■2章/3
楽しかった、と言ってもらえたことが嬉しかった。
最後は迂闊な質問をしてしまったが、強く気分を害したわけではなさそうだ。
困った表情も、にやけた表情も見せぬように頬を引き締めてから、立ち上がって部屋を辞した。
「お疲れ様でございました」
「ナーディヤさん。ありがとうございます」
扉の外には、いつものように侍女のナーディヤさんが控えていた。会釈を交わし合う。
「お部屋までご案内いたしますか」
「い、いえ。流石にもう覚えましたから」
「先日の夜伽の帰りに、神殿の奥に迷い込んだと伺いましたが……」
バレてる。
遭遇してしまった神官の方には内密にとお願いしたのに。
「……反省したので、ちゃんと覚えました。本当です」
「ならば結構です。貴女は雨姫の夜伽役。そのものではないにしろ、関わる一人として見られる存在です。品行方正にする必要はありませんが、不要な騒動は避けて頂くのが良いかと思います」
「はい……」
「差し出がましいことを申し上げました。お許しください」
「いえその。こちらこそ申し訳ありません……ありがとうございます……」
深々と頭を下げあう。正直、大変お恥ずかしい。
ナーディヤさんは雨姫様付きの侍女として常に完璧に振る舞っている。私も見習わないと。否、同じようにするのは絶対に無理だけれど、その志を見習うのだ。
「では、ええと。迷わず部屋に戻りますので」
「はい。お休みなさいませ」
「お休みなさい」
夜の神殿の廊下を歩く背筋が、なんとなく伸びる。数秒で背中に疲れを感じた。このままでは毎日のように腰が痛いと言っているガーニムさんのようになってしまう、という別の危機感も感じる。
迷ってはならないと心に決めてゆっくり歩き、少し時間をかけて私室へと帰り着く……直前のことだった。
「おや。仕事は上手くいったようだね」
廊下を曲がってきたアヤンさんと、ばったり行き合う。
「アヤンさん……こんな夜中に何をしているんですか?」
「散歩だよ。狼珂国にいた頃は、星と風を頼りに夜駆けをしたものだ」
堂々と言う姿は、素直に格好いい。また意識して、ぐっと背筋を伸ばしてみる……残念ながら、それでも視線はちょうど彼女の顎くらいだ。
「そうですか。では、良いお散歩を。お休みなさい」
「待った。散歩は本当だが、もう一つ用事があってね」
訝しむ視線の先で、アヤンさんが革袋を揺らす。たぷ、と柔らかく揺れる液体の気配。
「良い酒を買えたんだ。一人で呑むには勿体無いが、我らが雨姫にはまだ早い。神官連中は儀式の時以外は酒をやらないというし」
「誰が『我らが』ですか。雨姫様にお酒なんて勧めたら、ナーディヤさんに怒られますよ」
「彼女は厳格だからね……。ともあれ、そういう事情だ。夜伽役同士、親睦を深めるのは如何かな、シャイラ?」
気安く酒を飲み交わす仲でもない……が。逆に言えば、親睦を深める機会なのは確かだ。最初の出会い方が衝撃的だったせいでなんとなく苦手に感じてしまっているが、同じ夜伽役として、友人とまでは行かずとも情報のやり取りをする程度の関係は作っておくべきか。
それに、何より……。
「……? 私の顔がどうかしたかな、そう熱く見つめられると恥ずかしいのだけれど」
「見つめていません」
気になる。
狼珂国の戦士だと名乗ったこの美女が、雨姫様にどのような夜伽をしているのか。私と
彼女、どちらが雨姫様を喜ばせているのか。
「……わかりました。ちょうど、肴になりそうな炒り木の実がありますから」
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