第8話『クライン村⑤ 被疑者判明…悲しき自白』
「その小さな白い布、御遺体の顔に
アキラは、ボーの死体の
「私の連れのケルベロスの子は、既に誰の匂いか嗅ぎ分けています。
常の犬でも人間の数千倍から万倍、匂いを嗅ぎ分ける力が優れているといいます。
モンスターである、この子の嗅覚は、より優れていると言えるでしょう。」
アキラは振り返り
「さあ、ケルン!この布切れと刃物には誰の匂いが付いている!?」
と、後ろに控えていたケルンに向かって言った。
ケルンは、アキラの言葉を聞くや否や、その白いハンカチのような布を咥えて、一直線に
そして従者の若者の前に布を落とすと、激しく従者の若者に吠えついた。
「アールト!?」
コロネル男爵が、この従者の若者の名を叫んだ。
「うぅ……、あ……」
アールトの顔色が蒼白となっていく様子が、その場にいた者全員に見てとれた。
アキラがアールトの前まで進み
「この布と、あれらの刃物は、君が持ってきた物かな?」
と質問したところ、アールトの顔面に多量の汗が噴き出してきた。
アキラはアールトに質問を続けた
「昨晩、もしくは今朝早く、君は何処でどうしてた?」
アールトが肩を震わせながら黙っていると、コロネル男爵が連れてきた兵達に混ざっていた
「オレは見たぞ!早朝夜明け前、玄関の前でアールトがボー様と話していたのを。」
(ん?アリバイ工作をしていないのか?
すると、前々から計画していた訳ではないのか?)
と、アキラが考えていると、更にその家人は
「アールトお前、ボー様に、エルフがどうのとか言ってたよな!」
(ふむ。オレがこの村に来たことがきっかけになったということか。
となると、殺したいとは前々から思っていた?)
「なるほど…私のことを利用したんだね。私がここで待ってるとか、会いたいと言ってるとか言ったのかな?」
(女にクソ卑しい
アールトは立っていることも
アールトは、アキラの質問に終始無言だったが、その態度などから、自分が犯人だと自白しているようだと、その場にいる誰もが思った。
「それと、その白い布。ハンカチかな?何か
ト…リュス、人の名前かな?君の名じゃないね。トリュスって、知り合い?」
「この前、その泉に身投げして死んだ娘っ子の名前だよ!」
背後にいた村人の誰かが言った。
「そう…このハンカチは、その
アキラが振り返り、村人達に
「そのトリュスって
と聞いたところ、村人ではなく、目の前のアールトが口を開き
「
と苦しげに答えた。
「
ふむ…君、そのトリュスって
「ああ!ああ!!そうさ!
あの
それを、それを!
アールトが
コロネル男爵に至っては、とても信じられない、という表情をしている。
「ボーが、無理矢理トリュスを屋敷に連れてきたんだ。毎日、ボーの部屋からトリュスの泣き叫ぶ声が聞こえてきた。
クソがっ!何を、何をしてやがった!?
その内、泣き叫ぶ声はしなくなったが、すると、ボーのヤツ、飽きたから家に帰せと言いやがって。
家には俺が送っていった。トリュスは両親を早く亡くして独りぼっちだった。その誰も居ない家まで送っていったんだ。」
アールトは既に泣き出し、泣き声で喋っていた。
「送っていった途中、トリュスは、ずっと
耳を澄ますと、ずっと
「頑張れ…頑張れ…
私…頑張れ…」
って繰り返していた。
そして、前髪で隠れていて判らなかったが、強い風が吹いてな!彼女の左目、左目が完全に潰されていた!!」
さほど意識したようではないが、アールトの視線は左目に眼帯をした初老の男に向けられていた。
「それが動機?
そのトリュスって
「ああ、そうさ…
いや、でも、まだ耐えれたかも。あの、死んだトリュスの顔を見なければ…」
「顔…?」
「俺も父ちゃんは早くからいなくてな、母ちゃんと共にコロネル男爵家に仕えてたんだが、母ちゃんは、身体のあちこちが強く痛む病気で長年苦しんでいたんだ。」
アールトは遠い目をして語りだした。
「それでも身体に
無理が
「やっと痛くなくなった。
やっと楽になった。」
って、笑って死んでいった…その死に顔は明らかに喜びの顔、
興奮が高まってきたのか、アールトの声は段々大きくなっていき、叫び声となっていた。
「トリュスが泉に身投げしたって聞いて、直ぐに駆けつけたら、丁度、
母ちゃんが死んだ時と同じ、
あの優しくて、身内がいなくても、強く独りで生きてきたトリュスが、死ぬことが
叫び過ぎて声が裏返っていたが、アールトは気にせず、そのまま叫び続けた。
「ボーの!ボーのヤツのせいで!!
