■3章/4
次に夜伽に呼ばれたのは、四日後のことだった。間隔としては少し早めで、その間も雨は降っていない。
なんとなく気が逸り、普段よりも少し早く雨姫様の寝所を訪れた。
「……あれ? ナーディヤさん、いないんですね」
いつも寝所の前に静かに控えて出迎えてくれるナーディヤさんが、今日は立っていなかった。代わりに立っていた別の侍女が頷く。
「ナーディヤ様はティルダード様に呼ばれています。夜伽のお時間ですか?」
「はい。よろしくお願いします」
重い扉が開かれる。この扉をくぐる瞬間は何度経験しても緊張してしまう。手にした本をぎゅっと握って静謐に満ちた寝所へと足へ踏み入れた。
夜星石のランプに照らされた白い壁。さらさらと流れる水。清らかな空間には、普段と違う点が二つあった。
ひとつは、寝台に雨姫様がいないこと。
もうひとつは、壁にかけられた織物がずれていて、その奥から光が漏れていること。
「……隠し部屋?」
足音を忍ばせて壁に近寄り、織物をめくってみる。その向こうには狭い通路があり、灯りは奥から来ているようだ。
何度も寝所を訪れているが、こんなところに空間があるとは知らなかった。扉ではなく織物で覆われていたことから考えても、隠し部屋の一種なのだろう。
もしかしたら、城にあるような秘密の脱出路かもしれない。
「……雨姫様はこの奥かな」
好奇心が疼く。すぐに織物を戻して部屋を出るべきだとわかってはいるものの、隠し部屋の奥を見てみたいという衝動に負けた。
織物を潜って、少し背をかがめて狭い通路へ入る。通路はそう長くはなく、すぐに小部屋へと出た。
本に囲まれた空間だった。
寝所と同じ白い石造りの部屋。四面とも大きな本棚があり、本や巻物で埋まっている。
部屋の中央には広い机があり、雨姫様が本を開いたまま机に突っ伏して寝息を立てていた。
「……まあ」
あどけない寝顔は少女の幼さを強調する。普段は表情を抑えているのか、大人びた印象を覚えることの多い雨姫様も、今は年相応に可愛らしい。
何を読んでいるのだろう、と開かれたままの本に視線を落とした。
「天気の、こと……?」
想像していた、精霊信仰についての本や、物語の本ではなかった。私には理解の及ばない複雑な数字と理論が記された本だ。ただ、地形や天気について記されていることだけはわかった。恐らくは天気に関する研究書だ。
本棚に視線を移す。
『気象学』。
『天候論』。
『雨と精霊』。
『太守ザーミ付書記官による天測誌』。
『天地の水の動態について』。
古今東西の、天候について記した本ばかりが並んでいた。
――恐ろしい考えが脳裏をよぎる。
(雨姫の涙が雨を降らせるのなら……こんな本は、要らないのでは……?)
違う。そうではない。超常の力を持つからこそ、その力を把握するために書物が必要なのだろう。
そう言い聞かせても、乱れた鼓動は収まらない。机に戻した視線が、雨姫様の手元に帳面を見つける。手と黒い髪に隠されているが、何か書きつけてあるようだ。
覗き込む。雨姫様の手をどけようと指先を触れさせた瞬間、少女の体がびくりと震えた。
「ひっ」
「……んん」
咄嗟に手を引いたが、声が漏れたのが届いたか。雨姫様のまつ毛が震え、ゆっくりと瞼が開かれる。寝起きの、焦点が妖しい瞳がとろんとした視線をこちらへ向けた。それも一瞬。
「……っ、シャイラ?」
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