デー………戦!?
デートスポットに選んだのは、町で一番巨大なゲームセンター『ファンランド』。
クレーンゲーム、メダルゲーム、アーケードゲーム……無いものを探すのが難しい程に充実しているそこは、過去に舞も西城も連れてきた事がある場所だった。
そして、二人が一番楽しそうにしていた場所でもある。
「やっぱり休日は混んでるねー」
手で遠くを見渡すような動きをしつつ、舞が言う。
同意するように頷きながら、西城は二階へと昇るエスカレーターを指さした。
「先にメダルゲームの方へ行かないかい?」
「良いけど、なんで?」
「どうもこのフロアでは今イベントが行われているみたいでね。ほら、あそこのポスターに書いてある」
「……見えねぇ」
「よ、よく見えましたね………」
かなり離れたところに貼られているポスターを指さされ、俺と舞はやや引く。
多分、視力2.0あってもギリギリ見えない距離だぞ?どんだけ目が良いんだよ。
「何時に終わるかはわからないけど、少し時間を空けたら、多少人が減るかもしれないだろう?」
「その間別の階を楽しもうって事か。舞はそれで良いか?」
「うん。流石にあの人混みを歩くのはちょっとね……」
それじゃあ、と二人の手を引いてエスカレーターへ向かう。
この混雑の中三人横並びになっていると迷惑かな、とも思ったが、下手に手を放して迷子になったりなられたりしても大変なので、ここは繋ぎっぱなしにしておく。
無事にエスカレーターに乗れた俺達は、イモ洗い状態の一階を見下ろしつつ、メダルゲームフロアへ足を踏み入れた。
ここは一階と違って薄暗く、どこかアングラな雰囲気が漂っている。
人も一階に比べれば少なく、まるで都市部の路地裏に迷い込んでしまったかのようだ。
「とはいえ、ほぼほぼ埋まってるか……」
「あ、待って。あのデカいヤツ、二席だけ空いてるみたい」
空いている場所は無いか、と歩き回っていると、突然舞が足を止め、ある台を指さした。
ゲーム名は『パイレーツ・トレジャー』。名前の通り海賊をイメージした装飾に彩られた筐体は、確かに二席だけ空いていた。
近づいて確認しても、いわゆるお得意様専用席という訳ではなさそうで、俺達が座っても問題の無い席だった。
「ただ、弱いな……」
「え?メダルゲームに弱いとかあるの?」
「一応な。画面のゲージ、これが全然溜まってないだろ?それに、多分ゲージを進める為に必要だろう謎のプラスチック玉が全然ない」
『パイレーツ・トレジャー』をやった事が無いから良くわからないが、経験則からしてこの二つの席は外れだった。
とはいえ、今はメダルゲームで勝とうが負けようが関係ない。
二人に楽しんでもらいつつ、ついでに花火大会の件をどう解決するか考える。それが最優先だ。
「ま、せっかく空いてるんだし遊ぼうぜ。席座っててくれ、メダル取ってくるから」
「兄ぃメダル持ってるの?」
「この間大勝ちした分を預けてたんだ」
二人きりにさせるのはまずいかなという思いはあるが、万が一、三人でメダルを取りに行っている間に席を取られたりしたら目も当てられないし、俺と誰かで取りに行くないし待つという選択肢は多分良くない。
理由はうまく言えないが。男の勘ってヤツだ。
千五百枚のメダルを黒いカップに分けて入れ、落とさないように気を付けながら運ぶ。
とは言えゆっくり歩くような真似はしない。俺が戻らない間に喧嘩再開!なんて事になったら笑えないからな。
「メダル、持ってきたぞ………って、何してんの?」
「見ての通り」
「じゃんけんだよ」
席の前で、真剣な表情で見つめあう二人。
両者ともに右手をまるで居合術のように構え、そして素早く抜き放つ。
舞は
結果を認識するや否や舞は膝から崩れ落ち、西城は勝ち誇ったように両手を掲げた。
いや、何をしてるんだコイツら。
