第9話『クライン村⑥ コロネル男爵と執事セバスティアーン 』

 村長むらおさの屋敷の家人達が、大きな板でボーの死体を運び去った後、現場には村人とアキラ以外はコロネル男爵とセバスティアーンだけになった。


「そなたのおかげで…」


 コロネル男爵がアキラに何かを言おうとしたが、その言葉が終わるのを待たず


「まず、村人達に謝って下さい。男爵。」


とアキラが言葉をかぶせて言った。


「何?その必要はない。」


「何故です?村人達に無実の罪を着せるところだったのに。」


「そいつらはワシの領民だ。どうしようがワシの勝手だ。」


 アキラは、ムラムラと沸き上がってくる怒りの感情を抑えきれず


「この親にしてこの子ありだな!」


 ついにアキラは叫んでしまった。


「そもそも、この事件も、日頃から人に恨まれるようなことをしていた、あなたと村長むらおさである御子息が原因だろう?

 重税もそうだが、あなたの息子が、この村でどんな振る舞いをしていたのか知っていたんだろう?

 何故いさめなかった!?

 何故止めさせなかった!?」


「何を!貴族が平民に対して何をしようが構わないではないか!!」


「そうして、子をたださなかったから、あなたの子は殺されたのだろうが!?

 子をたださずして、何が親か!!」


 かたわらでコロネル男爵とアキラのやり取りを見つつ、セバスティアーンは過去の記憶を回想していた。

 それは、先代のコロネル男爵が晩年にセバスティアーンに対して申し伝えたことの記憶だった。


 先代コロネル男爵は、その時既に病床にあった。もはや先は長くない。

 そばにセバスティアーンだけが居る。他に人は居ない。


「セバスティアーン…腕利きの傭兵だったお前が我が家に仕えて、もう何十年になるかな…長い間、有難うな…」


「何をおっしゃいます、旦那様。

 いくさで負傷して、傭兵として使い物にならなくなった私を拾ってくださったのに…感謝するのは私の方です。」


「ふふふ…長年、共に居てくれたお前は、もはやワシと一心同体だ。それ故、お前に申しのこしたいことがある。」


「は?」


せがれのことだ。

 あやつ、いささか人への思いりが欠けているように思う。

 特に平民や身分が下の者へは横暴ともいえる態度を取るようじゃ。

 ワシが生きている内は大人しくしていようが、ワシが死んだらタガが外れて、とんでもないことをやらかすかもしれん。

 そこでじゃ、ワシの死後、せがれのヤツが間違った行ないをしたら、お前がただしてやってくれないか?

 親であるワシが居なくなった後、お前が親代わりともなって…」


「旦那様……」


「その、せがれの間違いをただすことによって、このコロネル男爵家が絶えることになっても構わん。」


「旦那様!!」


せがれのやつは、貴族が、なんで貴族でいられるのか、全く判っておらんのじゃ。

 それは領民のおかげじゃ。

 領民が頑張って働いてくれて、税を納めてくれているからなのじゃ。

 領民が貴族を支えてくれているのじゃよ。」


 (このお方が名君と呼ばれる所以ゆえんは、このお考え方にるもの…)


 セバスティアーンは、沁々しみじみとそう思った。


せがれのやつは、領民を単なる従属物、所有物だとしか思っておらん。」


「………」


「頼んだぞ、セバスティアーン。

 ワシが大好きじゃった領民達を守っておくれ。

 お前がワシの代わりとなって…」


「ええい!この、エルフの小娘が!!」


 セバスティアーンは、コロネル男爵の叫び声で我に返った。


「貴族であるワシに向かって、何たる無礼な口をきくか!」


 コロネル男爵は、腰の佩刀はいとうに手を掛け、アキラに対して抜こうとしていた。


 (前に出した足の爪先が外を向いて…これでは強い踏み込みが出来ないし、剣の柄を握っている方の腕も、脇が大きく空いている…こんなんじゃ速く抜けないよ。

 コロネル男爵、こいつ全くの素人だな)


 アキラは前世でつちかった剣道七段の腕前により、コロネル男爵が大した使い手でないことを瞬時に見てとって、反撃すべく徒手に構えた。


 (剣を抜こうとした瞬間、あごにでも正拳をくらわしてやる!)


 コロネル男爵とアキラが動きだそうとした瞬間


「若!いけません!!」


 セバスティアーンが、凄い剣幕でコロネル男爵に叫び、血相を変えて男爵とアキラの間に入ってきて阻止した。

 セバスティアーンの、男爵をにらみ付ける視線に凄まじい殺気がこもっている。


 (何だ?この男にとって、コロネル男爵は主君だろう?

 この態度は異常じゃないか?)


