第16話 そのままでいいよ!

「そこ、驚くとこ? みなとのこともみなとって呼んでるじゃん? その延長みたいなもんだよ? 余裕っしょ」

「そ、そんなもんですか?」

「もち! それとさ~」


 何か俺に気に入らないところでもあるのか、琵琶さんが顎に手を当てながらじっと見つめてくる。


「入江っちって、何で誰にでも敬語みたいな言い方してんの?」

「えっ?」


 光丘くんは特に気にしてないせいか指摘してこなかったけど、琵琶さんはバイトで言葉遣いを気をつけてるから気づいてしまった感じだろうか。

 

「……え、なになに? 無自覚だった系?」

「ま、まぁ、そんなところです」

「強制する気は無いけど、それならせめてうちと話す時だけでもやめない?」


 これはつまり――ちゃん呼び含めてもっと近しい関係になりたいってことを言ってるんだろうか?


 江口くんと話す時はオタク仲間だからそれでいいと思っていたけど、女子というか仲良くなりたいギャル相手には自分から変えていくべきなんだろうな。


「分かりまし……」

「……あぁん?」


 そんな睨まなくてもいいのに。


「わ、分かった。えっと、みやびちゃんと話す時はえ~と……」


 強制じゃないと言いつつ琵琶さんが怒るポイントはそこなんだ。しかし、どういう感じに話せばいいのか全く分からないぞ。


「どっちかって言ったらなんだけどさ、強そうな話し方が好みなんだよね。入江っちってほら、みなともだけどあいなのせいで学校でも弱い系じゃん? だからオレ様系がいいっていうか~引っ張って欲しいっていうか~……入江っち、出来そう?」


 もしかして命令して欲しいって意味かな?


 そうなると性格そのものが別なものになりそうだけど。

 

「みやびちゃん……じゃなくて、みやび」

「――! はい、入江っち」


 これが正解だと言わんばかりに、琵琶さんは俺の言葉に対し緊張した面持ちで次の言葉を待っている。


 ということは、琵琶さんと二人きりの時は人格を変えて接するのが正しいのかも。


「入江っちじゃない。オレのことは陽継あきつぐって呼べ!」

「はい、陽継さん。うちに何でも命令して欲しいです……ぷっぷぷぷ」


 ……などと言った直後、琵琶さんは笑いをこらえきれなかったのか、手を叩きながら大笑いし始めた。


「へ?」

「あはははははっ!! ウケるんだけど! 似合って無さすぎ~!! ひ~お腹痛ぁ」

「えええ? 冗談だったんですか?」

「あはっ! ん~……まぁ、半分は? や、ちょっと入江っちには難易度高すぎたね~」


 何だ、冗談だったのか。


 少し残念なような安心したような。


 落ち着きを取り戻したのか、琵琶さんは俺の顔を見つめながら優し気に微笑んでくる。


「ごめ~ん! 入江っちはそのままでいいよ! 希望を言えばだけど、うちには何も気を遣わずにすっげー気楽に話しかけて欲しいんだよね~」


 これが本音っぽいな。


「それって友達っぽく?」


 準ぼっちな俺が言えるセリフじゃないけど。何せ、気さくに話せる友達は江口くんしかいないわけで。


「ん~友達っつってもさ、みなとはオラオラ系女子だしあいなは何考えてるか分かんないエロ女子だし、あんまし分かんないんだよね~だからさ、入江っちはもっとこう……力を抜いた感じできて欲しいなと」


 ……なるほど。


 いつもギャルでつるんでいても、琵琶さんなりに大変ってことか。


「じゃあ、最初に戻って……みやびちゃんって呼びま……呼ぶけど、いい?」

「おっけー! いいじゃんいいじゃん! 陽継……や、つぐつぐだ!」

「つぐつぐ……」


 まるでどこかのアプリゲームみたいな呼び方だな。でも、琵琶さんなりの呼び方なんだろうけど。


 それにしても、琵琶さんは完全に俺が琵琶さんに告ったと思ってるんだよな。僕って時点で俺の言葉じゃないのは気づいているはずなのに。


 このままだと江口くんという唯一の友達も失いかねないし、正直に言っておかないと駄目だ。


「ところでみやびちゃんに言いたいことがあるんだけど……」

「ほいほい? 何でも命令しちゃう? つぐつぐならいいよぉ?」

「いや、それは……。じゃなくて、は俺の言葉じゃなくて実は――」

「ていっ!」

「んぶっ!?」


 俺の言葉を遮るようにして、琵琶さんが俺の口に手を置いてきた。辛うじて息は出来るものの、ちょっと苦しい。


「……んーんーんー」

「駄目だぜ、つぐつぐ! そもそもうちのことが好きなら、てめぇで来やがれって話なんだよ。それをつぐつぐが代わりに言っちゃったら、それはもれなくつぐつぐの言葉になるんだよ」

「…………」


 ほんのり手の平から甘い匂いがしてきて別の意味で逝ってしまいそう。思わず隣に座る琵琶さんにもたれかかりそうなところで、声がかかった。


「つぐつぐ!? え、嘘……死んじゃった? 今なら膝貸すよ?」


 膝枕は魅力的だなぁ。でもまだそういうことをするわけにはいかない。


「死んでないっ! ちょっと危なかったけど、みやびちゃんの手が甘くて……」


 手を舐めたわけでもなく、単純に匂いが鼻に届いたに過ぎないものだったりする。


「うっわ……」

「じょ、冗談ですよ?」


 しかし、俺の言葉にすぐ反応して琵琶さんは自分の手を後ろに隠している。変な冗談を言うのはやめておこう。


「うちと入江っちはこれからなんだぞ? 今からそんな変態な関係は無理なんだよ。オーケー?」

「イ、イエスイエス」


 これから――これから仲のいい友達って意味だよな?


「でさ~、誰かの代わりに好きを伝えるのは伝わらないってのは分かるっしょ? 友達だからってそれを言うつぐつぐもどうかと思うけど、経験がないからって良くないことなんだよ。だから、つぐつぐはその友達にきちんと言うべきだよ!」


 ううむ、これは怒られちゃってるってことか。確かにその通りだから何も反論しようが無い。


 しかし、琵琶さんはギャルなのに一番しっかりしてる気がする。光丘くんとは別の優しさと言うべきか、何だかとても話しやすい。


「うん、分かったよ。みやびちゃんの言うとおりだね。ごめん、ありがとう」

「いいってことだぜ! うちはうちで、これからつぐつぐのことで多忙になるから気合い入れるだけだし~」

「……え?」

「何でもないさ~。んっじゃ、そろそろ解散しよ~か」

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