「なんのじゃんけんだよ」
「座席決め、かな。―――ほら、こっちの方がゲージの進みが良いし、ボク達はこっちに座ろう」
上機嫌そうに俺の腕を取り、席に座らせようとしてくる西城。
なるほど、そういう意味でのじゃんけんか。
別に二人で勝てそうなところに座れば良いじゃん、と思わないでもないが、二人はまだ花火大会の件で揉めている最中。
仲良く一緒に遊ぶ、というのは難しいだろう。
となると、俺がどちらかと一緒にメダルゲームをする必要があるわけだけど………
「じゃあ、まずは西城とやるかな」
「………まずは?変な言い方をするね」
「変ってなんだよ。ある程度経ったら舞の方行って、またこっち戻ってきて……ってやりゃ良いだろ?」
三人で二席使うなら、こうした方が良い。
席の間に誰かが挟まってるわけでも無いから、移動も楽だし。
俺がそう言うと、西城は凄く微妙そうな顔を見せる。
いや、どういう感情だよその顔。
「そうだねっ!それが良いよ兄ぃ!」
「うぉっ!?……舞、いきなり背後から抱き着いて大声出すのやめろよ。心臓に悪いから」
「いやぁ、ごめんごめん。―――ま、西城さんもそういう事だから!今は兄ぃと一緒に頑張って!」
両手を床につけて絶望していたのは何だったのか、と思うくらいにテンションを上げ、席に着く舞。
鼻歌混じりにメダルを投入していく。
凄いな、勢いは良いのに、タイミングが全部的確だ。一枚たりとも無駄にしていない。
「俺達も始めようぜ」
「………蓮司のバカ」
「なんでだよ」
先生のみならず西城からもバカ扱いされるとは。
不満に思いつつも、特に拘泥せずメダルを投入し始める。
タイミングと位置を見極め、素早く的確に。
すぐに小さな山が崩れ、いくつかチャッカーに入る。
チャッカーはメダルを押し出す機械についている穴の事で、ここにメダルが入ると抽選が開始される。
画面のスロットが回転し、惜しくも何とも無い数字を表示して動きを止める。
まぁ、始めたばかりだ。気を落とすような事は無い。
「凄いね蓮司。ボクなんて、入れたメダルが積みあがってばっかりだよ」
「こういうのはタイミングだよ。ほら、機械の動きに合わせて……ほらっ」
投入された一枚のメダルが、再び山を崩す。
今度はチャッカーに四、五枚ほど同時に入った。
「今の、機械がちょっと前に出始めたタイミングでやれば良い」
「…………うーん、言葉だけだと、どうにもね」
やってみな、と勧めてみるが、渋られる。
言葉だけだとわからない、と来たか。
なら、感覚を掴むまで補助してやるのが良いか。
ちょっと失礼、と一言断りつつ、西城の手を取る。
手にメダルを握らせ、投入口に半分ほどメダルが入っている状態で固定させる。
「良いタイミングが来たら、俺が指を放させるから。何度かやればコツが掴めると思うぞ」
「う、うん。そうかもね」
………あっ、やべっ!普通に密着しちまった!
勘違い野郎時代の悪い癖だ。これも全部『ボディタッチで相手を意識させちゃおう!』なんて書いてた恋愛指南書が悪い。
そしてそれを読んで真に受けた俺も悪い。
かといってここでいきなり距離を取ると、怪しまれるよな。
だってこれくらい、前までの俺なら平気でやってた。
く、くぅッ、耐えろ俺!羞恥心とか、西城からなんか甘くて良い匂いがする事とか、全部心を無にして耐えろ!
「こ、こんな風にさ。メダルが転がっていく時間があるから、気持ち早めでちょうど良いんだ」
「………まだよくわからないから、このまま手伝って欲しいな」
「えっ!?あー、うん。良いぞ」
ホテルでほぼ裸の先生に抱き着かれたおかげか、幸い西城の体に対するドキドキは控えめだ。
しかし羞恥心。これはヤバい。
明らかに視線を感じる。通り過ぎていく他の客や、違う席に座っている客が、無遠慮にこちらを見てくる。
見世物じゃねぇぞ!!
「ど、どうだ?結構入れたけど」
「んー、まだまだ分からないかなー」
「まだですか!?」
口調が崩れる。
俺がこんなに神経すり減らしているというのに、西城は驚くほどリラックスしている。
今なんて俺にもたれかかって、口元を歪めている。
俺が緊張してるのがわかっているのだろう。
それを小馬鹿にしているのだ。そうに違いない。
「うん、全然。だからもっと、しっかり教えてよ。ほら、手も体も、もっと強く―――ね?」
「い、いや、そんな力を込める必要とか無いし」
「あるよ。女の子をリードしてあげる時は、強すぎるくらいが良いんだよ」
「絶対違うだろ。―――ったく。さてはお前、もう覚えたな?」
色々と限界だったので、急いで離れる。
西城は惜しむように手を伸ばしてきたがすぐに引っ込め、唇を尖らせて抗議してきた。
「ケチ」
「必要もないのに教えを乞うな。授業料取るぞ」
「……体で良いかな?」
「かっ………!?はぁっ!?」
悪戯っぽく笑って、ペロリと舌なめずりしてくる西城。
今までこういう冗談を言われた事が無かったので、面食らって童貞みたいな反応をしてしまう。
いや、実際童貞なんだけど。
「ぷっ。なにその反応」
「お、お前が変な事言うからだろ!!そんな冗談言うタイプでもねぇのに」
「―――かもね。そんな冗談、ボクは言わないかな」
恥ずかしさを誤魔化すために、メダル投入に集中する。
西城もすぐにメダルを投入し始め、二人で順調に山を崩し、スロットを回していた。
途中何度か小当たりを出したものの、特に大きな展開は無く、そろそろ移るか、と腰を上げた。
「よっ、舞。調子は―――えぇっ!?」
「あ、兄ぃ遅すぎ。もう少しでルーレット抽選だよ?」
なんか派手な当たり演出が表示されている画面に驚く。
こっちの方が当たり席だったのか、はたまた舞が上手かったのか……どちらにせよ恐ろしい子である。
舞は不機嫌そうに言いつつ、軽く腰を浮かせて移動した。
なんで自分が座っていた場所に座らせようとしてんだコイツ。
「別にお前が動く必要ないだろ?」
「えー?―――私の『体温』、感じたくないの?」
「お前は俺をなんだと思ってんだ!?」
耳元で甘く囁かれ、体が跳ねる。
舞は大仰に反応した俺を軽く笑って、今度は色っぽい表情を見せた。
「え~?私は結構好きだよ?体温。兄ぃの座ってた椅子に座ると、ほんのり温かいのが残ってて……なんだかドキドキして、でもリラックスできて、気持ちよくって……」
「わ、わかった。いやわかってねぇけど聞いちゃダメなヤツだ。色々と」
「そう?」
クスクスと笑って、台の方を向く。
「じゃあ、続き、しよ?プラ玉も沢山あるし、二人でやればすぐに大当たり狙えちゃうよ」
「良いけど、お前ってこんなにメダルゲーム得意だったっけ?」
「枚数さえあれば割と当てれるよ。友達と良く行くし。まぁ、兄ぃみたいに五枚から始めて半日潰すとかはできないけど」
西城の時とは違い、互いに素早くメダルを入れていく。
会話も目の前のゲームより、近況だったり……互いをより深く知るためのモノが主になる。
兄としての俺でなく、妹としての舞でなく、一組の男女として。
知っている事から特に話していなかった事まで、なんでも。
「しっかし、変わったな、お前」
「そう?」
「態度とかはまぁ、そうだとしてさ。口調とかも、もっとこう……ドライって言うかさ。そんな感じだったと思うけど」
「まぁ、割と意識はしてたかなー。兄ぃの事好きなのは変わってないけど、その時は実妹として好きだったわけだし?隠さないといけないし、忘れないといけなかったからさ。仮面被って、抑え込んでたかも」
「………そっか。全然気づかなかった」
一度会話が途切れる。
メダルが落ちる音と、台から聞こえる海賊の声とBGMがやけに大きく聞こえてくる。
「………ずっと、我慢してきたのか」
「別に、兄ぃが気にするような事じゃないよ。中途半端に理性的だった私が悪いだけだし。―――それに、今は女の子として見てくれてるんでしょ?だったらそれで良いよ」
言い終わると同時に、画面が暗転する。
故障?と思った次の瞬間、『スペシャルゲーム!!』と海賊の男が叫んだ。
音割れするくらいの大音量に顔を顰める。
今の暗転は演出か。唐突過ぎてビビった。
「ルーレット、始まったね」
「だな。最低でメダル百枚、大当たりで……八千枚か。そうそう出るとは思わねぇけど」
「そういう事を言っていると、本当に出なくなるよ?」
巨大なルーレットを眺めながら言葉を交わす。
いつの間にやら俺の隣に立っていた西城の為にスペースを空け、座らせる。
流石に三人で座ると狭い。
「中々止まらないね」
「この瞬間を楽しむゲームですからね………あっ!」
二人がそう言った瞬間、ボールが穴に入る。
入った穴には『JACKPOT』の文字。
つまり、メダル八千枚の大当たりである。
「本当に出た!」
「やったね、兄ぃ!」
画面にも『YOU WIN!』と表示され、全方位から大量のメダルが放出される。
流石八千枚。音も迫力も桁違いだ。
♡―――♡
メダルゲームで大勝利した彼らは、一階のイベントがまだ途中である事を確認した後、先に三階のアーケードゲームフロアへ向かった。
壁紙やライトはメダルゲームフロアとほぼ同じ。強いて違いを上げるならば、子供向けの筐体が設置されているゾーンだけが明るい雰囲気の作りになっている点だろう。
「西城さん、少しお話があるんですけど」
「何かな?」
フロアの端、自販機付近のソファに座り、トイレに行った蓮司を待っている二人。
彼が去った後の数秒の沈黙を破ったのは、舞だった。
「勝負してくれませんか?ここのゲームで」
「構わないけど、どうして?」
「………諦める為、ですかね」
目を伏せ、低い声で答える舞。
蒼が何か聞こうとするよりも先に、彼女は若干自棄になったように答える。
「花火大会。本当は兄ぃと行きたくて行きたくて堪らないですけど、多分兄ぃは私と行くつもりが無いんです」
「………どうして、そう思ったのかな?」
「西城さんの方が、先に兄ぃと約束してるからです。兄ぃって色々適当な癖に、約束だけは必ず守るんですよ。そりゃたまにすっぽかしたり破ったりする時もありますけど、本当に滅多に起きないんで。多分今回も、私がどれだけごねても西城さんと一緒に行くはずです」
「確かに、そうかもね。―――諦めたくないけど、肝心な蓮司が頷かない。だから諦める理由が欲しい……そのための勝負、って事かな」
「ええ。受けてもらえますか?」
「………構わないよ」
立ち上がり、光の無い瞳を舞へ向ける。口角は上がっているが、それは笑顔というよりも、威嚇と言うのが相応しい表情で。
今まで優しい所しか見てこなかった相手が放つプレッシャーに、舞は半ば無意識に生唾を吞み込む。
「舞ちゃん。ボクは君を『蓮司の妹』だと思っていたんだ。蓮司から血縁事情に関する話を教えてもらってもね。―――でも、君は『妹』じゃ無かった。ボクと同じ、『女』だった」
「ええ。そうですよ。血の繋がりについて知る、ずっと前から」
「だから、ボクは君に勝つ。勝って、蓮司とのデートを勝ち取ったという事実をまず、手に入れる」
「そしてそのまま、この恋を制覇する………ですか」
気圧されていた舞も、立ち上がり、蒼に鋭い視線を向ける。
蒼の方が少し背が高く、顔を覗き込むような姿勢になっているが、両者ともに筆舌にしがたい迫力を放っていた。
「そう言う事。―――舞ちゃんには悪いけど、蓮司のお姫様はボクだけなんだ」
「胡坐をかくのはご自由にどうぞ。―――足元掬って、そのまま喉元に喰らいついてあげますから」
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