第3話 ギャルの教え

「入江氏、今回の229号は中々の特集じゃなかったすか?」

「うん、俺の中でもお気に入りになりそうです」

「なかでも『あかねちゃんが染まってる下り坂』なんかいいっすね~! キャラがいいっす!」


 昨日うっかりと忘れたギャルゲー誌229号には、家庭用の他にエロゲータイトルの紹介ページがある。


 それを見事に光丘くんに見られてしまったけど、多分問題無い……はず。


「エロゲーでも?」

「もちろんっすよ! 次号も特集あるみたいだし楽しみっすね。ってことで、返すっす!」


 そう言って、ただ一人の友達である江口くんが本を返してくる――かと思えば。


「おやっ? 裏表紙に何か名前が書いてあるっすね? あきつぐ……ああ、これは入江氏のことっすね。それと、光丘……?」


 消えるペンだからいつでも消せると思ってそのままにしてたな。もちろん、江口くんが光丘という二文字だけで何かに気づくとは限らないけど。


「あ、あ~……うん」

「ふむふむ? 何となく書いた感じっすか?」

「そ、そうだね」


 このクラスに光丘とつく名の人物は一人しかいない。だからといって、江口くんがに行き着くことはないと思われる。


「……まぁ、大した意味でも無いっすよね。入江氏。また次号を買ったらよろしくっす!」


 江口くんは一瞬だけ視線を後ろの方に動かしかけたものの、畏れ多くてすぐに視線を戻した。


 それもそうだと思えるのは、後ろの席はなるべくなら見ないようにする――というのが、セーフティエリアにいる者たちの暗黙の了解となっているからだ。


 それって学校的にどうなの? ってたまに思う時があるものの、俺が通う時坂学園は校則ゆるゆるの私立でありながら悪目立ちをする生徒がほとんどいないことで有名なので、触らぬ神に祟りなし的な感じで上手くいってる。


 だからじゃないけど、一番前の席でありながらどう見てもギャル満載な雑誌が忘れられても、誰も見向きもしなければ何もしない。


 ――はずだった。


 少なくとも昨日の放課後までは。

 

「入江氏。今日の昼休みは食べずに睡眠っすか?」


 昼休み。


 吐息が白くなる十一月下旬にもなると、いくら自由に外のコンビニに行けるからといっても、外に出ていく生徒はあまり多くない。


 別に外のコンビニに行かなくても時坂学園内には、300人が利用出来る学食や100人くらいが収容できる洒落たカフェテリアなんかが備わっている。


 冷暖房は当然のごとく、大型液晶TV付きという贅沢にも程がある設備はもちろん、テラス席やカウンター席もあって、まるでおしゃれなカフェに来たかのような錯覚を覚えてしまう場所だ。


 入学時に見学した時は期待値がかなりのものだった。


 しかし残念ながらカフェテリアに立ち入れるのは主に陽キャな人たちばかりで、とてもじゃないけど準ぼっちな男子生徒が利用出来るほど甘くない。


 学食は上級生の男子が多いからちょっと……ということで、昼は大体外のコンビニ飯に頼っていた。


 しかし今では暖かい教室から出ようという気も起きなくなって、昼を抜いてでも睡眠に集中する日が増えた。


「お腹もそこまで空いてないし、寝るよ」

「そうっすか。オレは外に行ってくるっす!」


 江口くんが廊下に出ていくと同時に、俺は重力に逆らわずに机に突っ伏そうとする――その直前に、後ろから甲高い声が聞こえてきた。


「入江~! なぁ、聞こえてるか~? い・り・え! い・り・え~!!」


 嘘だろ?


 昨日の今日で早速後ろに呼ばれるとか、光丘くんの行動力が半端ないぞ。


「入江~! 寝てんのか? 今すぐ起きてこないとみんなで囲むぞ~?」


 じょ、冗談じゃない!


 しかし昼休み時間はほとんどの生徒が教室から出て行くのに、何でまだ残ってるんだろうか?


