初恋の護衛騎士に媚薬を盛ったとあらぬ疑いをかけられていますが、信じてください。無罪です。これは単なる溺愛なんですが!

しましまにゃんこ

第1話

 ◇◇◇


「それ以上わたくしとマリーに近づくと痛い目を見るわよっ!脅しじゃないわ。どうなっても知らないからねっ!」


 男たちに向かって啖呵を切ったアイリスの手には、しっかりと手榴弾が握り締められている。


「ちょっ!アイリス様!それ、本当にヤバいヤツじゃないですかっ!どうしてそんなの持ってきたんですかっ!落ち着いて、手を放して。と、とにかくそれだけはおやめください!」


「私だって嫌よ!でもしょうがないでしょ!護身具のストックがこれしかなかったのよ!」


 アイリスは涙目になってしゃがみ込んだマリーを庇うように立ち、油断なく男たちを睨みつけていた。だが、二人を囲む男たちはアイリス達の言葉に怯むどころか、ますます笑みを深めている。どうせ子供だましの護身具だと侮っているのだろう。


「へえ。こっちのお嬢ちゃんは随分威勢がいいな」


「痛い目を見るのはどちらか教えてやろうか?」


 男たちは各々手に持った武器をチラつかせてくる。幸い飛び道具を持っている者はいないようだが、かといってナイフを持った男と戦って勝てる自信はない。


「こ、ここは私が囮になりますからっ!アイリス様はその間にお逃げください!」


 覚悟を決めたようにアイリスの前に出るマリー。最終手段よりもこの男たちの相手をするほうがまだマシだと判断したらしい。だがマリーは、多少護身術の心得があるだけで、女性騎士のように戦闘訓練を受けているわけではない。武器を持っている男たちを相手にするのは危険すぎる。


「マリー、落ち着いて。大丈夫よ。すぐにサウロが助けに来るわ」


 狭い路地は薄暗く、大通りから離れているため人通りも少ない。ここで大声を上げたとしても、サウロの待っている広場には届かないだろう。なんとか時間を稼がなければ、待ち合わせまでにはまだ時間がある。


 ようやく探していた店をみつけ、目当ての品を買い求めて意気揚々と店を出た直後に、いかにも怪しい男たちに取り囲まれてしまった。こういうときのために護身具を持たされているのだが、正直使いたくない。なにしろこの護身具の開発者は変態だ。それも、人が苦しむのを見て楽しむやばい類の変態である。


 ───まあ、その変態は残念なことに実の兄なのだけれど。魔道器具の研究者として国一番の実力を持つ兄に一人歩き用の小型の目立たない護身具を、と頼んだはずなのだ。それが、「見て!ピンを引いて投げるだけ。簡単でしょ?護身具として使えるように、小型化と軽量化に苦労したんだぁ。あ、でも、投げるときはなるべく遠くに投げてね。じゃないと巻き込まれるから」と、ニコニコして渡されたのは、まさかの手榴弾だった。え?手榴弾?あの、戦場で敵を殲滅する?いやいや、さすがにそんな。一歩間違えば可愛い妹が怪我をするかもしれないものを渡すわけがない……と言いたいところだが、兄ならありえる。何しろ魔道器具の開発にしか興味のない変態だから。


(ううっ、こんなことなら、店の前までサウロについてきてもらえばよかった……)


 サウロには、すぐに帰ってくるから絶対についてこないようにと念を押していた。今日買うものを知られたくなかったから。もちろん最初は猛反対をしていたサウロだが、絶対に危ないことはしないこと。なにかあればすぐに兄から渡された護身具を使うことを条件に渋々引き下がってくれたのだ。変態だけど兄が腕のいい魔道具士であることは確かなので、兄が作る護身具に対する信頼性も無駄に高い。


「でも、三十分だけですからね。それ以上は待てません。俺は広場の噴水の前で待っていますから、用事をすませたらすぐに帰ってきてください。護身具の使い方は分かっていますね?危険を感じたら躊躇することなくすぐにお使いください」


