■4章/4
「どうなっているんでしょうか」
何もわからないことを声に出して言ってみたが、やはり何もわからない。
私にわかるのは、ここが神殿の奥にある部屋で、私はここに閉じ込められている……軟禁されているということくらいだった。
剣を手にした戦士の方に神殿へと連れてこられ、この部屋に押し込められた。
部屋の中には椅子や寝台があって、以前あてがわれていた客室と似た雰囲気ではあったが、窓はなく扉には外から鍵が掛けられている。
「前より、剣呑ですね……」
いきなり連行のように神殿に連れてこられたのは二回目だが、今回は有無を言わさぬ勢いだった。
一度迷い込みかけた、入ってはならないとされていた区画の奥。そんなところに連れて来られて閉じ込められるとは、ただ捕らえられるだけではない何かを感じはする。
とはいえ、何ができるわけでもなく、待つしかないのだが。
手持ち無沙汰とは言え、こんな状況で妄想がはかどるわけもなく。ただじりじりと時間が過ぎていき、このまま人知れず干からびてしまうのかと思い始めた頃、扉が開いた。
「……ティルダード様」
現れたのは、神官の長ティルダード様。背後には護衛の戦士が一人。とっさに椅子から立ち上がって身構えるものの、横をすり抜けて部屋から逃げ出すのは難しそうだった。
「シャイラ殿。何故神殿を出たのか」
ティルダード様の口調は詰問に近い。初めて神殿に招かれて色々聞かれた時、当たりが強いと感じたものだが、あれはむしろ優しかったらしい。睨みつけるような瞳。嘘もごまかしも許さないというような口調。顔立ちが怜悧な印象に整っているから、なおさら迫力がある。
だが、負けるわけには行かない。身体の横で拳を握り締めて、ティルダード様の圧力に立ち向かった。
「……ティルダード様には関わりのないことかと存じます。雨姫様に会わせて頂けませんか」
「出来ない。貴女は既に神殿を出た身だ。……答えたくないのであれば、構わない。ルフには、貴女は来なかったと伝えておこう」
「待ってくださ――」
とっさに伸ばした手が、止まった。
ティルダード様の表情が強張っているように見えた。何故だろう。私は変なことを言っただろうか?
……いや、違う。
変なことを言ったのは、ティルダード様の方だ。雨姫ではなく、ルフと名前で呼んだ。私はそれに反応してしまって……。
「知っているようだな」
「な、何を――」
「しばし、この部屋に滞在してもらう」
「……嫌です、と申し上げたら」
「貴女は無駄なことを言う人ではないだろう」
言い残し、ティルダード様は部屋を出て行ってしまう。護衛の戦士が油断なく扉を閉めて出ていくのを、私は茫然と見送るしかなかった。
私が雨姫様の名前を知っていることが、ティルダード様にとって何の意味を持つのか。
何もわからないまま、ただ雨姫様に会うことは叶わなさそうだと遅れて悟り、床にへたり込んだ。
「…………」
どのくらいそうしていたのか……真っ白になった頭の中に残ったのは、ルフ様、という名前だった。
そうだ。ぼうっとしている暇はない。閉じ込められていても、思考を働かせることはできるはず。大事なのは考えて備えることだ。魔女の弟子の少女に対して、師匠である大魔女も言っていた――『道に迷ってから、道占いの魔法を覚えるつもりかい』。
「そう……雨姫様。彼女が中心なのは間違いない……」
私のせいで迷惑をかけているかもしれない。謝らなければならないのに。そんなぐちゃぐちゃな想いを必死に追い出す。
「私が神殿を勝手に出たことは、問題視されていなかった」
雨姫様の秘密――『今代の雨姫に、雨を降らせる力はない』――を知ったことが問題だったのならば、神殿から逃げ出した時点で捕まっていたはずだ。雨姫様がかばってくれたのだとしても、出奔は明らかに突然で不自然だったのだし。
「……秘密。そうだ……涙に力がないのなら何故、夜伽役が存在する……?」
雨姫様は『国を保つのに必要な嘘だった』と言っていた。その一環として夜伽役がいる、というのは理由としてはわかりやすい。だが、嘘を保つために嘘がバレる危険性を増やすのはどうだろうか。実際に私が知ってしまったのだし。
「隠されているなら、理屈ではダメだ……」
論理を追うな。
想像しろ。
妄想しろ。
あるとすれば、その意味とは……。
『何故来たの?』
『ティルダードの勝手な判断でしょう』
雨姫様は、もともとご自分では夜伽を求めてはいなかった。
『それでいいの。貴女はあくまでただの夜伽役。友人ではないのだから』
雨姫様は、夜伽役と親しくなることを避けていた。
『恋の話を聞かせて。とびきりの悲恋がいいわ。私には決してできないことだから』
雨姫様は……恋を、できないことと言っていた。
共通するのは、人を近付けさせない意思だ。積極的に遠ざけるわけではなくとも、一線を引くような意図を感じる。
妄想に妄想を重ねて辿り着いた結論は、こうだった。
「雨姫様は、嘘をついている」
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