■手紙/2

『 親愛なる弟へ


 この手紙が届く頃には、乾季も本格的となっていると思います。そちらの様子はいかがでしょうか。水や食料の用意は十分ですか。セルチ氏族の皆様、グラーダ家の皆様と協力して乗り切ってくださいね。

 ささやかですが仕送りを言付けますので、この手紙を預けた方から受け取ってください。


 私の方は、諸事情あって氏族の土地には帰らないことにしようと思います。こちらは水も豊富ですし、どうか心配しないでください。

 ところで、あなたもそろそろ成人が近い年齢です。良い人は見つかりましたか? 最終的には氏族が決めることとはいえ、あなた自身の気持ちも大事なのですから、まだ先のことなどと思わず真剣に考えるように。


 あなたに精霊の導きがあらんことを。


 シャイラ 』


 乾季の空のことを、果てしない空ラニハリと呼ぶ。

 遥か彼方まで見渡しても雲はなく、ただ晴れ渡る空が広がるだけ。


 乾季に入って、おおよそ二ヶ月。

 最後に雨が降ったのは、一ヶ月以上前のことだ。アヤンさんの夜伽の翌日だったとはっきり覚えている。


 市場バザールでは、今年の乾季は厳しそうだ、という噂が飛び交う。ガーニムさんもイライラしている日が増えた。弟へ送った手紙も、果たして無事に届くかどうかわからない。


 そんなある日の、古道具屋の傍の広場。

 私は並んで座る子供たちに向けて、できるだけ普段通りに微笑みかけた。


「皆、これからしばらくはお話はお休みします」

『えー……!』


 残念そうな声が上がるのは、ありがたいけれど申し訳ない。

 雨姫様の夜伽役となって三ヶ月ほど。元々週に二回程度だった子供たちへのお話の機会は、どんどん減ってきていた。完全に無しにしてしまう理由は二つ。


 一つは私の飲み水。話せば話すほど、喉は水を求めてしまう。そろそろ、その水も控えなければならない。


 もう一つは子供たち。夕暮れとはいえ日差しが残っている間に外に出るのは渇きを招く。それに……井戸ファラジが活きている間はまだ良いが、涸れてしまった時は、遠い川に水を求めに行くこともある。乾季には子供たちも貴重な運び手なのだ。


「乾季が明けたら、またお話を聞きに来てくださいね」


 寂しがったり、楽しみにしたり、嫌がったり。口々に挨拶を告げて帰路に着く子供たちを見送って手を振る。最後の一人の背中が見えなくなったところで、笑みが限界を迎えた。


「は……ぁ」


 ため息が漏れる。

 私にとって、乾季は耐えるものだった。水を無駄にせず、わがままを言わなければ、乾季明けのお祭りを楽しみにして乗り越えられた。

 十年前の旱魃では母を失ったけれど、それも自然の摂理だ。漣沙国レンシャには雨姫がいるとはいえ、天気はあくまで精霊の領域。自由自在にできるわけではない。


「だけど、今は……」


 今、私はその精霊の領域にほんのわずかながら関わっている。

 夜伽役はあくまで雨姫様に侍るもの。無聊を慰めるのが本義であって、あめを流させるための存在ではない。……アヤンさんとの問答でそう答えた想いは変わっていないけれど、一方で、私の努力次第で雨を降らせる手助けができるかもしれないという現実も理解している。


 一言で言うなら、なのだ。関わっているのはほんのわずかだとしても。


「……よし」


 ため息ばかりついていても仕方ない。ぐっと握り拳を作って自分に気合いを入れる。

 店に戻ると、ガーニムさんはつい先ほど買い取った水煙管シーシャを睨んだままだった。


「ガーニムさん。そろそろお店、閉めますか?」

「ああ、こっちでやっておくから上がっていいぞ。しばらく閉めるかもしれないから、筆やらは持っていけ」

「そうなんですか?」

「家族がな。親族のいる水場リュサラに移動した方がいいかと相談しているんだ。ふん、俺は雨姫様を信じるがな」

「なるほど……。私はしばらく神殿の方にお世話になっていますから、街を出るときは言伝をくだされば」

「ああ。お前も気を付けろよ、シャイラ。神殿で何をしているかは聞かんが……重要なことなんだろう」

「……はい。とても」

「妄想ばかりしているんじゃないぞ」

「えへへ……」


 はい、と言えない自信のなさ、あるいは逆に自信があるのが恥ずかしい。

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