■賢者と三つ子


 次に夜伽に呼ばれたのは、十日ほど経った頃だった。


 楽しい話という要望に対して、賢者と三つ子の話を選んだ。

 『解くべき謎』を求める賢者と、活発な三つ子が、様々な謎や不思議を解決する……という筋立ての、いわゆる連作である。セルチ氏族の領地では有名な話だ。

 作者は不詳。というよりも、最初の数編以降は、謎かけを作った者がそれぞれに賢者と三つ子に託してきたらしい。なので、簡単だったり言葉遊びのようだったりする謎もあれば、本格的に頭を使う難しい謎もある。


 『精霊の紅玉』の話は、大きな宝石が関係者の手を転々とするうちに消えてしまうという筋の、ドタバタとした雰囲気が騒がしくも楽しいお話だ。


「『さて、』と賢者は言いました。『こつぜんと消えた貴重な宝玉、『精霊の紅玉ヤークート・ジナーは今、どこにあるのか?』」


 賢者は普段は頼りないが、その知性は鋭い。できるだけ低く、落ち着いた、知性的な声を意識して語り……一旦言葉を切る。


 雨姫様は今日も寝台に大きなクッションを置いて寄りかかり、こちらに足を伸ばしている。顔は部屋の中央側を向いていて、視線は壁を見て動かない。もしかしたら私には見えない精霊のようなものを見ているのかもしれない。

 それでいて、意識は私の語りに傾けてくれているのは、何となく伝わってきていた。


「氏族の長が持っていた大粒の紅玉は、どこへ消えたのか。紅玉を手にしたのは、長の娘、長の護衛の戦士、商人、商人の息子、長の客分……賢者の答えは、さて、いかに?」


 疑問形で語りを締めくくる。

 『容疑者』を並べて聞かせるのも語りの一つだ。頭を使う謎かけの物語は、こうして整理することで考えやすくなる。


 とはいえ、雨姫様には不要な気遣いだったかもしれない。

 瞼を閉じた少女は、数秒の無言の後、ぽつりと言った。


「商人の息子」

「え」

「私が聞き違えていなければ、宝石を隠す機会があったのは商人の息子だけ。戦士も怪しいけれど、盗む機会があっても、隠す機会がなさそうだし。『探しても見つからない』のは、誰かが意図を持って見つからない場所に隠したという意味でしょう? 例えば……井戸の中……戦士と一緒に探したという倉庫も怪しい」

「……お見事です」


 理由まで含めて完璧だ。感心しきり、思わず呆けた声が出た。

 ちなみに、私が最初に聞いた時は絶対に戦士が犯人だと思っていたし、強欲な商人も怪しいと睨んでいた。大外れである。


「雨姫様は思考も明晰でいらっしゃるのですね」

「どうかしら。貴女の語りが上手だったからだと思うけれど」


 子供たちに『賢者と三つ子』を話す時は、言葉遊びとか、数字に関する話を選ぶことが多かった。雨姫様は知性深い方だからと思い選んだ題だったが、想像以上だった。感心が八、若干の悔しさが二、というところだ。


「それにしても、商人の息子は良い商人になりそうね」

「おや。なぜそうお考えに?」

「商人というのは、人が欲しいと思うものを、買ってもいいと思う値段で用意する者でしょう。人がどう考えるかわかるから、見つからないように隠せたのだと思う」

「なるほど……その視点はありませんでした。とはいえ、その、盗みは……」

「もちろん、罪をちゃんと償ったら、だけどね」

「重要ですね……。市場バザールでは盗みは重罪ですから」


 私が市場で盗難騒ぎがあった時のことを思い出していると、雨姫様が視線をこちらへ向けた。可愛らしく首を傾げる。


「盗みをしたら、どんな罰を受けるの?」

「ええと……それは」


 氏族の長たちが定める漣沙国レンシャの法では、盗みに対する罰は罰金または労役と定められている。財産に手をつけたものは財産で返せ、ということだろう。

 ただし、市場では話が別だ。商人たちにとって財産は生命の一部に等しい。ゆえに、


「……神殿でお話しするには相応しからぬ罰を」


 初犯では利き手を奪い、再犯では両目を奪った上で砂漠に追放――などというのは。清らかな白で形作られた、霊廟にも似た寝所でするには少々血生臭い話だった。

 謝罪するように頭を下げた態度で察してくれたか、雨姫様は頷き、重ねて聞いてはこなかった。


「商人の世界も大変そう」

「そのようです。ええと……そう……今日のお話では三つ子が出てきますが。雨姫様は、ご兄弟はいらっしゃいますか? 私には弟が一人いるのですが」


 暗い雰囲気を散らそうと、声を一段高くして問うた。

 雨姫様は少し考える素振り。


「弟がいるのね」

「はい。今は氏族の土地で暮らしていますが……最近中々手紙を返してくれなくって」


 つい苦笑が浮かぶ。商人が運ぶ手紙だから、そうそう早く返事が来るものでもないのだが。

 そう、と少し笑みを含んだ雨姫様の頷き。


「……私は、姉がいたわ」

「お姉さんが……、いた?」

「ええ。先代の雨姫が、私の姉よ。十年前に死んで代替わりしたの」

「そっ、れは……あの。……知らぬとはいえ失礼なことを」

「気にしないで。もう、思い出だから。……とはいえ、聞いて気持ちのいいことではないでしょうから、この機会に言っておくわ」


 そう語る雨姫様の表情は、確かに普段通りに見える。なのに、私は気付けば口走っていた。


「お辛いですね」

「……そうでもないけれど」

「し、……失礼しました」


 何故言葉がこぼれたのか、自分でもわからないけれど。十年前はちょうど旱魃で母を喪った年だ。そのあたりの感情で、勝手に共感してしまったのかもしれない。深々と頭を下げる。謝るようなお話ではないにしても、礼を失してはいただろうから。

 顔を上げると、雨姫様はそんな私を見て小さく笑っていた。力の抜けた、穏やかな微笑みだ。


「そういうわけだから。兄弟の話は無し、ね」

「……はい」

「今日の話は楽しかったわ。下がりなさい」

「はい、雨姫様。……お休みなさいませ」


 柔らかな寝台の上で深く頭を下げ、顔を伏せて挨拶する。



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