第10話『クライン村⑦ ノーラとの別離れ~帝都へ』

 食べたキノコの中にはヤバい物は入っていなかったらしく、無事、何事もなく出発の時を迎えることが出来た。

 アキラがノーラ一家の家から出ようとしたところ


「エルフさん、これ持っていきなさい。」


と、ノーラの父、ルトヘルが大きな包みを1つれた


「帝都へは歩いてだと7日ほどかかるから、その分の食糧だよ。ちと少ないけど。」


 中身はパンとチーズだった。


「こんなに!?」


 ルトヘルは「少ない」といったが、かなりの量だったので、アキラが驚きの声を上げると


「ケルベロス君の分もあるよ。中身は鹿の干し肉さ」


とルトヘルは言い、2つの袋を縄でくくりつけた物をケルンの背に置いた。

 ケルンの両脇にちょうど袋が1つずつ付く形になった。


「私からは、これとこれと、これ。」


と、ノーラの母、ミルテが1本の小さなナイフと、小さな革の袋1つ、木靴を1足差し出した。

 革の袋には木製の飲み口が付いている。どうやら水筒のようだ。

 

「旅をするのに、小さくても刃物があると便利だよ。

 あと、エルフさんの靴、ところどころ焦げてるし、サイズも合っていないようで…エルフさん、私と背丈が一緒くらいだから、サイズが合うんじゃないかな。」


「ボクは、これあげる!」


 ノーラの弟、ハルムは長さ1メートルほどの木の棒を差し出した。

 棒の一方の端は丸いが、もう一方は折れた後のようになっている。

 ハルムの横からミルテが


「折れたくわの柄でね。この子が振り回して、遊びに使っていたものよ。

 杖がわりにでも使って。」


と説明してくれた。


「アタシは、これ!」


とノーラは、白い、しかし薄汚れている布製の肩掛けカバンを取り出した。


「小さい時にお爺ちゃんから貰った、お爺ちゃんのお古なの。だから、ちょっと古くてよごれちゃってるけど…」


とノーラは少し申し訳なさそうに言い


「昔は、このカバンを持って、街まで勉強を習いに行ってたのよ。

 …でも、今はもう必要なくなったから…」


と悲しげに言った。


「ノーラ駄目だよ、これ、大事な物じゃないか!受け取れないよ。」


「いいの!お姉ちゃんに貰って欲しいの。

 また勉強が出来るようになったら、新しいカバンを用意するわ。

 今の私の一番大事な物を、一番大好きなお姉ちゃんに貰って欲しいの!お願い。」


「判った、ノーラ。このカバンは、大切に預からせて貰う。

 そして、近いうちに必ず返しにくるからね!」


 アキラはノーラからカバンを有り難く受け取った。


「私からは、これだよ。」


と、祖母のサマンタが小さな黒い巾着袋を差し出した。

 受け取ったところ、ずっしりと重い。


「開けて見てごらん。」


 中身を見ると、コインがたくさん入っていた。多量の銅貨の中に、幾枚か銀貨も混じっている。


「コツコツと臍繰へそくりしてたものさ。」


「こ!これは、さすがに受け取れません!どうか、ご家族でお使い下さい。

 私、別に何にもしてないのに、こんなご厚意…」


「何を言っていなさる!エルフさんが村長むらおさ殺しの犯人を見つけてくれてなかったら、村人が大勢捕まって、みんな死刑にされてたかもしれないんだよ、私も含めてね。」


と、ルトヘル


「そうですよ。エルフさんは、このクライン村の、多くの村人の命を救ってくれたんですよ。」


と、ミルテ


「お姉ちゃん、ありがとう!

 うん!ありがとう!」


と、ノーラとハルム


「本当にエルフさんは、神様がつかわしてくれたのかもしれないねえ…この村を救うために…」


と、サマンタ


「…皆さん…」


 アキラの両目から、めどなく涙が流れていた。

 なんという、温かい良い家族だろう。

 この異世界で最初に会ったのが、この家族であったことこそ、神様のおぼしではないかと、アキラは思った。


 ルトヘルから貰った、食べ物が入った包みにひもを付けてもらって背負い、肩掛けカバンにナイフと水筒、お金が入った巾着袋を入れ、右手に杖がわりの棒を持ってアキラは出発しようとしていた。

 履き替えた、ミルテから貰った木靴もピッタリだ。


 家の玄関前にノーラとその家族が立ち、アキラを見送ろうとしていた。


「本当に、何とお礼を言ってよいのか…」


 アキラが頭を下げて言うと


「だから、お礼を言うのは、こっちなんだってば!」


と、ルトヘルが言い返し、それを聞いた他の皆が


「ハハハハハッ」


と大きく笑った。


「ここで受けた御恩は決して忘れません。

 また、必ずこのクライン村に戻ってきます。そして、頂いた物、頂いたご厚意のお礼を、必ず返しにきます。」


「お姉ちゃあぁんっ!」


 ノーラが泣きながらアキラに抱きついてきた。


「お姉ちゃん、ありがとう!大好き!!」


「ありがとうノーラ。私も大好き。」


 アキラは優しくノーラを抱き返した。

 アキラとノーラはしばらく抱擁し、やがて名残を惜しむように、ゆっくりと離れていった。

 この時、アキラの全身がかすかに光っていたのだが、太陽の日差しが強く、誰もそのことに気が付かなかった。


「このまま北へ向かうと、すぐにウェイデン侯爵様の御領地に入るのさ。

 帝国きっての大貴族様の領地だから街道もよく整備されていて、いつも兵隊さん達が見回っているから、女の子の一人旅でも安全だよ。

 侯爵領の本街道をまっすぐ抜けると、そこはもう帝国本領よ。帝都までもあと少しよ。

 街道沿いには大きな街もあるから、宿屋に泊まったり、料理屋で食事したりしなさいね。」


とサマンタが教えてくれた。


「はい。ありがとうございます。

 …では。」


 アキラは歩きだした。そして、何度も振り返った。

 アキラが振り返ると、その都度つど、ノーラの家族は手を振って応じてくれ、それは、距離が離れてお互いが見えなくなるまで続いた。

 空には雲一つなく、頭上の太陽が暑かった。


         第10話(終)


※エルデカ捜査メモ⑩


 帝国は教育制度においても力をいれており、小さな農村でも、読み書きや簡単な算数程度を教える教育施設がある。(農村にあるような所の教師は専門職ではなく、村人の中の物りの老人とかではあるが)

 高度な教育を受けるには、街にある学校に行かねばならず、ノーラはクライン村から片道2時間ほどかけて、コロネル男爵領都である、バースタという街まで毎日通っていた。

 もちろん、街にある学校には誰もが入れる訳ではなく、バースタの学校には、コロネル男爵領内の各村選りすぐりの秀才児達が通っていた。(ノーラはクライン村いちの秀才児であった)

 ノーラは更に帝都の幼年学校の入学試験にも合格してたが、当代コロネル男爵のせいで家が貧しくなって行けなくなり、また、当代コロネル男爵が決めた制度によって、10歳になると納税義務が生じ、働かなければならないため、バースタの学校にも来れなくなった。

 クライン村の子供教育施設も、老人とかも働かなければならなくなったため、教える者がいなくなり、現在は閉鎖されている。







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