第7話『クライン村④ 事件名:コロネル男爵領クライン村における村長殺人事件』

「この死体は発見した時のまま?」


 アキラは、村長むらおさボーの死体を取り巻いている村人達に向かって尋ねた。


「見つけた時は、その布で顔を隠されていただ。」


 (ふむ…この布、何か書いて…ん?いや、刺繍ししゅうがしてある…)


「何故、死体をこのまま放置しているのですか?」


とアキラが更に尋ねたところ


村長むらおさの屋敷に家人達を呼びに行ったが、死体の多数の刺し傷と多数の刃物、そして既に集まっていた多くの村人達を見て、怖れたように逃げ帰ったという。


 (なるほど…単純に村長むらおさは大勢の村人達に殺されたと思ったんだな。そして、自分達もられるかもしれないと…

 普段から恨まれている自覚はあったのかよ。)


 しかし、昨日、村長むらおさの屋敷に赴いた時に、ボーのかたわらにいた従者らしき、黒髪くせ毛の団子っ鼻の若者だけが現場に残っていた。

 

 アキラは、死体を取り囲んでいる村人達の輪の中に入り、一人、死体に近づいていった。

 アキラは死体の正面にしゃがむと、そばに落ちていた小枝を2本拾い、それぞれ片手に1本ずつ持って、それでもってボーの体の表面の傷を拡げるようにして見た。


「何をするか!」


 ボーの従者の若者が叫んだ。それに和して村人達も口々に


「そうだ、エルフさん。何をしておられるのか!?」

「御遺体に触っちゃいけない!」

「おやめなされ!」


等々、次々に言ってきたが、それに対しアキラは、その村人達の声をき消すほどの大きな声で


五月蝿うるさい!!このままでは、あんた達が真っ先に犯人と疑われるぞ!

 真犯人を見つけるための大事な作業だ!黙って見てろ!!」


と一喝した。


 村人達、そしてボーの従者の若者は、アキラの迫力に気圧けおされてしまい黙ってしまった。


 (いずれも浅い…)

 (しかも、こんなに何ヵ所も刺されている割には出血が少ない…)


 アキラは体表面の傷口を調べ終えると、木にもたれかかっているボーの死体の両肩をつかみ、前のめりに傾けてみた。

 首が前に倒れず、体の角度と平行に傾く。


 (首が固まりつつあるな、体はまだ、柔らかさがだいぶ残っている…

 死後3~4時間、てとこかな?

 今の太陽の高さから判断するに、殺害されたのは、夜明け前か、夜明け直後あたりか…)


 死体の背中中心部に一ヵ所だけ刺し傷があった。

 その傷の周りの衣服が、ぐっしょりと血で濡れている。

 また、背中全体に土や砂、草切れなどが付いている。

 アキラが付近を見回すと、泉のほとり辺りから、地面に血の跡が一本、筋のようについていた。

 アキラがふと気付くと、ケルンが落ちていた白い布や刃物の匂いをしきりと嗅いでいる。


「ん?ケルン、何してるの?」


 アキラがそうケルンに向かって尋ねた声におおかぶせるように


「お前!もう、いい加減にしろ!!」


と、従者の若者が叫びながらアキラに近づいてきた。


「ウオン!ウオン!!ウオン!!!」


 ケルンの3つの口が、近づいてきた従者の若者に激しく吠えかかった。

 しかし、それは気色ばんで近づいてきた従者の若者に対する警戒や威嚇いかくというにしては、少し様子がおかしかった。

 ケルンは、布や刃物の匂いを嗅いでは従者の若者に吠える。嗅いでは吠える。を繰り返したのだ。


「まさか…ケルン、君、判るの!?」


 アキラがそう言うと、ケルンは3つの首を大きくうなづかせた。


 その時、怒声の入り交じった声が多くの足音と共にこちらに近づいてきた。


「だ、男爵さま!」


 村人の一人が

   40歳前後で中肉中背

   黒い羽根つき帽子をかぶった

   平凡な顔

の男に向かってそう言った。


 コロネル男爵は、息子のボーが殺された旨の一報を受けとると、さま、武装した兵の一団を引き連れて、このクライン村に、急ぎやってきたのだった。


 コロネル男爵は、ボーの死体や辺りの状況を見るなり


「おのれ!ワシの可愛い息子を村人で寄ってたかって殺しおって!

