108号室

雛形 絢尊

第1話

「つまりはそういうことです」


1泊2日の旅行に行った時の話ですが、

わりと鮮明に覚えています。

いつも旅先で宿を決めるので

夕方18時頃にこちらの宿を予約しました。

駅からは徒歩で20分ほど、人の気配すらしない細い道を通り、勾配な下り坂を経て、

宿が見えてきました。

照らすライトは5つ、この暗闇では眩しく思うほど。

入り口には暖簾がかかり、この時期には珍しく蚊取り線香の匂いがしました。

建物の中に入ると暖色に包まれ、左右に番号の振られた下駄箱が。

同時に受付と思われる場所の奥の部屋から、

両目を瞑ったように目が細い高齢女性がこちらへ来ました。

指定された38番の下駄箱に靴を置き、

受付をしました。驚きました。この値段。

やはり何か曰くがあるのではないかと不審に思い、何も考えず、口走りました。

「何か、そういったことが起こるんですかね、?」

そう言うと女性は間髪をいれずに

「起きるも何も今起きてるよ」

と言いました。

不思議とそれはジョークだと思い、(女性の目が細いため、眠っていると聞き間違えたのか)

これも何かの経験として、この宿に泊まることにしました。

案内されたのは108号室。

大人が2人やっと通れるかという

広さの廊下を歩き、

左右に割り振られた番号を

数えながら奥へ進むと、

105、106、108と何故か107号室がないことに気づきました。

白い部屋番号の数字には108号室と

しっかり確認したところで鍵を施錠し、

ドアノブに手をかけました。

木造のドアは引き当たりが弱く、

壁も薄いことに気づきました。

まあ、この値段ならと思い、入り口すぐにある上下2つのスイッチの上部分を押して、

部屋を明るくしました。

やけに明るくて眩しいほどでした。

親切なのか、入り口すぐにスリッパが反対向きに置いてありました。反対向きと言うと、

入口の方につま先が向いてある状態です。

軽度の潔癖症である私は、すぐに

入口の方へ向き、履きました。

いつも旅に出る際はリュックサックのみなのですんなり入ることができました。

もし、ボストンバックでも持っていたら通れないほど入り口は狭いのです。

何の素材なのかと疑うほど床は歩きづらく、

部屋の奥へ進むと、一昔前、というか今は流通していないであろう四角いブラウン管テレビがあり、どちらかと言うと洋風の部屋ですが、

床に白い敷き布団と掛け布団、枕があるのみでした。

四畳半までとは言いませんが、

かなり殺風景な部屋でした。

細長く2メートルほどの道を通り、不自然な場所に位置するその空間は異様そのものでした。

やはり、この値段では仕方がないと思い、

風呂場が建物の玄関の先、受付の方にあるというので

旅の疲れを癒しに着替えを持ち、靴を履き替え向かうのですが、これもまた蜘蛛の巣が幾つもある薄暗い階段、幅は大人が4人並べるほど広く、電気はつかないみたいなので不気味でした。

階段を下ると思ったよりも近くに風呂場はあり、誰か先客がいたようで、足元が湿って嫌な気持ちでした。

浴室は電気がついており、安堵していると

風呂場のスイッチは押しても反応せず、広くはない風呂場で浴室の灯り頼りにシャワーを浴びました。

風呂桶と白い椅子、カビで見えなくなった鏡。

家庭用の風呂場といったらいいんでしょう、実家に帰ってきたような気持ちで頭を洗っていると、何か嫌な気配はするんです。見られてるとかじゃなく、嫌な気分。

ほら、よくあるでしょう。後ろに、、

そんなことを考えているうちに風呂を出ました。

せっせと身支度を済ませ、階段を抜けようと浴室の明かりを消した瞬間、その奥に誰かがいました。

背丈が大きく、身体が細い男が横に。

「あ、すいません」とそのまま急いで階段を駆け上がり、何を思ったのか階段の下を振り返りました。


身体を半分覗かせた男がこちらを見ていました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

108号室 雛形 絢尊 @kensonhina

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画