第5話 攻略本どおりに動け?
「あきつぐ~! 喉渇いたから炭酸ジュース飲んでるけど、いいんだよな?」
部屋の片付けが終わったことを教えに一階に下りると、リビングでくつろぐ光丘くんの姿があった。
俺の家は別に洒落た作りでもなく、大小のソファと薄いガラステーブルが置いてあるだけで、かしこまる要素はどこにもない。
……だとしても。
「すでに飲んでるんなら許可は要らないですよ。いいですけど、その、スカートであぐらはかかない方がいいと思いますよ……」
「あん? 見たいなら見せっけど?」
「見ませんって!」
「相変わらず固いってか、真面目……や、DTすぎるぞ?」
片手にペットボトルを持つ彼女は、まるで自分の家かのように気を抜いた姿を俺に見せている。
何度も俺の家に来てるとはいえ、リラックスしすぎだろ……。
「あっ……というか、それ俺の飲みかけじゃなかったですか?」
「ん〜? そうなのか? お前が飲んでたんなら危険じゃないだろ。ちょっと炭酸抜けてっけど」
そういうことじゃなくて、つまり――
「――か、間接的にどうなのかなぁと……」
「んん? ははぁん……? そっか、だよな。キスもしたことないんだもんな! 悪ぃ! それか、直接的にするか?」
「えええっ!? それってつまり、キスを……」
「あたしを攻略するつもりがあるんならほぼ必要になることだからな! ま、あたしじゃなくてもキスするだけならA子でもB子でも構わないけど」
光丘くんは攻略って言葉でしきりにからかってくるけど、本気の恋愛としてとらえていいんだろうか?
しかも、琵琶さんや潮さんの二人に対しても攻略しろなんて言ってるし……。
攻略難易度は光丘くんのことを少しだけ知っているって意味で光丘くんの方がイケそうな気もするけど、俺が知ってるのはあくまで遊んだ時間だけ。
今のところ好感度は高いように感じるけど、その可能性が低いってくらいからかわれてる感が半端ない。
「えっと、俺とみーくんが本気で恋愛してもいいって意味ですよね?」
「……当然! でも、それにはあきつぐが本気じゃないと成り立たない話だからな? あたしのことを単なるゲーム好き友達ってだけならゲームオーバーだぜ?」
恋愛ゲームみたいに遊びの一環だと思い始めてたけど、光丘くんにそういう気持ちがあるなら俺もその気持ちに応えるようにしていかないとだよな。
「俺は当時持ってた家庭用のギャルゲーを極めたんですよ? そんな俺にとってリアルのギャルを極めることなんて余裕のはず……です」
「迷いはないみてぇだな。……よし。あきつぐ。お前の部屋に行くぞ!」
「そもそもここへは掃除を終えたのを知らせにきたので。ちなみに何も怪しい物なんて出てこないですからね?」
きわどい本よりもゲームの方が……って話だし。
「出てきてもいいけどな? そしたら……」
「き、期待されても無駄ですよ」
このままリビングで言い合っても始まらないので、階段を上って俺の部屋へと案内することにする――はずが、勝手知ったる光丘くんの方が先に部屋に入っていた。
「お~~! 綺麗にしてんじゃん!」
何の戸惑いも無く部屋に入るとか、その辺はちっとも変わってないみたいだ。
光丘くんはすぐさま怪しげな物がないかを物色し始めるも、それらが部屋に無いことが分かったのか、興味の視線はゲーム収納ラックの方に移っていた。
俺の部屋は階段を上がってすぐ右手にあり、左側にはかつて父親が使っていた今はもぬけの殻状態の部屋と、使わなくなった物が置いてあるだけの部屋が並んでいる。
親たちがいない家に一人でいることに慣れたせいか、誰かが自分の部屋にいることに少しだけ緊張してしまいそうだ。
しかも――
「――みーくん。四つん這いの姿勢でお尻を上げてないで、見たいなら座って見る方が疲れないかと……」
「へへっ、あたしを後ろから襲いたくなったか? でも、それはちょっと早すぎるぞ」
くくく、と手で口を押さえながら笑う光丘くんが何故か嬉しそう。
「そんなことしたら一瞬でゲームオーバーじゃないですか! そんないきなりしませんよ」
「いきなりしないってことは、これからあり得るって意味かぁ~?」
「……展開次第じゃないかなぁと」
ゲームの場合、選択肢の進め方次第や行動した場所で展開が変わっていく。でも現実でも、それに近い感じで進めていけば少しはマシな展開になる気がするって思っている。
とはいえ、すでに予想外の展開から開始されてるから今は相手の出方次第になりそうだけど。
「まっ、期待しないで待っとくよ! あきつぐ。お前のベッドにダイブしていいか?」
「寝そべりながら攻略本を見るんでしょ? それなら好きにしていいですよ」
みーくんと呼んでいたあの頃、彼女のことはまだ女の子か男の子かをあまり意識していなかった。
そんな軽いノリで俺の部屋で好きにさせていたので、ギャルになった今でも光丘くんは当時と変わらない動きをしているんじゃないかと思っている。
要するに、俺のことを脅威と見ていない。
そして今、みーくんは仰向けで攻略本を天井に向けながら食い入るように中身を読みまくっている。
「ん~ふかふかベッドだけど、な~んか物足りないんだよなぁ……あきつぐは何が足りないと思うよ?」
このまま特に何も問題は起きないと思っていたら、光丘くんが俺に何かの答えを求めてきた。
「え、何だろ……?」
「おっ! 今見てるページの攻略ルートだと……ふむふむ……なるほど。あきつぐ!」
「はい?」
「今からあたしが言うとおりに動け! 攻略本どおりにだぞ」
ちらりと見た感じでは、確か選択肢のルートが書いてあるページだった気がする。そこに書かれてるどおりに動くってどういう意味なのか?
「あきつぐ。まず、あたしが手にしてる攻略本を奪え!」
そうかと思えば突拍子もないことを言うなんて。
「えぇ? い、いいんですか?」
「いいんだよ!」
「じゃあ……」
言われたとおり彼女が両手で持っていた攻略本を奪おうとすると、力を入れているのか、なかなか奪えない。
「えっ、放してくれないと奪えないですよ?」
「……中腰でもっとあたしの近くに寄らないと力が入らないはずだ」
「は、はぁ」
そんな選択肢なんてあったっけ?
とりあえず言われたとおり、彼女に近づく感じで腰を落とした。
――直後、彼女の手に攻略本はすでになく、フリーになったその手は俺を捕まえていた。
「へへっ、つ~か~ま~え~た~!」
「――っ!?」
ベッドに寝そべる彼女を見ながら俺だけその場に立っていたものの、中腰になって力を抜いていた俺の手が、いきなり引っ張られるとは思いもよらなかった。
そうなると体幹の弱い俺にはどうすることも出来なくなるわけで。
「…………むぐぐぐ」
「どうよ? 初めて女子の体にくっついた感想は」
「んぶぶぶ……ど、どうって……押さえつけられてて息が息が……」
とんでもない力で、俺の顔が光丘くんの胸付近に押し付けられている。このままだと窒息するほどに。
攻略本を使って俺に何かするつもりがあったなんて、これも俺の何かを試そうとする行動なんだろうか。
「おっと、悪ぃ悪ぃ! 少しずつ力を抜いてやるから、きちんと逃げずにあたしを見ろよな?」
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