「分かってるわ。サウロったら心配性ね。危ないところには行かないから大丈夫よ」


 その舌の根も乾かないうちに、こうしてトラブルに見舞われているわけだが。サウロの傍を離れたとたんに絡まれたことから察すると、最初からいいカモがいると目を付けられていたのだろう。町娘に扮してきたのだが、アイリスの持つ王族の気品は隠せるものではないらしい。


「見たところ、お貴族様のお忍びだろう?騎士に侍女まで連れてバレバレなんだよ。馬鹿な貴族はこれだからな。俺たちにしてみたらいいカモだが。なぁに、金の有り余ってる貴族様に、貧しい俺達がほんのちょっと小遣いを頂きたいだけだ。手荒な真似をされたくなけりゃ有り金全部置いていくんだな」


 ま、まあ、下賤の者には品位のなんたるかなんてわからないに違いない。そもそも婦女子から金を巻き上げようとする輩だ。碌な者たちではない。アイリスはこみ上げる怒りをぐっと飲み込んだ。が、もちろんこんな奴らにくれてやる金などない。


「お金が欲しければ真面目に働くことね。か弱い婦女子を脅してお金を巻き上げようとするあなたたちには、銅貨一枚だって渡すつもりはないわ」


 王族らしく胸を張って説教した。しかし、一瞬の隙をついて男たちの一人にあっさりと残りの護身具が入ったポーチを取り上げられてしまう。


「あっ!ちょっと!せっかく人が真面目に話しているのになんて失礼なの!?私のポーチ、返しなさいよっ!」


「はっ!こんなおもちゃいらねえよっ!」


 ポーチに護身具しか入っていないのをみるや、男はおもむろにポーチを地面に叩きつけた。


 その瞬間、辺りに煙が噴き出し、続けざまに乾いた爆音が鳴り響く。


「うわっ!なんだ!?」


「爆発!?だからアーノルド殿下の道具なんて嫌だったのよ!いやあああああ!死んじゃう!」


「マリー!早く目を瞑って伏せるのよっ!」



 ◇◇◇


「実は私、今日中に絶対に手に入れたい物があるの」


 いつになく真剣な顔をしたアイリスに、サウロは首を傾げた。普段ドレスや宝石にはそれほど興味を示さない姫が、今日は一体どうした風の吹き回しだろうか。まあ、大抵の物は出入りの商人に頼めばすぐに手配してくれるはずだ。シエスタ国は国土の半分を海に面しており、各国との貿易も盛んだ。王都では異国の絹織物から煌めく瓶に詰められた香水、精巧なガラス細工の置物に、珍しいスイーツなど、若い令嬢が好む大抵の物が手に入る。シエスタ国王が溺愛するアイリス姫のお呼びとあらば、商人たちが目の色を変えて王宮に馳せ参じるだろう。


「では急ぎ商人を呼びましょう。何をお求めになりますか?」


 だが、サウロの言葉にアイリスは慌てて首を振った。


「それは駄目よっ!私がお店まで直接買いに行きたいの」


「姫様が、ですか?……しかし今日はシエスタの月祭りを一目見ようと、異国の者も多く出入りしております。姫様が街にお出ましになるには少々危険かと。どうしてもとおっしゃるなら近衛騎士団に警備を依頼してきますが……」


「……できればお忍びで行きたいの。夜になれば城でも舞踏会が開かれるから、近衛騎士団の皆さんも警備の手配で忙しいはずよ。私の我がままで迷惑をかけたくないわ。昼間のうちに出掛けてすぐに帰ってくるからお願い。マリーを連れて行くから大丈夫よ」


 サウロは少し悩むと頷いた。


「分かりました。では、私も参ります」


 姫が護衛もつけずに外出するのは言語道断だが、自分が付いていれば何も問題ない。


「えっ!?で、でも、サウロは今日護衛騎士の仕事はお休みのはずでしょ!?」


 王族の専属護衛騎士とはいえ定期的に休みを取る決まりとなっているが、サウロは滅多なことではアイリスのそばを離れない。この日も形式上休みを入れられただけで、いつも通り朝からアイリスの近くに控えていた。


