第4話 いつものところで

 光丘くんの言う付き合うという言葉の意味がよく分からないまま、放課後を迎えた。


 あの後、昼抜きで過ごしたのは見事に俺だけだったのは言うまでもない。


「入江。ちっと、こっち来いよ」


 帰り支度をしている俺の元に、光丘くんが廊下に向かってあごで指図してきた。あり得ないことが起きたせいか、江口くんが速攻で不安げな表情で寄ってくる。


「入江氏……大丈夫すか? まさかと思うんすが、目をつけられた感じなんすか?」

「いや、何でもないよ」

「無事を祈るっす……」


 ……何だか大袈裟だな。


 しかし江口くんだけじゃなく、近くの席の女子たちも不安そうな顔で俺を見ていた。


 普段からギャルと関わってないから無理も無いかもしれないけど。


 そんな心配をされながら廊下に出ると、そこには後ろ手で俺を待つ光丘くんの姿があった。


「遅いぞ、あきつぐ!」

「へ? あれ、名前……」

「……ふ、二人だけの時はいいんだよ! お前もあたしのことを好きに呼んでいいんだぞ」

「じゃあ、みー……くん」


 さすがに、まだ『みなと』と呼び捨てにする度胸は俺には無い。


「ったく、ヘタレかよ」

「それであの、何か話したいことがあったりしますか?」


 教室のみんなから見えない位置にいるとはいえ、普段は絶対に関わらないギャルが俺を廊下に呼び出したことで、少しばかり教室の中が騒がしい状態だ。


「もう帰るだけだろ? だから一緒に行こうぜ!」


 光丘くんは全く気にしていないみたいで、俺をどこかに行くように催促している。


「……え、どこに?」

「言わせんなよ。あたしはもう行くつもりだからカバンを手にしてるんだぜ? あきつぐもとっととカバン持ってこいよ! お前とじゃないと行けないんだからな」


 ざわざわしてる教室に戻るのは少し嫌だけど、彼女の方はすでに用意していたみたいなので気にせずに戻ることにした。


 まさかの出来事だし驚きもあるけど、一番前の席なのがかえってよかったかも。


「あっ、入江氏! 大丈夫――」

「――平気です! 俺はもう帰るので、また明日です!」


 真っ先に声をかけてくると思っていたものの、廊下で光丘くんが待っている以上すぐにカバンを持って廊下に出るしかなかった。


「カバン持ってきました!」

「よぉし、行くか~!」

「あ、はい」


 どこに行くつもりなのか分からないけど、光丘くんは小走りになって外へと向かい出した。


 学校の外に出ると、光丘くんは急に立ち止まって俺に右手を差し出してきた。


「え?」

「手、繋ぐぞ!」

「えええ!? そんな、いきなりですか?」

「……んだよ、あたしの手すら触れないってのか?」


 そこまで恐怖症でも無いけど、今はどっちかというと照れの方が強い。いくら学校外に出たといっても、人目があるうちは中々勇気がいる。


 ――ってことを言っても多分通じないだろうけど。


「ごめん、もうちょっと時間が必要かなぁと」

「……じゃあ、あきつぐ。そのまま前ならえのポーズ!」

「へっ? 前ならえですか? えっと、先頭ってことは確か……」


 後ろの人は手を前にして並ぶけど、先頭は腰に手をやるんだったかな?


「……隙あり!!」

「あっ」

「へへっ、あきつぐの腕を頂いたぜ! 手繋ぎよりも密着することになるってのに油断したな?」

「ああああ……」


 腰に手をやった直後、光丘くんはすぐに俺の腕にしがみついてきた。これは間違いなく、手を繋ぐよりも上位の行動。


 ギャルゲーの中でも、ある程度の好感度が上がらないとそうはならない動きに該当するやつだ。


 なんてこった。これなら素直に手を繋いでおくべきだった。


「まっ、気にすんなよ! てことで、行くぞ!」


 言いながら、彼女は嬉しそうにしてどこかに向かって俺を導こうとしている。腕にしがみつきながら俺よりも先へ歩き出した。


「ちなみにどこに向かってるんですか? 俺の知ってるところなんですか?」

「まぁな! いつものところだからお前が知らないわけないし、お前がいつも行ってるところだから問題なんてないぞ~」


 俺が知っていていつも行ってるところ?


 訳も分からずひたすら二人で歩いて三十分……見慣れた光景というか、毎日通っている道に近づいてきた。


 そして、俺と光丘くんの目の前にある二階建ての家はどう見ても――


「――って、俺の家じゃないですか!」

「だからそう言っただろ?」

「何で俺の家を知って……あ」


 散々俺の家に来ていたし、引っ越しもしてないからそれもそうか。


 自宅から時坂学園までは徒歩三十分。寒い今の季節は、バスに乗って学園に通うことが増えていた。


 途中までの風景であまり気づくことがなかっただけに、これはちょっとした油断だし、予想外過ぎた。


「ってことで、お前の家にお邪魔すっから!」

「ええ!? い、いや、そんな……今ですか?」


 まさかのいきなり訪問!


 俺をどこに連れて行くのかと思っていたけど、迷わず俺の家に向かっていたなんて行動力が半端ない。


「今じゃ無かったらいつになるか分からないだろ。あたしとしてはいつものところ……安心感のあるお前の家に来ただけなんだぜ? それの何が駄目なんだよ?」


 安心感……ギャルゲー攻略の為だけに遊びに来ていただけだから確かにそう思うんだろうけど、今はもう高校生だし何よりも……まさかのギャルなわけで。


「駄目ですよ。だって今は俺、ほぼ一人なんです。親は仕事で海外に行きっぱなしなので、だからあの……」

「マジで? 好都合じゃん! よし、部屋に上がらせてもらうからな! あるんだろ? ギャルゲー」

「それは……まぁ」


 売ったのも何本かあるものの、所謂お気に入りタイトルはきちんと並べてある。


 それと、エロゲも数本ほど……。


 でも、せめて部屋に上がり込む前の片づけくらいはさせて欲しいところ。


「久しぶりにやりたいんだよな~! お前の攻略本を見てから何かやる気出てきたっていうか、とにかく一緒にやりたいって思った。それに親がいないんなら遊び放題じゃね?」

「……はぁ、みーくんがここまで来たから仕方ないですけど、せめて部屋の掃除だけさせてもらってもいいですか?」


 俺の言葉に光丘くんは二階の窓をちらりと見つつ、小刻みに軽く頷きながら笑みを浮かべている。


「エロ本の処理だな? あたしは別に気にしないけど、いいぜ? 先に掃除しときなよ。居間でくつろいどくから!」

「違いますって! とにかく、掃除は本当なので上がって待っててください」

「おっけー! 待ってっから! 何ならお前の分の飲み物でも用意しとく~」

「冷蔵庫にはあまり入って無いですよ」


 親から予算をもらっているので作って食べるよりも、ほとんどコンビニ飯ばかりで冷蔵庫も最低限の飲み物しか入れてない。


 何せコンビニが徒歩二分圏内という好立地。買って食べる方が楽だったりする。


「買い物はコンビニばかりか?」

「近いですからね。それに俺、作れないので」

「……ふぅん? まぁ、いいや。早くエロ本を隠しに行っていいぞ!」


 違うのに……。


 でもまぁ、何年ぶりってくらいの訪問なわけだし気合い入れて片付けとこう。

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