義妹VS王子


 二人は同時に蓮司へPAIPを送り、その場を離れた。

 向かった先は、古めかしいガンシューティングゲームの筐体。


「『シューティング・デッド』。知ってる?」

「私、このゲーム超得意ですよ」

「奇遇だね。ボクも得意なんだ」


 これで勝敗を決めて良いのか?と言外に尋ねるも、蒼は不敵に笑うのみ。


 なら、全力で叩き潰す。

 舞は百円玉を投入して、プラスチックの銃を手に取る。

 片足をリロードアクションに必要なペダルに乗せ構える姿は、まさに歴戦の猛者だ。


 蒼も同じく構え、ゲーム開始を待つ。

 年季が入っているためか、読み込みが遅い。


「どっちがより多くゾンビを殺せるか、で良いですよね」

「構わないよ。―――もし総数が同じだったら、残っていた体力、ないし生き残った時間で勝敗をつけようか」

「……コンティニューは無しですからね」

「当然」


 画面に、ボロボロの学校が表示される。

 カウントダウンが始まり、0になると同時にゾンビが物陰から現れた。


 舞も蒼も開始前から照準を定めており、ゾンビはすぐに脳天を撃ち抜かれ、倒れる。


「流石に配置は覚えてますか」

「2面までは固定されているからね。勝負は3面から……だろう?」

「そうですね!」


 全く同じタイミングで同じ場所を撃ち、同じタイミングでリロードを行う。

 ゾンビ達を作業のように処理しつつ、次のステージへ進む。


 学校を脱出し、今度は町中だ。

 チープなストーリーが流れている間に、蓮司がやってくる。


「『シューティング・デッド』って、また懐かしいゲームやってんなぁ」

「色々あってね。見ててよ蓮司。ボクが圧勝するところ」

「いいえ、勝つのは私です。───応援よろしく、兄ぃ!」


 2面がスタートし、崩壊した町中を走りながらゾンビを殺していく。

 二人の手際の良さに、蓮司は半ば無意識に感心の声を漏らした。


「凄いな、配置全部覚えてんのか」

「2面までは覚えゲーだもん!」

「ここで消耗するわけにはいかないからね」


 言いつつ、2面のボスを撃ち殺す。

 他のゾンビよりも硬く、何度か攻撃しなければ倒せない相手ながらも、一撃も喰らう事なく屠って見せた。


 ムービーが始まり、二人は肩の力を抜く。

 ここからが本番。ゾンビの配置と出現タイミングがランダムになる為、熟練プレイヤーである彼女達でも少し集中を切らせばゲームオーバーになりかねない。


 呻き声と発砲音が壊れかけのスピーカーから響く。

 勝負は、まだ始まったばかりだ。






♡―――♡






 御堂舞の恋心に、ドラマは無かった。


 物心ついた時から一緒だった兄、蓮司。

 はっきり言ってなんの特徴もない、普通の男だった彼に、舞はいつの間にか惹かれていた。


 何か特別な出来事があったわけでは無い。

 気づいた時には家族愛を超えた感情が芽生えていて、無視できないほどに大きく育っていた。


「兄ぃ、勉強教えて」

「はいはい、今度はどこがわからないんだ?」


 肩同士が触れ合うような距離で座って、勉強道具を広げる。

 仲良し兄妹、というには近すぎるが、生憎蓮司が気づくことは無い。


 彼からすれば、この時の舞はただの妹。血の繋がった家族から、それ以上の特別な感情を抱かれるような事は無いと思っていたのだ。


「下線部の言い換えを探せってヤツ。何回読んでもわからなくって」

「なるほどな。ちょっと読ませてくれ」


 問題集を手に取り、真剣に読み込む。

 舞はその横顔をじっと見つめ、気づかれないように溜息を吐いた。


(やばい、ちょーかっこいい)


 決してイケメンではない。可もなく不可もない、普通の顔。

 だが舞からすれば、その普通な横顔が他の誰よりも格好良く見えた。


 自分の為に、真剣に考えてくれている。自分の為に、時間を費やしてくれている。

 それがたまらなく嬉しかった。


 ………そして、同時に寂しくもあった。


(ダメなのに、なんでこんな好きになっちゃったんだろ)


 なぜ自分の為に時間を費やす事を厭わないのか。なぜ自分の為に真剣に頭を働かせてくれるのか。


 答えは一つ、舞が妹だからだ。


 血が繋がっているから今の幸せがあって、しかし血が繋がっているからこれ以上の幸せを得られない。

 この想いを伝えることができる日は、一生来ない―――


「御堂家は、家族全員、血が繋がっていないんだ」

「全員!!?!?!」


 ―――そう、思っていた。


(血が繋がっていない?私と、兄ぃが?)


 中学三年生の、夏の終わり頃。唐突に明かされた真実に、彼女は酷く困惑して、そして何よりも歓喜した。

 この想いは間違っていなかったのだと。これ以上の幸せを手にするチャンスが、自分にもあったのだと。


 彼女の行動は早かった。

 その日の深夜、早速蓮司の部屋に忍び込み、彼の布団に潜り込んだ。


 実妹という立場に居た自分が最も出遅れているのは必定。

 ならば多少の気恥ずかしさを堪えてでも、強気の攻めを行うのが最適解。


「………お父さんとお母さんには、私達はこれからもずっと家族だって言っちゃったし、実際二人が本当の両親だって今でも思ってる。―――けど、兄ぃは別。ずっと、男としか見てなかったんだよね」


 蓮司を起こさないように、小さく囁く。

 確かな覚悟と、歓喜の余韻を感じさせる瞳を向け、宣言する。


「だから………いつか、家族になろうね?


 御堂舞は止まらない。

 この想いに、決着がつくその日まで。






♡―――♡






 西城蒼と御堂蓮司の出会いは、さながらフィクションのようだった。


「手伝うよ、西川さん」

「あー、ありがと、御堂君。重かったんだよねぇ、これ」


 少女が抱えていたプリントとノートの山から七割程度を受け取り、横に並んで歩く。

 あくまで少女の歩幅に合わせ、目を見ながら爽やかに微笑む。


「今日の日直、西川さん一人だもんね。大変だろうけど、俺も手伝うから。気軽に呼んでよ」

「ありがとー!そう言ってもらえるとちょー助かる!川村君、インフルでずっと休んでたし、『一人で仕事かー』って思ってたんだー」


 談笑しながら歩いていると、前から少女が二人並んで歩いてくる。


「私さっき、西城さんに挨拶しちゃってー!」

「いいなー!私も『王子様』と挨拶したいー!なんならそのまま雑談とかしちゃってー!」

「ちょっと夢見すぎー!」


 すれ違いざまに聞こえた会話の内容に、蓮司の表情が微かに硬くなる。


「へー、あの西城さんと挨拶できたって凄いねー」

「………西城蒼、だっけ?」

「そうそう。いっつも人だかり出来てる超絶イケメン!王子様とか、絶世の美男子とか言われてるよね。女の子らしいけど」

「絶世の美男子、ね。―――西川さんは、会ったことある?」

「私?無い無い。顔は見たことあるけど、話はしたこと無いよ。女の子で壁が出来てるんだよ?割って入るとか、私には無理だし」


 視線を遠くへ向けつつ、考え込む蓮司。

 その姿を見て何を思ったのか、西川は若干声量を落としつつ、早口で呟いた。


「ま、まぁ。私はあんなモデルとか俳優とかやってそうな、会話するのがハードルみたいな人よりも?こうやって身近に会話できるような人の方が、す、好き、かなー、なんて。言ってみちゃったり………」

「モデルとか俳優とかやってそうな、か………実は俺、見たこと無いんだよね。その西城って人」

「えっ、あっ、そ、そうなんだ。ふーん」


 残念ながら、言葉が尻すぼみ過ぎたせいで、蓮司に聞こえたのは「モデルとか俳優とか」のくだりまでだった。

 割と勇気出したんだけどなぁ……!もうちょい声量出さなきゃダメか……!!と、その場で一人反省会を始める西川。

 しかし普段であればその様子に気づくはずの蓮司は、噂の西城蒼に意識を割いているがために気づかない。


(王子様、絶世の美男子、モデルや俳優レベルのイケメン………噂なんかに振り回されるほど、俺のイケメン力は弱くない。つーか噂の人間程度が俺に勝るイケメンなはずが無い。それは疑う余地のない事実だ。―――が、流石に気になってくる。俺を差し置いてそんなあだ名を与えられる相手が、一体何者なのか)


 数か月前から、噂自体は耳に入っていた。

 しかし、真のイケメンは自分であり世界一の美男子と言えば自分、とか考えていた蓮司は、わざわざ噂に乗る方がダサいと、これまで無視し続けていた。


 だがいい加減、我慢の限界だった。


 自分を差し置いて王子様だの絶世の美男子だの言われている男が居て良いはずが無い。まして噂によればそいつは女。許せるはずが無かった。


 だから、堂々と確認しに行った。

 噂は所詮噂だと。真のイケメンは俺一人だと、証明するためにも。


「西城蒼のクラスはここだな?」


 西城蒼に会うと決めてから、時は流れ昼休み。

 堂々と彼女の教室へ入った彼は、早速人だかりを発見し、近づいていった。


「悪いねレディ達。俺は噂の『王子様』に用があるんだ」

「え、誰コイツ」

「私知ってる!御堂君だよ、B組の」

「嘘、この人が?なんかフツー」

「―――ごめんねみんな。少し避けてもらえるかな?」


 女子の視線を一身に浴び、好き放題言われていた蓮司だったが、奥からやや低めの声が聞こえた瞬間、少女達が左右に捌け、道ができた。

 ヒソヒソ話も無くなり、後には自称イケメンと他称イケメンが見つめあう構図が残る。


「ボクが西城蒼だよ。君は、えっと……」

「御堂蓮司、だけど……」

「あぁ、聞いたことあるよ。校内でそこそこ有名な人だよね。それで、御堂君はなぜここに?」


 蒼が問いかけるも、蓮司は黙ったまま動かない。唖然とした表情を向けられたままの彼女は、不思議そうに小首を傾げる。


「御堂君?」

「―――あっ、あぁ、悪い。なんの用か、だろ?」


 教室に入ってきた時の、どこか刺々しいオーラはすでに無く。

 困惑したような、呆れたような、脱力しきったような、そんな雰囲気を纏いつつ、申し訳なさそうに口を開いた。


「絶世の美男子とか、王子様とか噂で聞いてな。ちょっと気になって」

「…………そっか。でも、その反応を見る分だと、君のお眼鏡には適わなかったみたいだね」

「あー、そうじゃなくってさ。いや、ある意味そうかもしれないんだけど……」

「それじゃあ、どういう意味かな?」


 微かに声のトーンを落とした蒼だったが、蓮司は彼女の言葉を否定する。

 ではその反応は一体?と蒼が問いかけると、蓮司は真っすぐに彼女の目を見て、素直に答えた。


「どういう意味って言われてもな………ほら、絶世の美男子とか王子様とか言われてたから、てっきり中性的なヤツなんだろうなぁって思ったけど………ただの可愛い女の子じゃん、って」

「―――えっ」


 今度は、蒼が硬直する番だった。


 嘘偽りなんて微塵も混ざってなさそうな蓮司の言葉。

 男のような体つきで、男のような恰好をして、男みたいに振る舞う自分に対する、率直な感想。


 ずっと、ずっとずっとずっと、心の奥底で求めていた言葉。


「はぁ―――ははっ、噂の王子様がこれとはな。どうもお前たちの目は腐っているらしい」

「な、なにコイツ!西城さんに失礼すぎでしょ!!」

「アンタなんか西城さんの足元にも及ばないくせに!」

「知ったような口聞いてんじゃないわよ!」

「まぁまぁ、そんな吠えるなよレディ達。―――良いぜ、なら見せてやるよ」


 困惑と歓喜に、脳が麻痺したかのような感覚を味わっていた蒼を、蓮司は気取った様子で指さす。


 そして不敵に笑って、バンッ、と手をピストルの形にして言い放つ。


「コイツがただの可愛いにすぎないってな」


 蒼の心は、この時点でほとんど射抜かれていた。






♡―――♡






「いよいよラストステージか!二人とも頑張れ!マジでノーコンクリアいけるぞ!!」

「………優柔不断」

「多分ノーコンクリアで盛り上がってるせいだと思うけどね………まぁ、複雑な気持ちはわかるよ」


 ラストステージ前のムービーが流れる間、やけに熱く応援してくる蓮司に対し、二人は何とも言えない顔をする。

 当然、背を向けているから蓮司が気づく事は無い。


(これに勝ったところで、別に花火大会でのデート権をもらえるなんて思ってない。得るものなんて、何もないかもしれない。―――でも、だからって負けて良い理由にはならない!他でもない兄ぃの前で、恋のライバル西城さんに負けるなんて絶対に嫌!)


(きっと、負けても蓮司はボクと花火大会に行ってくれるはずだ。それはわかってる。わかっているけど………負けられない。蓮司はボクのだから。ボクだけが蓮司のだから!弱いだけの姿は見せない。いつかは二人で並び立つって決めてるんだから。ここぞってところで勝たなくっちゃ!)


 ラストステージが開始される。

 ゾンビの密度が他のステージの比ではなく、画面がほぼほぼ見えない。


 しかし二人はよりプレイヤー側に近いゾンビを的確に狙い、撃ち殺していく。

 両者ともに後が無い状態。白熱した戦いは、次第に蓮司以外の野次馬も集めていく。


(血が繋がってるって思っていた時は、西城さんと兄ぃの距離がやけに近いのを、黙って見てるしかできなかった。でも今は違う。あれだけ兄ぃの近くに居た西城さんと、ちゃんと対等に戦ってる!ならこのまま勝つ!大丈夫、私ならいける。だって前に一度、ノーコンクリアしてるんだから!)


(正直、舞ちゃんがライバルになるだなんて考えていなかった。血の繋がりが無いって話を聞いた時でさえ、その可能性を考慮しなかったくらいだ。きっと、そのレベルまで感情を抑え込んできたんだろう。血縁関係が無いとわかってから恋に落ちたにしては、時間が短すぎるしね。つまり、舞ちゃんの感情は並大抵の……それこそ、クラスの女子達みたいな、ソフトな慕情じゃない。―――油断すれば、足元を掬われるだろう。ノーコンクリアの経験があるからと言って、リラックスしすぎは良くない。かといって、緊張しすぎもダメだけどね)


 なお、二人がやたらこのゲームが上手いのは、二人とも蓮司と一緒にやった初めてのアーケードゲームが『シューティング・デッド』だったからである。


 なぜ蓮司が『シューティング・デッド』を勧めたのかというと、二人がその時「蓮司が好きなゲームをしたい」と頼んだからである。

 普通に面白そうなゲームを頼まれていたら、こんな血みどろ高難易度ゲームを紹介したりしない。


「おぉっ、ついにボス戦!」

「あの二人、ここまでノーコンらしいぞ!」

「すげぇ、まさかノーコンクリアしちまうのか!?」


 野次馬達が騒ぎ始める。

 しかし二人の耳には一切届かず、ただ冷静にボスを睨んでいた。


 大量のゾンビが融合した、気持ちの悪い肉塊。

 そして作中でゾンビパニックを引き起こした原因であるドクター。この二つを同時に相手取るのが、ラストステージのボス戦。


 舞も蒼も同時にリロードを行い、最後の闘いに挑む。


 決して狙いを外すことなく、的確に急所を撃っていく。

 ランダムな行動を繰り返すボスに舌打ちしつつも、上手く対応していく。


 そして、ボス戦開始から五分。

 全く同じタイミングでボスが爆散し、画面に『CLEAR』の文字が浮かぶ。


 野次馬達は奇跡ともいえるノーコンクリアに、まるで我が事のように大声で叫び、隣同士で抱き合ったり、ハイタッチして見せたり、大盛り上がりを見せる。


 対照的に、ゲームクリアした二人の顔は晴れない。


 結局、引き分けに終わった。殺したゾンビの数も、残った体力も、得点さえも、全てが同じ。


「………決着、着きませんでしたね」

「……だね」

「―――次は、勝ちますから」


 暗い表情をやめ、蒼を見つめる。

 舞の強い視線に、一瞬目を丸くして、そしてすぐに笑みを浮かべて答える。


「いいや―――次こそは、ボクが勝つ」

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