「構いませんよ。街に出れば私も息抜きになりますし。それとも、私がいて何か不都合なことでも?」


「そ、そういうわけじゃないけど……」


 歯切れの悪い言葉に、何か隠したいことがあるのだろうと想像がついた。だが、今問い詰めたところで素直に話してくれるとも限らない。


「私と一緒に行くか、近衛騎士団を引き連れていくか、どちらか好きなほうをお選びください」


 ならば、姫から目を離さなければいいだけだ。


「……わ、わかったわ。お休みのところ悪いけど、ついてきてくれるかしら」


「我が姫のお心のままに」


 にっこり微笑むとサウロは恭しく頭を下げた。


 ◇◇◇



 今日はシエスタ国で年に一度行われる月の感謝祭。天空に浮かぶ二つの月、愛の女神エシスと情熱の神ニケルが最も輝く夜、シエスタの民は二神に感謝を捧げ、一晩中酒を酌み交わし踊り明かす。もういつから行われているのかわからないほど、古くから受け継がれてきた伝統だ。この時期は、盛大な祭りを一目見ようと諸国からの観光客も多く訪れ、王都全体が賑わっている。


 立ち並ぶ出店に観光客が押し寄せる一方で、街の中央の広場では華やかに着飾った娘たちがそわそわと夜の訪れを心待ちにしていた。どの娘も一様に、淡く光を放つ小瓶を手にしている。


(あれがお母様のおっしゃっていた月祭りの媚薬ね)


 小瓶の中身は甘い花の蜜から作られた香りの良い酒で、この日のために特別に作られたものだ。口当たりがまろやかで飲みやすいためつい飲み過ぎてしまうのだが、度数が高いため気が付けば酔いが回ってしまう。いつしか恋の媚薬と呼ばれるようになり、意中の相手に渡すことで秘めた想いを告げるアイテムとして定着していった。色とりどりのドレスが月明かりに煌めいて誘うように揺れる様は、男たちの心もざわつかせる。今宵はシエスタ国で最も熱い夜。愛の女神に誘われて恋を成就させる日でもあるのだ。


 アイリスは、今日、どうしてもその媚薬が欲しかった。


 もちろんそれは平民の間で流行っているものであり、本来王侯貴族がやるようなことではないのだけれど。父がまだ王太子だった頃、当時政略結婚の相手として選ばれた婚約者の母が小瓶を渡したことで、二人の気持ちが通じ合ったというエピソードを幼いころ母がこっそりと教えてくれたのだ。普段おっとりしてる母なのに自ら愛を告白したという話を聞いて驚いたが、実は月祭りのときに作られる特別な酒と聞いて酒好きの父のお土産にちょうどいいと買い求めたもので、告白云々は知らなかったらしい。だが、母も自分のことを密かに思ってくれていたのだと盛大に勘違いした父は、長年の秘めた恋心を母に告げたのだった。母はまぎれもなく父の初恋の相手だったらしい。


 結果として父と母は誰もが羨むほど仲の良い夫婦として、国民からの人気も高い。王族には珍しく子どもが兄とアイリスの二人しかいないのも、父が断固として側室を拒否した結果である。


 アイリスは、今年18歳。数日後には成人の儀を迎える。すでに父王からは、婚約相手が内定したと聞かされていた。国にとってもっとも有益な相手との政略結婚だと。……多分、隣国の王子だろう。いつかその日が来ることは分かっていた。王女に生まれた以上、自由恋愛は難しい。けれど、アイリスには幼いころから恋い慕う相手がいた。アイリスは、護衛騎士のサウロに、ずっとずっと恋をしていた。


 サウロはアイリスが12歳のとき、王家主催の剣術大会で若干15歳という史上最年少の若さで優勝した。艶やかな黒髪に挑むように輝く豹のように美しい金色の瞳。並み居る剣豪を打ち倒し勝利の剣を掲げた姿は、まるで物語の勇者のように輝いて見えた。あの日、アイリスは強く凛々しいサウロにあっけなく、恋をしてしまったのだ。彼が欲しい。そう思った。だから言ったのだ。