あんなヤツ、殺して当然だろ!!!」
その場にいる者全員が、まるで石になったかのように黙ってアールトの自白を聞いていた。
アキラが
「それで…」
と言いかけると、アールトはアキラに向かって
「そうさ、俺が殺した。独りで殺した。
アンタの言ったとおりさ。アンタがボーに会いたいって、皆がまだ寝ている夜明け前に泉まで来て欲しい、て言ってたとボーに話したんだ。
それで俺は後からこっそりついていって、後ろから刺したんだ。」
「それで?その後どうした?」
「ああ、背中を刺したナイフを泉に捨てて、ボーの足を持って引き
それで、一旦屋敷に帰った。血の付いた服を着替えて、屋敷で使わなくなったナイフを全部持ってボーの所に戻った。」
「身体の表面を刺したのは、それから?」
「そうさ。俺が持ってきたナイフでひと突きずつ。返り血が付かないように、アンタが言ったとおり、浅く刺した。」
「大勢の犯行と見せかけて、自分ではないことを偽装するため?」
「それも勿論あったが、それよりも、ボーがどれだけ多くの人に恨まれているか、そこの人に思い知らせてやりたかったんだ…」
アールトはそう言うと、コロネル男爵の方をチラッと見た。
「そんなことをすれば、村人の皆に迷惑が掛かるだろうが。」
「ああ…
と、その点については、アールトは素直に謝罪した。
「顔をハンカチで隠したのは何故?」
「………」
と、アールトは少し黙ってから
「やっぱり、ガキの頃から一緒だったからな、ボーとは。
顔を…顔を隠さねえと…顔を見たままじゃ、正面からは刺せなかったんだよ。」
「それで、このハンカチを…」
「着替えたズボンに入ってたんだ。これは、貰った物だよ。トリュスから…
いつものようにボーから殴られて、鼻血やら何やらを泉の水で洗い流していた時に
「これで拭いたら?」
って、トリュスが呉れたんだ。太陽みたいな、キラキラした笑顔してさ…
うっ、うっ…、うっ……」
そこまで話すと、アールトは
「アールト!よくも貴様!!」
コロネル男爵の汚い叫び声が、その場の
「おのれ、何たる言い草!貴様、長年の恩を忘れおって!この場で成敗してくれる!!」
コロネル男爵が腰の
「お止めなさい、若。」
黒眼帯の初老の男が、コロネル男爵に身体を寄せ、剣を抜くのを阻止した。
「何故止める?セバスティアーン!」
「こやつは貴族殺しの重罪人。捕縛した上で帝国の
「こやつは、ワシの息子の仇ぞ!」
「なりませぬ。ボー様が殺されたと
「何!?…セバスティアーン、お前、父上に
コロネル男爵がセバスティアーンと言い争う声は段々と弱い口調になっていった。
「あなたのせいでもあるぞ!コロネル男爵!!」
アールトが
「ボーがこの村で何をしていたのか知ってたくせに!
ボーをちゃんと教育しなかった、アンタのせいだ!!」
アールトは更に何かを叫び続けようとしたが、コロネル男爵の私兵達が取り押さえ捕縛した。
連行される際、アールトはアキラに向かい
「ありがとな、エルフさん。アンタが村に来てくれたおかげで仇を討てた。
ありがとな…」
(あっ…)
アキラも何か言おうとしたが、アールトは、既に声の届かない所まで連行されていた。
第8話(終)
※エルデカ捜査メモ⑧
アールトとトリュスが初めて会った数日後、ボーから理不尽な
その時に、お互い両親を既に亡くし、他に身寄りもない同士であることが判り、その後、夜明け前に二人は泉で会うようになった。
会って何かをする訳ではなく、ただ話をするだけであった。
アールトがトリュスに愚痴をこぼすことが多かったが、トリュスはちゃんと聞いてあげ、いつも笑顔でアールトを励ましてあげていた。
アールトがボーの殺害時間を夜明け前に、殺害場所を泉に設定したのは、トリュスと会っていたのが、夜明け前の泉だったからである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます