第2話 神寄生

 階段を登る。

 背後に迫る足音。

 海斗はもう人間ではない──化け物だ。


 ポケットからスマホを取り出し、警察に通報しようとするが、心臓が早鐘を打つ。


「大人しく殺されるんだな、愚かな人間」


 声は海斗のものだが、口調が違う。

 冷たく無機質で、彼ではないとわかる。


「海斗はもう死んだ。私が彼の身体を手に入れたからだ」


 どういうことか聞く余裕もない。

 海斗の姿が恐ろしい今、助けを呼ぶしかない。


 110番を打ち、通話ボタンを押したその瞬間、床に鎌が突き刺さった。


「──ッ!」


 鎌が床を切り裂きながら動く。

 俺は恐怖に凍りついたまま、スマホ越しにかすかに「はい、警察です」という声が聞こえたが、次の瞬間、床が崩れ落ちた。


 俺は一つ下の階へと落ち、スマホが手から滑り落ちる。


「あ、これ……死んだな……」


 落下する間、そう悟る。

 そして、床にぶつかり意識が途絶えた。





「……ん?」


 目を覚ますと、真っ白な空間にいた。

 天国だろうか?

 俺は死んだのか?


 周囲を見回すと、目の前には神を連想させる白い衣装を纏った人物が立っていた。

 その人物は優しげな笑みを浮かべ、俺に語りかける。


「よく目覚めたな、龍一」


「誰だ……?」


「私は希望の神エルピス。君に助けを与えるために現れた」


「希望の神……?」


 俺を助けるために現れた?

 何がどうなってるんだ。

 しかし、今はそれを考える余裕などない。

 海斗のこと、そして俺が今どこにいるのかを聞きたい。


「君はまだ死んでいない。だが、このままでは確かに死ぬだろう。私の力が必要だ」


 エルピスは手を差し出し、微笑む。


「君に私を授けよう。だが、それには代償がある」


「意味がわかんねえよ……代償……?」


「君の右腕に私が寄生する。希望の力を授けるが、その代わりに君の体は徐々に蝕まれていくだろう。だが、この力なしでは、あの悪魔に勝つことはできない」


 迷う余地はない。

 海斗の見た目の奴を倒すためには力が必要だ。

 何よりも今起こっていることを知るために。


「わかった、俺にその力をくれ」


 エルピスは微笑み頷くと、手を伸ばし、俺の右腕に触れた。

 その瞬間、右腕に熱が走り、焼け付くような痛みが全身に広がった。


「う……ああああッ!!」


 痛みに耐えきれず、叫ぶ。

 腕がまるで燃えているかのような感覚だ。

 しかし、その痛みの中に確かに力が流れ込んでくるのを感じた。


「これで君は希望を操る者だ。希望の光で悪魔を討て」


 声が遠のき、視界がぼやけていく。

 そして、再び意識が遠のいた。



 

 気がつくと、俺は旧校舎の冷たい床に横たわっていた。

 全身が痛むが、それ以上に右腕が異様に重い。 目をやると、右腕が淡い光を帯びて脈打っている。


「……エルピス……」


 俺がつぶやくと、その光が一瞬強まり、まるで生き物が反応したかのようだ。

 何かが確かに右腕に寄生している感覚。

 だが、違和感はない。

 それどころか、この腕に新たな力が満ちているのを感じる。

 今までの俺とは違う……希望の力を持つ者になったのだ。


 俺は立ち上がり、軽く右腕を握りしめる。

 その瞬間、温かな光が腕を包み、力が沸き上がる。

 

 これがエルピスの力か。


 体が軽く感じられるのと同時に、心の奥底から不思議な勇気が湧いてくる。


 だが同時に、俺の中にかすかな恐れが生じる。 

 エルピスは言っていた。

 この力には代償があると……。

 俺の体が蝕まれていく──それがどういうことなのか、まだ理解できていないが、今はそんなことを考えている時間はない。

 海斗が……いや、あの悪魔が待っている。


 俺は廊下の奥へと向かう。

 かすかに海斗──いや、悪魔の気配が漂っている。

 全身が緊張する。

 

 足音が静寂の中に響き渡る。

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悪魔寄生《デーモンパラサイト》 さい @Sai31

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