「国一番の勇者である騎士様にお願いです。私の護衛騎士になってくださいませんか?」


 勝利の花冠を被せながら顔を真っ赤にしてサウロに問うアイリスに、周囲は思わず苦笑した。なぜならサウロは国境守護の要を担う由緒正しいアーロン辺境伯の嫡男で、王太子である兄アーノルドの護衛になるはずの人物だったから。だが、サウロは素早くアイリスの手に口付けすると、躊躇することなくアイリスに剣を捧げた。


「アイリス王女、我が姫。私の剣をあなたに捧げます」


 幼い姫に恥をかかせるわけにもいかないからなと、居合わせた貴族たちは肩をすくめた。周囲の反応に何かまずいことをしたとようやく気付いたアイリスが慌てて発言を取り消そうとしたが、


「いいんじゃない?僕は自分の身くらい自分で守れるし。二人は年も近いし、おてんばなアイリスにはサウロくらい頼もしい騎士がぴったりだと思うよ」


 と、王太子の鶴の一言によって結局サウロはそのままアイリスの護衛騎士に決まってしまった。


 将来王となる王太子の護衛騎士に選ばれることは、将来王の側近となることを約束されることでもある。いずれ他国に嫁ぐか降嫁するであろう王女の護衛騎士とはわけが違う。サウロがアイリスの護衛騎士になるのは、てっきりこの年だけのものと思われた。しかしその後も優勝を重ねたサウロは、毎年アイリスに剣を捧げ続けたのだ。誰もがアイリスがサウロを手放そうとしないのだろうと噂した。


「全く、姫様のわがままにも困ったものね。あれではサウロ様がお可哀そうよ」


「そうよねえ。王太子殿下の護衛騎士に内定していたのでしょう?ご本人もそのおつもりで領地からいらしたのに。最初の剣術大会で優勝してしまったばっかりに姫様付の護衛騎士になってしまったんだもの」


「いくら陛下が可愛がっているとはいえ、いずれ他国に嫁ぐかもしれない方なのにね」


(お兄様の護衛騎士になれば、ゆくゆくは近衛騎士団長に任命されたはず。でも、いずれ国を出るかもしれない私が護衛騎士に選んだばっかりに、出世への道が閉ざされたのだわ。あのときの私はなんて愚かだったのかしら)


「サウロ、今からでも遅くないわ。私のことはもういいから、お兄様の護衛騎士になってちょうだい」


 アイリスが口にするたび、サウロはきっぱりと断った。


「姫様。王族の護衛騎士はころころ変わるものではありません。すでに王太子殿下には優秀な護衛騎士がついております。姫様が成人されるまで、護衛騎士としてお守りするのが私の役目です」


 サウロの忠誠にこたえるためにも、立派な王族となることを決意したのだけれど。傍にいればいるほど、好きになるのを抑えられなかった。いつだって、かっこよくて頼もしいサウロはアイリスの理想の騎士だったから。でも、アイリスが嫁げば、その関係も終わりを迎える。ようやく、アイリスはサウロを開放してあげることができるのだ。


 (長くかかってしまったけれど。でも大丈夫。サウロは最高の騎士だもの)


 媚薬を使って最後に想いを告げようとは思わなかった。そんなことをしたところで、サウロを困らせるだけであることは分かっているから。かといって、結婚生活を円滑に進めるために政略結婚の相手に使いたいとも思わない。ただ、叶うことはないであろう初恋の思い出のよすがに、持っていたかっただけだ。次の月祭りには、誰の隣にいるか分からないから。


 くらくらと意識が遠ざかる。ああ、今回の手榴弾の中身は眠り薬だったのか。前回は爆散する唐辛子パウダーが入っていて散々な目にあったのだ。どんなに目を瞑っていてもありとあらゆる粘膜にダメージを与える恐ろしいもので、憤慨したマリーがお兄様のところに怒鳴りこんでいったのも無理のないことだった。眠り薬ならちょっとはマシかもしれない……



「姫様!!!」


 なんとなく霞が掛かったようなふわふわとした意識の中で、たくましい腕にがっしりと抱き抱えられた。ああ、やっぱり来てくれた。だって彼は私の護衛騎士だから。今はまだ、私だけの騎士だもの。ああ、ほんと、なんてかっこいいんだろう。私の騎士は。


「サウロ……やっぱりいちばんかっこいい……だいしゅきすぎる……」


「……はっ?」


 ◇◇◇


 気が付いたら部屋のベッドで寝かされていた。マリーも無事回収されたようで、私より一足先に目覚めた直後、すぐさまお兄様の執務室に怒鳴り込んでいったらしい。かなりの暴言を吐いてさすがに周囲の騎士たちに止められたが、あの手榴弾には睡眠ガスのほかに自白ガスも入っていたらしく、「実験は成功だっ!」と王太子本人がいたくご機嫌だったのでおとがめはないそうだ。私も後で殴っておこうと思う。


 あの後の現場は酷いものだったと言う。街の警備に当たっていた騎士団が駆け付けたときには、意識が朦朧となりつつ目をハートにして媚薬の瓶を片手にサウロに縋りつく私と、男たちに馬乗りになって殴り続けるマリーの姿があったと言う。


 控えめに言って死にたい。私の姫としての尊厳はどこに行けばいいのか。いや、もうこれお嫁にいけないのではないだろうか。我が優秀なる王国騎士団のメンバーは固く口を閉ざしてくれたようなのだが、人の口に戸は立てられない。そして間の悪いことに「姫様!」「アイリス様!」と口々に叫んでいたため、音に驚いて駆けつけた民衆たちは、サウロにしっかり抱き着いているのが自国の姫だと知ってしまったのだ。そして、『姫様と騎士様の危険なロマンス』として口々に噂した。


 うう、もう、本当にお嫁にいけない!!!


 ◇◇◇


「全く、困ったことをしてくれたな」


 頭を抱える父王に、アイリスは申し訳なさでいっぱいになった。


「面目次第もございません」


「だが、まあ、それだけサウロのことを想っているなら、仕方ない。元々お前の婿候補の一人でもあったしな。国としての判断は隣国の王子が最有力候補だったのだが、事態の収拾をつけるためにもお前の嫁ぎ先は辺境伯嫡男、サウロに決めた。媚薬まで使って想いを遂げようとしたんだ。いまさら文句はあるまい。王妃からも『女の幸せは愛する人と共にいることですわ』と言われてしまったしな」


 若干のろけが入った父王の言葉を、アイリスはゆっくり反芻した。


(え~っと。隣国の王子との縁談がつぶれて……サウロが新しい婚約者ってことに……って、えええ~~~~!!!)


「式の日取りは追って決めるが、とりあえず落ち着くまで謹慎しておきなさい」


「あ、はい。失礼します」


 混乱で頭がぐるぐるする。とりあえずいったん部屋で落ち着こう。そう思ってぺこりとお辞儀をすると、父王がじっとこちらを見つめていることに気が付いた。


「アイリス」


「はい?」


「幸せになりなさい」


「お父様!!!」


 思わず駆け寄って抱き着く。


「お前には誰よりも幸せになって欲しいのだ。可愛い娘だからな。本当はどこにも嫁にやりたくないのだが、隣国よりは国内の方がまだマシだしな。大臣たちには上手く言っておこう」


「ええ!孫ができたらすぐにお見せしますわ!」


「それはちょっと気が早すぎやしないか?」


 さり気なく父王にダメージを遺してアイリスは部屋を出た。部屋の前では、兄のアーノルドがしたり顔で待っていた。


「ふっ、どうやら僕の計画通り上手くいったようだね?」


 とりあえずむかついたので一発殴っておく。


「わたくしのことよりもお兄様はマリーにとっとと自分のお気持ちを伝えたらいいんだわ。自白ガスなんて使って!マリーの気持ちを知りたかっただけでしょ」


「なっ……」


「お兄様こそバレバレなのよっ」


 王族としての立場に縛られていたのは、私だけではないことは知っている。私に幸せになれって言うのなら、お兄様だって幸せになるといい。大国に頼らずとも、国力を上げるために誰よりも努力してきたことは、マリーだって知っているから。今やお兄様の作る魔道器具は民の生活に欠かせないものとなり、生活の質を大きく向上させるとともに少数部隊でも一個大隊に匹敵するほどの兵器として脅威となっている。


