■1章/3

 演劇の題材としてもよく使われる悲劇の名作だ。言葉を挟まず静かに聞いていた少女の美しい横顔を見つめながら、私は語りを締めくくる。


「そうして、男は最愛の女が待つ涸れ井戸へと身を投げました。二人は砂となって、ついに分かたれることなく、ともに風に舞うのでした」


 一拍。


「……彼らの旅は続くけど、今宵の話はこれでお終い」


 ふ、と吐息する。雨姫様も、心なしか一息ついたように見え、瞼を閉じる。

 子供たちと違い、雨姫様は語っている間に声を上げたり言葉を挟んだりはしなかった。クッションにしなだれかかり、視線はこちらではなく部屋の中央に向いていた。


(でも、間違いなく聞いてくれてはいた)


 語りを聞くという行為は、実は意外と難しい。話す側も工夫を凝らすが、聞く側にも集中力を要求するものだ。大人になってもその難しさは変わらない――年を取るにつれ退屈を隠すのが上手になるだけだ。

 つまらない時はつまらない素振りをする子供たちを相手に語ってきた経験が、聞き流されているわけではないと感じていた。

 問題は。


(楽しんでもらえたか……悲しんでもらえたか)


 瞼を閉じたままの雨姫様を、無言で見つめる。

 感想を問いたいが、こちらから話しかけていいかどうか悩ましい。無礼に当たるかもしれないし、余韻に浸っているなら邪魔したくないし……などと悩んでいると、雨姫様がようやく瞼を開いた。


「ご苦労様」


 労いの声は先ほどより少し小さく、柔らかく聞こえた。

 こちらを向く黒灰色の瞳がわずかに濡れているように見えるのは、私の願望ゆえだろうか。その美しさに見惚れながら、寝台の上で頭を下げる。


「ありがとうございます」

「語りが上手なのね」

「……光栄です」


 過分な褒め言葉に思わず顔が緩みそうになるのを、必死でこらえた。力を入れた頬が少し震える。

 ゆっくりと顔を上げた私に、雨姫様は微笑みもなく部屋の扉を示した。


「今日はもういいわ。下がりなさい」

「……はい。失礼いたします」


 柔らかい寝台に脚を取られながら何とか転ばずに降りて、改めて跪いて礼を示す。雨姫様は私への興味をなくしたような瞳で眺めていた。

 出来る限り音をたてぬよう気を付けて、清冽な水の気配に満ちた雨姫様の部屋を出る。



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