■3章/2
窓の外、良く晴れた空を見上げる。雲ひとつなく乾ききった
はしたなくも寝台に転がったまま、雨が降る気配のない空を見ていた。起き上がる気力が湧かない。既に太陽は中天にあり、部屋の中に濃い影を落としている。お腹も空いているし、喉もからからに渇いていたが、その渇きにこそ当てられて身体が動かない。
窓の外に置かれた水がめのように、私も空っぽだった。
「……どうして」
なぜ、雨が降らないのだろう。
「『あなたの涙を雨としよう。あなたの慟哭を雲としよう』……」
諳んじるのは雨姫の伝承の一節。雨を司る精霊は、初代の雨姫となる少女にそう語り、加護を授けた。
だから、雨姫の涙は雨を呼ぶ。
それがこの
「……降る」
降るはずだ。雨は降る。だって、昨夜、雨姫様は泣いたのだから。
朝日と共に目を覚ましてからずっと、私の思考はそうやって堂々巡りしていた。同じところをぐるぐると回る思考は、徐々に暗い方向へ落ちていく。
夢、だったのかもしれない。
雨姫様を泣かせようなどと分を越えたことを思うあまりに、妄想を夢に見たのかも。
そうやって自分を誤魔化そうとしても、腫れぼったい目元の感覚と胸の疼きが許してくれなかった。雨姫様の前で恥じ入ったあの感情は、否定したくとも出来ない現実だ。では幻覚でも見たか。光の具合をあさましくも涙と勘違いした? いいや、そんなはずはない。あの美しい雫を見紛うものか。
「う……」
ふと意識が遠のく。空腹か、後悔か、その両方か。青空を映す窓に吸い込まれるような心地で意識を失い――
「やあ、シャイラ。お目覚めかな」
気付くと、アヤンさんが私を覗き込んでいた。
「っふゃぎ!?」
警戒したウサギもかくやの勢いで跳ね起きる。寝台の上を後じさり、壁に背がぶつかって止まった。
意識を失っていたのか、と思い出す。室内に落ちる影の形はほとんど変わっていないから、そう長い時間ではないようだった。
アヤンさんは楽しそうな笑顔でこちらを見ながら、寝台に腰かけた。
「オオカミの前で眠りこける羊のように可愛らしかったよ」
「お、オオカミって……」
そういう意味ではないとわかっていても、彼女の低く落ち着いた声は耳をくすぐる。寝顔を思い切り見られたのも相まって、非常に恥ずかしい。
たぷ、と手元に水袋が放られた。辛うじて受け止める。
「夜伽役にあるまじき声だ、シャイラ。井戸で汲んできたばかりだからまだ冷たい。それで喉を潤すといい」
「あ、ありがとう……ございます。……んく」
「その乱れた髪を整えるほどの量はないけれど、ね」
「……!」
噎せかけて、何とか飲み込む。この時期、もったいないことはできない。髪を手で撫でつけながら睨む。
「けふっ……、もう。……なぜ私の部屋にいるんですか」
「君が出てこないのが心配だと神官に相談されてね。夜伽役の部屋に勝手に入るのは気が引ける、ということであたしに話が回ってきたんだ」
「なるほど……だから勝手に入ったんですか」
「だから勝手に入ったのさ。君は干からびかけていたし、感謝したまえ」
ううん。はっきり言い切られてしまうと、無礼だと指摘するのも無粋に思えてくる。水が助かったのは確かだ……身体にとっても、心にとっても。
もう一口水袋から水を含んで、唇と喉を濡らす。
「ありがとうございました。……あの、アヤンさん」
「どういたしまして。……おや。ずいぶんと真剣な声だね」
水袋を返しながら、咄嗟に呼び掛けてしまった。だが、このことを彼女に相談するわけにもいかない。正確には、誰にも相談できない、か。
雨姫様が泣いたのに雨が降らないなんて、あり得ない。あり得ないことを言う女が、夜伽役でいられるはずもない。
「シャイラ?」
訝しげな表情。気遣うような声と同時に、鋭い視線が私を貫く。遊牧民の戦士だというこの女性は、常に心の一部で警戒を怠っていないように見える。それが戦士の資質なのだろうか。
今はその警戒こそが心地よかった。
(本当のことは言えないまでも、情報交換をしてもらおうか――)
一瞬だけよぎったそんな思いを、彼女の視線が断ち切ってくれた。
(ううん。話せるわけ、ない。雨姫様と、私の……二人きりの時間のことを)
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