 シエスタがここまで豊かになったのは父王の善政もさることながら、兄の力も多い。兄の頑張りも愛ゆえに、かもしれない。それに、今日は月祭り。愛の女神の加護がある。愛ゆえの暴走ならば、女神様もきっとお許し下さるだろう。まあ、毎回お兄様の暴挙に怒り狂っているマリーが受け入れてくれるかは別として。でも、意外とそんなに悪い結果にはならないのではないかと思う。多分。何しろマリーも十分変わり者だから。


 アイリスは、自室のドアの前で待つサウロを見つけると、そっと前に立った。昼間自分のやったことを思い出すと、恥ずかしくて顔を見られない。


「姫。俺との婚約の話はお聞きになりましたか?」


 いきなり確信を突かれてドキッとする。サウロにはすでに話がついていたようだ。


「こんなことになってごめんなさい。でも私……」


 アイリスが意を決して想いを打ち明けようとしたとき、いきなり強く抱きしめられた。いつも騎士として最低限の接触しかしてこなかったサウロの、突然の行動に目を見開く。


「俺が今までどれほど我慢してきたかわかりますか?」


 うう、やっぱりかなりの我慢を強いていたのだろうか。やっぱり、私の護衛騎士でいるのは嫌だったのね。この上好きなんて言ったら、ますます負担に思うかしら。想いを告げようとした気持ちが急激に萎えてくる。


「あなたのことが好きすぎて。どうにかなりそうだった」


 だが、サウロの言葉に唖然とする。


「え?好き?誰が?誰を?」


「俺が。あなたを」


 サウロの目がキラリと光る。


「そ、そんなこと今まで微塵も言われたことなかったけど!?」


「姫が成人を迎えるまで我慢していましたが、婚約の打診はずっとしていました」


「そ、そんなの初めて聞くけど!?」


「初めて言いました」


 アイリスはへなへなとその場に崩れ落ちた。


「私はずっと、サウロは私のことなんてなんとも思っていなくて、義務感で護衛騎士を務めてくれてると思っていたの」


「護衛騎士を続けたのは、姫の隣を誰にも譲りたくなかったからですよ。虫よけにもなりますし」


 サウロはふっと口元を緩めた。


「あの日、真っ赤な顔で騎士様と呼ばれたときに、俺はこの人のために騎士になるのだと思ったんです。俺の姫。あなたを生涯守るのは俺の役目です。誰にも譲りません」


「で、でも、隣国の王子の元に嫁ぐ可能性もあったって聞いたけど。私もそうじゃないかなって思ってたし」


「まあ、そのときは殿下と一緒に隣国に攻め込むのも悪くないかなと思っていましたから」


 さらっと怖いことを言うサウロ。あれ、サウロってこんなキャラだっけ?


「俺はね、絶対に手に入れたいと思ったものには意外と手段を選ばない主義なんです。俺の姫」


 でもそんな悪そうに笑うサウロにもドキドキしてしまうのは、やはり月祭りの魔力のせいだろうか。


「それに、俺に馬乗りになって無理矢理媚薬を呑ませようとしてきた姫も、人のことは言えませんよね。あまりに情熱的で痺れました」


 どうかそれは、月の見せた幻だと思ってほしい。


 婚約発表後、人が変わったようにアイリスに蕩けるような笑顔を向けるサウロを見て、人々は口々に噂した。あの日、アイリス姫が手にした媚薬は本物の媚薬で、それを盛られたサウロは姫にすっかり夢中になったのではないかと。


「姫様!どこのお店でお求めになったのか私にも教えてください!」


「ずるいわ!わたくしなら絶対に秘密にしますから!」


 今日も今日とて、恋する乙女は手段を選ばない。恋しい殿方を手にするためなら、媚薬の力だって借りたいくらいに。でも、本当の媚薬は、好きと告げるほんのちょっとの勇気なのだ。それだけで、気持ちは十分に伝わるのだから。


「姫、愛しています。またあの可愛い声で、サウロだいしゅきって言って?」


「ぜ、絶対言わないからっ!」



おしまい

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初恋の護衛騎士に媚薬を盛ったとあらぬ疑いをかけられていますが、信じてください。無罪です。これは単なる溺愛なんですが! しましまにゃんこ @manekinekoxxx

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