■4章/2

 削り終えた羊皮紙を持ち込むと、ドゥリヤさんは少し意外そうな様子で出迎えてくれた。


「もう使い終わったのかい?」


 片眼鏡の位置を直しながら、ソファに座るドゥリヤさん。私は苦笑して首を横に振る。


「いえ。使ったのはこちらの束で……今回は削ってあります。こちらは使ってない束を、お売りしようかと」

「なんだ、要らない? そのまま持っていてくれてもいいんだが。乾季なら保存もしやすかろ」

「……使うあてもありませんし、乾季で入用ですから」

「ふむ。承った。確認するから座っていたまえ。水煙草シーシャは?」

「結構です。声を出しにくくなることがあるらしくて」


 なるほどと頷き、なんとも美味そうに水煙草を一服してから、ドゥリヤさんは私が持ち込んだ羊皮紙の束を確認し始める。薄暗い照明の中で眼光は鋭く、羊皮紙をめくっては表面を見つめる。紙を扱っている時は、本当に格好いい女性なのだ。

 手持ち無沙汰の私は椅子に腰を下ろして、ぼんやりとその手元を眺める。紙をめくる音だけが響く時間。水煙草の香りが心地よい。


 いつの間にか、うとうとする。

 神殿を出てから、ほとんど眠れてなかったせいか。意識が飛びかけているのを自覚するが、どうにもならない。


「ん……」


 ドゥリヤさんの方は紙の確認に集中していて、こちらのことは気にも留めていない様子だ。視界がぼやけて、現実ではない光景を無意識に思い描く。

 白い頁に黒い文字。……白い寝台に、黒髪と、澄んだ表情の少女。


「…………ルフ……さま……」


 ああ、美しい、と思う。

 もう二度と見られない光景だからこそ素直に自分の思いを認められた。綺麗で、清らかで……愛おしい。


「……あいたい、な」


 物語としてなら何度も語ってきたその感情を、自分が覚える日が来るとは思っていなかった。けれど、一度自覚してみれば……夢心地の中だからか、素直に受け入れることができた。


 会いたい。

 話したい。

 ――一緒に、いたい。


「よし。良いだろう、君は紙の扱いが丁寧で助かるよ」

「はぇあ」


 左に傾きかけていた身体をばっと起こした。何回か瞬きして、白い夢の残滓から現実の光景に焦点を戻す。

 今、口にした言葉は……夢だっただろうか。現実に声に出してなければ良いのだが。


「で、想い人について聞かせてくれるかな」

「なっな、何の話か……」

「乾季で大変だろうけれど。会いたいならば会っておくべきだよ」

「いえ本当に何の話かさっぱりわからないので勘弁してください」

「君は奥手そうだからな……やれやれ、年を取ると若人に助言したくなってしまって困る」

「……まだお若いのに何を」


 苦笑する裏で、気恥ずかしさと共に、その言葉をある意味で素直に受け取ってしまっていることを自覚した。

 やはりこの感情の名前は――


「さて、支払いは銀貨でいいかな」

「ちゃんと銅貨も混ぜてください」

「君もしっかりしてきたね。……顛末、聞かせてくれたまえよ?」

「知りません」


 銀貨銅貨の重みが、手放した紙の重みに思えて、少し寂しかった。

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