 村人の主だった者を全員捕縛して、引き立てろ!」


といきなり叫んだ。


 村人達は

「私共じゃねえです!」

「既に殺されていたのを見つけただけです!」

村長むらおささまを殺すなんて、そんな大それた事、出きるはずがありません!」


などと口々に言ったが、コロネル男爵は聞く耳を持たず、連れてきた兵達に村人達を捕縛させようとした。


「お待ち下さい!!」


 アキラは大声で叫び、しゃがんだままの体勢から立ち上がって村人達の壁をき分け、コロネル男爵の前に姿を現した。


「おっ!」

「エ、エルフだ!」

「本物のエルフだ!うおーっ!」


 コロネル男爵及び、その兵達は一様に驚きの声を上げ、少しばかりの間、言葉を飲んでアキラを見つめていた。


 やがてコロネル男爵が


「何だね、君は?この村の者ではないようだが。」


とアキラに尋ねてきた。


「はい。一昨日からこの村でお世話になっています。」


「村人でないのなら、何も言わないでもらおうか、エルフ殿。」


「いいえ、言わせて頂きます。何故なら、あなたの御子息を殺したのは、この人達ではないからです。」


「何?何故そう判る!?」


 コロネル男爵が問い返した言葉に少し怒気がはらむ。


「あなたが来られる前に御子息の遺体を調べさせてもらいました。」


「何だと!勝手に息子に触れたのか!?」


と、コロネル男爵は、今度は明らかな怒声をアキラに向かって放った。


 アキラはにらみ付けてくるコロネル男爵をにらみ返し、無言で「ん」という風にうなづいてから


「はい。必要があったからです。」


と静かに、だが、強い意思を込めてそう言った。


 コロネル男爵が更に何かを言いかけようとしたが、アキラはそれにかぶせるように


「まず、背中の傷をご覧になって下さい。」


と言った。


 アキラがそう言うと、コロネル男爵が引き連れてきた兵の中で、一際ひときわ大柄で、左目に黒い眼帯をした初老の男が、木にもたれかかったボーの死体の両肩に手を掛け、前のめりに倒し、コロネル男爵によく見えるようにした。


「その背中にある、一ヵ所の傷が致命傷です。極めて深く、多量に出血している。

 それに比べて身体の表面の傷はいずれも浅く、出血もあまり多くありません。」


 アキラがそう言うと、黒眼帯の男は、再びボーの死体を木にもたれさせ、今度は身体の表面をコロネル男爵によく見えるようにした。


「この、いくつもある傷は、おそらく亡くなった後から刺したものでしょう。死んだ後から傷をつけても、あまり血は出ないですから。

 それに、たくさん落ちていた刃物も不自然です。何故なら、この村の人達は貧しい…


 (男爵!お前のせいでな!!)


 なので、大切な生活道具をそのまま捨てるということは、まず考えにくいですし、その刃物達に付いている血、いずれも刃先の部分に少しだけでしょう?

 そんな浅さでは、全く致命傷にならないでしょう。」

「そして、その辺りの地面を…


と、アキラは死体の左手側の地面を指差し


 見て下さい。血の跡が付いているでしょう?その泉のほとりまで続いています。おそらく、そこで犯人は御子息の背中を刺し、倒れたところをここまで引きってきたのでしょう。

 まあ、ここまで遺体を移動させた理由は判りませんが、犯人が大勢…いや、たとえ二人とかでも、複数の人間がいれば引きる事なく運べるでしょう…」


 アキラはここで一旦言葉を置き


「なので、この殺人事件の犯人は単独!」


 アキラは「単独!」と言う部分を特に強く言った。


「そう、この殺人事件は単独犯の犯行と、私は考えます。」


         第7話(終)



※エルデカ捜査メモ⑦


 コロネル男爵家は帝国創立時から続き、現当主で8代目。

 先代は名君と呼べるほど、領民に対して寛大だった。

 息子である現当主に対して、領民をいつくしむことこそ、貴族としてあるべき姿と、常々教育していたが、息子である現当主には伝わらなかったらしい。

 現コロネル男爵の子は、男子ばかり3人おり、クライン村の村長むらおさボーが末っ子。

 妻も、この男の妻にふさわしく、性悪。

 





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