■雨姫の伝承
広い砂漠に水はなく、乾いた空に雲はなく、水場は遥か、砂丘の向こう。
やがて水袋が空になり、妹は砂に倒れ伏せる。兄は最後のひとしずくを、妹の唇へ含ませる。
目覚めた妹の傍らには、もはや動かぬ兄の姿。陽より、風より、守って死んだ。
兄の亡骸をかき抱き、妹は祈る。
『どうか神様、この涙を止めて下さい。兄がくれた水が流れ出てしまうから』
嗄れた祈りを聞き届け、精霊がいう。
『兄を想って泣けないのは、かわいそうだ。あなたの涙を雨としよう。あなたの慟哭を雲としよう。涙が枯れ果てるまで泣くがいい』
妹が涙をこぼすと、良く晴れた空に雲が現れ、ぽつりと雨粒がこぼれた。
妹は泣く。涙を流し、声を上げて、三日三晩泣き続けた。
昼は雲が陽を遮り、冷たい雨が喉を潤した。
夜は雷が獣を退け、暖かい雨が体を包んだ。
やがて泣き尽くした少女は、寄り添う精霊に感謝の祈りを捧げて、兄の亡骸を砂に還した。
『精霊よ。あなたのおかげで、兄を弔うことができました。願わくば、この恩寵を私に預けてくださいませんか。人が砂に還るのは世界の定めなれど、矮小なる人には悲しむための時間が必要なのです。私は、残された者たちのために、この涙を捧げたいと思います』
精霊は妹の提案に頷き、自らの力の一部を少女の涙へと預けた。
妹は約定の通り、生涯、人々の悲しみに寄り添って共に涙を流し、雨を降らせた。
これが――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録(無料)
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます