5.新兵の少年
・ ・ ・ ・ ・
変人サミの主張はさておき、新兵イスラは優秀だった。
この十数年で錬成校と新兵導入の制度が変わり、飛び級が認められるようになった。その恩恵を受け、適合してきただけあって、攻守ともに優れた詠唱をする。
戦線配備されても全く動じず、落ち着き払っているのは初日に見た通りだし、持久力にも遜色がない。
けれど、ひょろりと華奢な体型に少し小柄なところだけ見れば、本当に十四歳の子どもだ。いかついホノボ兄弟や、やしの木のようなサミと一緒にいると、さらに小さく
親友イスラは、もっとずっと
特に理術を扱う時、詠唱を始める時に、身体のまわりにみなぎる気合の
新兵を間近に見れば見るほど、細かい相違点が浮き上がってくる。そっくりではあるけれど、やはり他人なのだと、僕は日々を重ねるごとに考えるようになった。彼は、いなくなってしまった僕の親友ではない。
そう自分に言い聞かせはしても、やはり戦線に立つと胸底を揺さぶられるような瞬間が時々あった。
やって来た初日の緊急総配備時のように、イスラの声が微妙に低く、さらに力強く響くことがあるからだ。いつもではない。二刻におよぶ戦線配備の後半戦、サミも僕も少々疲れを覚え始めるあたりで、突如少年の詠唱に
「いざ来たれ 群れなし
明るすぎる灰青空を貫いて、今日も強い陽光が降り注ぐ。足元砂地がぎらぎらと熱を照り返す。きつい昼過ぎの戦線配置でも、イスラは平らかに“防御壁”を詠じている。
「イスラ、攻撃に転調。サミの一撃の直後に、正面個体の水面下部分を撃て」
「はい」
「
サミのばら色雷撃で≪敵≫が硬直したように伸び上がったところへ、イスラの青い疾風を送り込んでやると、海竜は派手なしぶきを上げて海中にもぐり、長いこと出てこない。深く傷ついたか、あるいは瀕死になっているのかもしれない。
海竜の死体は決して浜に上がらないし、どこにも見つからないから、はっきり殺しているという確証はなかった。それでも僕ら第六十三隊が戦線に配備されると、攻守ともに詠唱更新の間隔が開いて、交戦は格段に楽になる(と思う)。
何となく、このこと……新兵イスラの攻撃威力がすさまじいということを、他の隊には察知されてはいけないような気がした。だから僕は常に、サミの派手な攻撃をイスラの攻撃にかぶせて、隠れみのとするように指揮をしている。
「
「風刃の
水柱のように湧き上がる飛沫の中、正面の海竜がきりもみ状態で沈んでゆくのがかいま見える。
僕はいつも、視界範囲を広げる小術“超老眼”を自分にかけっぱなしにしていた。敵がのたうち回る様子は、よくわかる。
「ふっ、さすがうち……。またしても一匹、敵を華麗にのしてくれたわ……」
サミはふんぞり返って、さらにやしの木として成長する。変人がこの調子なのだ。イスラの実力は他の隊に全然ばれていないんだろうな、と僕は時々脱力感をおぼえる。
「
すばやく守備の詠唱に切り替えるイスラは、相変わらず淡々としている。
海竜を半殺しにしているのは、隣のでっかい
けれど、戦線で理術を詠唱している部分をのぞけば、新兵イスラはやはり子どもだった。
僕と違って両親が健在、ティルムンに帰る場所が確保されている。だから入営と北海岸への動員配備も、錬成校寄宿の延長みたいに思っているのかもしれない。
ホノボ兄弟にくっついて、若位兵の雑用……天井
変声したての高い声でしゃべる内容に毒っ気がなくて、できる新入りにありがちな生意気な挑発の態度もない。もっともサミは、その素直さがむしろ引っ掛かるらしくてよく絡んでいるが、イスラ本人は全然相手にしていなかった。
夜が早くて、サミが灯り窓を閉める前から、寝台上段のふちに若い足裏をぺかっと放り出して寝ていることが多い。ハガティかラガティが毛布にくるみ直し、落ちないように奥に押し込んでやっても、全然起きずに朝までふうすか眠る。
少年が隊にいる状態に、サミもホノボ兄弟も、自然と慣れてくる。
僕だけが一人ひそかに、戸惑い続けていた。
新兵のイスラが親友に似過ぎていると言うよりも、僕自身がいなくなってしまったイスラに固執し過ぎているから、こんな風に重ね見てしまうのだろうか?
多分それはある。……けれど、だからと言って親友のことを忘れよう、忘れなければという気には全くなれない。
自分の命を賭して僕を≪敵≫からかばってくれたあのイスラを、過ぎ去ったものにするなんて。とうてい無理だ。と言うか胸の奥底、僕はイスラが“死んでしまった”とは今でも認めたくなかった……。頭ではわかっている。それでも、よくわからない気持ちのうねりが、いつまでもそれに反発していた。
だからなのだろうか。僕は親友イスラのこと……十四年前に起こったあの
長いこと上司だったクスボ前隊長は良い人だったし信頼していたけど、彼にも打ち明けることはできなかった。サミやホノボ兄弟も、もちろん知らない。
……たぶん誰にも言わないままに一人で抱え続けて、いつか僕も老いて死ぬのだろうなと、ぼんやり思っている。けれど明日の配置地点より先の未来を考えない僕ゆえに、そういうはるか先のことは想像できなかった。
死の先にあるのは無だけ。
その後どうなることもないように、僕に彼方の未来は見えない。
小術“超老眼”の精度威力を上げたとしても、こればっかりはどうにも見えないままだろう。
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