 しばらくコロネル男爵とセバスティアーンのにらみ合いが続いたが、男爵が剣の柄から手を放して構えを解いた。

 コロネル男爵の方が折れた形だ。


「セバスティアーン、そういえば、お前はエルフを信仰する習慣のあるヴィセン島の出身だったな?」


と、コロネル男爵がセバスティアーンに言った。


 (それで、今の態度だったのか…

 さっき、ボーの傷を男爵に見せるのを何も言ってないのに手伝ってくれたのも、それが理由か…)


 コロネル男爵は、次にアキラに向かって


「小娘、ワシの執事に免じて、今回だけはこらえてやる。

 だが、これ以上我が領内に留まることは許さぬ。今日中に村から立ち去れい!」


と強く言ってきた。


 アキラがセバスティアーンを見ると、セバスティアーンは無言でうなづいた。

 この男爵の言葉には従うしかなさそうだ。


 ノーラの家に戻ったアキラは、ノーラの家族と遅めの朝食を摂るため、テーブル席についていた。


 (不謹慎な考えだが、死体を見た後って、なんか、腹が減るんだよなぁ…

 オレだけじゃなく、警察の同僚も、同じことを言うヤツは多かった。

 目前に死を見ることによって、おのれの生存欲求が強く刺激されるからだと言った人もいたが、本当のところはどうなんだろう…?)


などとアキラが思っていると、アキラの前に

 薄い小麦粉の生地に

 細かく切った干し肉と

 チーズやキノコを乗せて焼いた

料理が置かれた。

 キノコは一昨日、ノーラが森で採ってきたものだろう。

 この料理は、現在いまのこの村の経済状況からすれば、かなりのごちそうに違いなかった。

 本日限りで村を去るアキラの為に特別に用意してくれたのだろう。


「美味しい?お姉ちゃん。

 この料理はパンネクックって言うのよ。私も食べるの久しぶり。」


「うん。すごく美味しいよ!」


とアキラはノーラに返事をし、次にノーラの父母ルトヘルとミルテ、祖母のサマンタに向かって


「こんなごちそう、本当にありがとうございます。」


と礼を言った。


「なあに、今の男爵様の代になる前は、毎日食べてたものだよ。一般的な家庭料理さ。

 おかわりもあるから、遠慮せずにたんと召し上がれ。」


と祖母のサマンタが言ってくれた。


「で、どうなさるつもりだね?これから何処にお行きなさる?」


と、ノーラの父ルトヘルが尋ねてきた。相変わらず、アキラの胸の谷間をチラチラと見てくる。


 (オレも元は男だから気持ちは判るけど、もうちょっと気無げなくにして欲しかったな…)


などと思いつつも表情には出さず


「はい。帝国の首都?そこに行って、コロネル男爵よりも偉い人にどうにかして会って、この村などで行われている圧政のことを訴えようと思います。」


とアキラは質問に答えた。


 そのアキラの言葉に家族一同呆気あっけに取られた様子だったが、やがて祖母のサマンタが


「ありがとうね。その気持ちは有り難く受け取っとくよ。

 でも、帝都に行くのは良いと思うわ。たくさん人が居るし、もしかしたら、その中にあなたのことを知ってる人が居るかもしれないわ。」


と言い、続けて


「この帝国で一番偉いのは皇帝陛下だけど、ほんのひと月前に亡くなった先帝の跡をお継ぎになられたばかりの、まだ5歳の子供でね…先帝さまの姫様が摂政をなさっているけど、この摂政さまも、まだお若いのよ…」


と説明してくれた。


「先帝さまは女帝であられたけれど、本当に偉いお人じゃった…」


と、サマンタは懐かしむように目を細めて言った。


 色々と話を聞きつつ食事を終えたアキラがノーラに向かい


「本当に美味しかった!特にキノコが良い味出してたよ!

 一昨日おととい、採ってきたものでしょう?」


と尋ねたところ、ノーラは明るい声で


「うん。そう!

 この前にキノコを採ってきた時はね、食べたらみんなしばらく笑いが止まらなくなったんだけどね、今回は、そのキノコ入ってないから大丈夫だと思うよ!」


「ブーーッ!」


 アキラは食後に頂いていた白湯を吹き出した。


 (だ…大丈夫かいな?)


 アキラは不安になってきた。


         第9話(終)



※エルデカ捜査メモ⑨


 コロネル男爵の執事セバスティアーンの出身地であるヴィセン島は、帝国の北方の海を隔てた場所に位置し(帝国領)、漁業が盛ん。

 島民は、太古の昔からエルフを神格化して信仰している。(そのような地域民族は、この世界には多数存在し、ヴィセン島もその一つ)

 また、かつて武装海上勢力の本拠地であったため、武を尊しとする思考習慣が島民の中にあり、男子は幼き頃から戦闘術の修練をし、傭兵として雇われる者も多い。


 

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