■手紙/3


 乾季が続く街は、どことなく活気がない。

 やはり市場バザールから人が減っていることが雰囲気に影響しているのだろう。最も大きな神殿がある街だから、人が消えはしないだろうが。厳しい時は出身の氏族を頼りたくなるものだ。


 井戸ファラジを通りかかると、戦士の人が井戸を守っているのが見えた。水を汲みに来る人が多いのは朝と夕方で、この時間は並んではいない。それでも守る必要がある、ということだろう。先日の雨もあって、涸れていないのは幸いだ。


 神殿の方には、神官様や雨姫様に助けを求める人が多く訪れているらしい。私は極力そちらに近寄らないようにしていたから、実際に見たわけではないが。神殿には大きな井戸があるし、本当に困っている人には分け与えたりもしているのだろう。


「……雨姫様」


 まだ、気持ちの整理がついていない。

 もう会うことはないと言い聞かせても……その存在は、私の胸の深い場所から消えてはくれなかった。


 思考というには曖昧な物思いに耽りながらぼんやりと自室を目指す。近くまで来た時、聞き覚えのない男性の声が耳に届いた。シャイラと呼んでいるように聞こえたのだ。


「……? あの、シャイラは私ですが」

「アンタか。俺は布商いのバハン。コエニから預かり物だよ」


 ぶっきらぼうな様子の若い商人が、こちらに丸めた羊皮紙を突き出す。

 弟への手紙を託した行商人、コエニさんの使いか。弟からの返事の手紙だろう。


「コエニさんはこちらには来られないんですか?」

「乾季で諸々足りてない集落があるとかで、そっちを通る行商路を回ってる」

「そうなんですね……。バハンさんも、大変な時にありがとうございました」


 受け取りの証明としてバハンさんが持つ布帳簿に印を書き、いくばくかの手間賃を渡した。コエニさんから既に受け取っているだろうが、乾季に確かに手紙を届けてくれるような誠実な商人とは縁をつないでおくのが吉だ。


 手紙を受け取り、自室へ入る。乾いた空気、砂の気配。

 乾季のせいだけではない辛さを忘れたくて、早々に手紙を開いた。


『 姉上へ


 なかなか雨が降りませんが、大丈夫ですか。

 俺は問題なく過ごしています。グラーダ家の皆さんも良くしてくれています。仕送り、ありがとうございます。

 来年には戦士になる試験があるから、戦士になったら返します。


 姉上が色々話してくれたことは何となく覚えています。好きな話というなら、初代の雨姫が色々なところを旅するのが好きでした。


 知らない土地の知らないものについて聞くと、いつもその場で考えた内容を教えてくれましたね。正しくないとわかっていても、わくわくしました。覇王樹サボテンのトゲが年に一回柔らかくなる時がある、という嘘はいまだに本当かもしれないと思っています。


 恋人については姉さんの方が心配です。本ばかり読んでき遅れないように。


 サクル  』


 弟のぶっきらぼうな口調が耳に聞こえるような、飾る言葉が少ない手紙。最後まで読んで、思わず笑ってしまった。全く、我が弟ながら生意気に育ったものである。


「覇王樹のトゲか……懐かしいな」


 初代雨姫の伝承に、幼い兄妹が覇王樹を切って食べる話がある。それを聞いたサクルは、あんなトゲだらけの植物が食べられるはずがない、と言ってきた。伝承にもどうやってトゲを処理したか、なんてもちろん書いてはいない。


 私は妄想をたくましく働かせてこう答えた――『覇王樹のトゲは、年に一度、乾季のまっただ中のある期間だけ柔らかくなる。数日で生え変わり、また鋭く尖るのだ』。

 当然、嘘である。実際は、ストハ氏族が得意とする『刺削り』の技術でトゲを処理して調理すると数年後に知った。今に至っても覚えているほど、拙い妄想を気に入ってくれていたらしい。


「…………そっか」

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