「な、何か用ですか?」


 多分初めて後ろの席に近づいている俺の目の前には、ギャルである光丘くんの他に二人ほどのギャルが俺のことをじっと見ていた。


「寝ようとしてたか? 悪ぃ! でもお前のことを紹介しとこうと思って教室に残ってた!」

「あ、はい、俺は大丈夫です」

「サンキュー!」


 この場合、俺もお礼を言うべきだろうか?


「――てことで、こいつら二人は右の金髪がA子で左の青髪がB子な!」

「えっ? A子とB子……ですか?」


 いくら何でも適当過ぎる。ギャルゲーでもきちんとフルネームでキャラに名前があるのに、さすがに冗談だよな。


「みなと……マジギレしていい?」


 俺の戸惑いと光丘くんの適当さに呆れたのか、青髪のギャルが先に声を上げた。


「おっ? 自分で紹介する? てっきりやる気がないかと思って紹介しといたんだけど」

「なわけないでしょーが!」


 金髪ギャルは未だに声を上げようとしないものの、ひたすら俺を見つめてきていて妙な緊張感がある。


「コホン……入江だっけ? うちは、琵琶びわみやび。そこの適当女みなとのダチ。よろしく」


 ……なるほど。意外と話しやすいギャルみたいだ。髪色はともかく、光丘くんと背丈も同じっぽいし、高校デビューのギャルのようにも感じる。


「俺は入江陽継です。光丘くんとは友達で――」

「――光丘くん? 確かみなとって光丘だったような? え、もしかして女子のことを呼びするタイプ? アハハハ!! オモロ~! じゃあうちのことも琵琶くんでヨロ~!」

「そ、そんなつもりはないですけど……」


 よほど光丘くん呼びがツボにはまったのか、琵琶さんは光丘くんと俺を交互に見ながら手を叩いて爆笑している。


「入江。そいつの名前、間違いなくB子だったろ?」

「はは……」

「で、A子の方は――」


 光丘くんが金髪女子であるA子に視線を移そうとすると、彼女はすでに俺の眼前にいたうえベタベタと上から下まで、俺の全身を触ってきた。


「ひっ!?」

「身長は約170くらい……体格はやや貧弱。見た目偏差値は現時点で並……声質は良。は要警戒レベル……知識だけはある模様――?」


 まさかの過剰スキンシップをやられるとは思わなんだ。全て手だけで俺を測定するなんて、ただ者じゃない。


「A子は男を知るには自ら触れるタイプなんだけど、メンタル保ってるか?」

「は、はい」

「A子もB子も彼氏募集してっから! 軽く告れ告れ!」

「いや、無理です」


 光丘くんを攻略しとけと言っておきながらこの二人も攻略しろとか、俺に突きつける課題がハードすぎる。


「入江に教えとく。私、経験ない。だからまずはそこから始める。いい?」


 経験――つまりエロの経験のことだろうか?


 それとも単純に恋愛経験という意味……いや、どう考えても恋愛のことだよな。


「えっと、はい」

「私、うしおあいな。これから潮くんでよろしく?」

「潮くん……ですね。分かりました。よろしくお願いします」

「じゃあ握手? それともおっぱいを揉む?」


 潮くんは俺に手を差し出しつつ、自分の胸を突き出そうとしている。


「いやいやいや、触りませんし揉みませんから!!」


 こんな変なことを教えたのは光丘くんだな。少し言っておかないとってことで彼女を見るも――


「――なっ? A子だったろ?」


 何故か悪びれる様子もなく、俺に同意を求めて笑顔を見せている。


「A子ってのは名前のイニシャルってことだったんですよね? それはともかく、二人には俺のことを何て教えてるんですか?」

「ん? 入江はDTドーテーだから、なるべく好意的に教えてやれって言っといた! やっぱ女体に慣れとかないと駄目だろっ?」

「俺はそんな、初めからエロいことなんか考えてないですよ。光丘くんのことも……ですけど」


 これで本人にも通じるはず……。


「ほぉ~? 分かった……んじゃ、入江。お前、今日付き合え!」

「つ、付き合えって、どういう意味で?」

「どーせ暇だろ? つまりそういう意味な!」

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