃の部隊を派遣しなければ、と逡巡した。が、当直の「違う」と当惑した表情を浮かべながら放った一言で改めて私は疑問符を浮かべた。それは私の横で合成コーヒーを呷る大佐も同様だったようで当直の説明を求めていた。


「中隊は無事でした」

「それなら良かったではないか。問題は?」

「中隊は間違いなく、敵と交戦していました。けが人も確認できました。同隊の通信機器には本部との交信を試みた形跡もありました。つまり──」

「最悪の最悪、か」


 大佐が深く息をついた。沈黙だ。しばらくすると大佐は意を決したのか、強い口調で「大尉」と私を指名した。


「出撃だ。詳しいことはただちに出撃だ」

「はッ!」


 私は本部を飛び出した。遅れて緊急事態の旨を告げる警報が鳴った。

 それの格納庫には既にあらかたの部下が集まっていた。うち整備班長の老齢の男が私を見つけて、「全機稼働可能!」と報告する。「素晴らしいな!」と私が応えると整備班長は欠けた前歯を覗かせながら笑った。


「それが俺らの仕事でぇ!」

「それが素晴らしいのだ!」


 航空機時代の名残である厚手のパイロットスーツを羽織りながら私は答えた。整備班長は満足して仕事に戻っていく。彼はそれ──多目的戦術機動郭マルチロール・ファイターの脚部に張り付いた。


「いつでもいけらぁ!」


 整備班長が叫ぶ。

 私は頷いて、目の前に居並ぶ47人の部下であり戦友を前に立った。


「ヴァルキュリア・レギオン諸君! すでに聞き及んでいる者もいると思うが、悪辣なる連合軍は、多目的戦術機動郭マルチロール・ファイターを用い卑劣にも友軍を奇襲し、共和国領に侵攻している! 諸君はこれよりこれを追撃する! 詳細は離陸、合流後明らかになる! すでに敵は領内に侵攻している! これは速さの勝負である! ただちに出撃せよ!」



『いやーそれにしてもヴィクトーリャ隊長ってば今日非番じゃなかったっすか?』


 コックピットに乗り込んで計器類を確認していると無線機が鳴った。耳障りな雑音ざわりだったが、隊員の一人の声が聞こえた。


「少尉、今は一分一秒が惜しい」

『やだなあ、無線類の確認じゃないですか』

「そうか。ではもう無用だな」

『え、もう少し──』


 切った。無用だ。無線の感度は相変わらず雑音が若干混じっているが聞き取れないわけれはない。問題ない。

 多目的戦術機動郭マルチロール・ファイターのヘッドディスプレイの液晶モニター越しに既に点検を終えた友軍機が離陸している姿が見えた。私の自機の点検も終わった。エンジンを点火すると元素炉のしなやかな燃焼音がコックピットに響いた。スロットルレバーを引き、EIS(エンジン・インディケーション・システム)を確認する。エンジンの回転数は問題ない。私は脚部のブレーキを切った。緩やかに多目的戦術機動郭マルチロール・ファイターは発進し、横づけの滑走路に入った。

 FD(フライト・ディスプレイ)の情報を確認するとすでに時速100キロは突破していた。「よし」と私は小さく頷き、右側に備え付けられた操縦桿を軽く手前に引いた。機首が上がる。エネルギーは重力をものともせずに逆らった。一瞬、重力を感じ、そのすぐあとにふわりと、コックピット内にいながら不意に体が浮かび上がるような感覚を覚えた。


「全機問題ないな」


 しばらくして全機が離陸に完了した。ヘッドディスプレイの戦略マップ越しに全機の機体マーカーを確認できる。不意に無線の向こうが鳴った。


『諸君、分析が終わった。敵の目撃情報を整理したところ、敵の目標は鉄道だ。場所はたった今、転送した資料を確認してくれ。武運を祈る』

「聞いたなヴァルキュリア・レギオン諸君! 編隊飛行で現場を目指すぞ!」

『『『了解!』』』


 スロットルレバーを引く。エンジンの回転数が上がり、元素炉はうねりを上げる。

 速度が上昇する。空を無機質な鈍色の塊が征く。


『──時に』

「はい?」


 不意に大佐の声が続く。

 無線を切っていなかったのか、と。

 私は首を傾げた。全機に繋がるオープン回線ではなく、個別回線での通信だった。


『二つ、懸念点がある。

 一つ、味方を攻撃して浸透攻撃を敢行していると思われる敵部隊。これは君たちが対処しきってくれることを期待する。これは問題ない。通常の作戦だ。

 そして、──もう一つ。

 通信阻害のチャフを警戒して敷設した有線の通信ケーブルだが、何者かによって切断された跡が見つかった。明らかに人為的なものだ。敵は目の前にだけでなく、──味方にも潜んでいる可能性が高い。味方の皮を被った敵だ』

「諜報員ですか?」

『分からん。だが注意しろ、敵の目標が援軍を運ぶ鉄道であるとは限らない』

「はい」

『注意しろ。裏切り者に。以上だ』


 通信が切れる。

 私は大きくため息をついた。


     〇


 連合軍の兵士である男は無心にトリガーを引き続けた。

 敵は抵抗する術を持たない弱者である歩兵の大群だ。

 簡単なお仕事だ。歩兵の諸君には申し訳ないが、戦争は変わった。

 ひたすら圧倒的強者である多目的戦術機動郭マルチロール・ファイターに狩られ続ける。狩りの時間だ。

 しかし敵は、世界に先駆けてそれを導入した共和国軍である。それの優位性にいち早く気づいた先見性を持ち合わせる国家である。が、共和国軍を構成する多くは歩兵であり、前時代の砲や戦車を配備する旧時代の軍だ。


「いや作れないのか」


 世界を敵に回した共和国には、既にそれを作れるだけの資源が残っていない。

 ヘッドディスプレイを通して見る共和国の大地は枯れ果てていた。荒野だ。緑といえるような緑もほとんどない。


『各機注意せよ! 戦略マップ上に敵機出現! 繰り返す敵機出現!』

『A中隊は引き続き、敵地上部隊への攻撃を続行、残りのB、C、D中隊で敵の多目的戦術機動郭マルチロール・ファイターの相手をする』


 刹那、光の帯が僚機を貫いた。

 完全なる奇襲だ。握る操縦桿は言うことを効かない。なぜか動かないのだ。


『レーザー警告! ブレイク!』

「──ッ!」


 その声に、俺は我に返ることができた。

 操縦桿を操作し、敵が放つ誘導レーザーから逃れた。

 直後、背後で光が爆ぜた。


『ソード7ロスト!』

『やりやがったな! 各機応戦!』


 両軍はあいまみえる。

 ──戦争は終わらない。

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