修羅場、回避―――えっ、ダメ?
先生の車に揺られながら、自宅ヘ向かう俺。
車内はタバコの匂いで充満しており、アップテンポな洋楽が爆音で流れている。
最初こそ戸惑ったものだが、慣れた今はむしろこれで心地良かったりする。
まぁ、吸い殻くらいは片づけた方が良いと思うが。
「本当に良いのか?ご家族に謝らなくて」
「ええ。男友達とゲームやってた、って伝えてるんで」
「そうか。―――お前、男の友達なんていたのか?」
「………い、いますが?」
震える声で強がってみるが、先生には憐みの視線を向けられるだけだった。
実際、俺に男友達はいない。
男だろうと女だろうと分け隔てなく接してきたつもりだったが、女を節操なく口説いていたせいか、男からは割と本気で嫌われていた。
勘違い野郎時代でさえ自覚できたほどの嫌われ具合、といえばその凄まじさがわかるだろう。
直接害されるような事はそんなに無かったが、遠ざけられているというか、嫌がられているというか………『関わってくるんじゃねー』オーラというか。そういうのがあった。
ま、気にせず話しかけてたんだけどね。
「それよりも!先生が生徒と一緒にホテルで一晩過ごしたって思われる方が不味いでしょ」
「思われるも何も、事実じゃないか。―――あぁ、ご挨拶に伺わないとか?」
「立場的に危険なのはアンタだろうに………」
割と余裕そうな先生に、ちょっと溜息。
クビどころか朝夕の一面を飾る事件になりかねないというのに、なんでニヤニヤしていられるんだこの人。
「まぁ、確かにそうかもしれないな。結局私はあと二年と少し、待つ必要があるのか」
「何をですか」
「胸に手を当てて考えてみろバカ」
私のでも良いぞ?とか笑ってくる先生から目を逸らし、窓の外を見る。
土曜の朝早くということもあり、人通りは少ない。
見られるリスクが少なくて良いな………って、なんで俺が一番気にしてるんだか。
「あ、この辺で降ろしてもらって良いですか?」
「構わんが……まだお前の家まで距離があるだろう」
「万が一にも見られないようにしてるんです。―――じゃ、また明後日」
「あぁ、またな」
車を降り、先生が去っていったのを見届けてから、その場で深い深いため息を吐く。
先生の手前態度に出せなかったが、帰るのが結構憂鬱なのだ。
なぜかって?
「舞が絶対ヤバい事になってるからなぁ………」
「誰がヤバい事になってるのかな、お兄ちゃん」
背後から聞こえた甘ったるい声に、振り向きつつ距離を取るように跳躍。
おかしい。なんで舞がここにいる?
「お、おはよう、舞。朝から散歩でもしてたのか?こんなところで会うとは思わなかったよ、ははは………」
「あははっ、違うよぉ。お兄ちゃんがここにいるから来たんだよ?」
「………な、なんでわかったんですかね」
舞は笑顔のままスマホを突き出してくる。
母さんのスマホだ。画面には、地図と赤い点が二つ。
「保護者の端末にはね、子供の端末の現在地を確認する機能があるんだよ。お父さんもお母さんも使わないし、なんなら忘れてるっぽいけど………私は結構使うんだ」
「お、お前も子供じゃん………」
「お母さんのスマホにはお店のアプリとか沢山入ってるじゃん?だからクーポン使いたいから貸してー、とか、ポイントつけてくるよー、とか言えば簡単に貸してくれるんだよね。それにお母さんってあんまりスマホ使わない人だから、返すのが遅くなっても何も言ってこないし」
「確かに全然スマホ触ってるところ見ないけども!」
スマホをしまい、こちらに近づいてくる。
笑顔を絶やさず、ゆっくりと、一歩ずつ。
「おかしいね。男友達の家にいる、みたいな書き方だったのに、なんでホテルから反応があったのかな」
「そ、それは………」
「それに、お兄ちゃんに男友達なんて居ないよね」
「失礼だなお前!!」
後退るも、舞は歩幅を広げさらに近づいてくる。
全力で走って逃げる、なんて真似をするわけにもいかず、ついには互いの吐息が感じられるような距離にまで近づく。
「あぁ、わかった、嘘吐きました!けど嘘吐いた理由とかはちょっと言えないです!!」
両手を上げ、降参の意を示す。
すると舞は目を大きく開いて、すぐに鋭く睨みつけてきた。
「この匂い―――そういうことなの?」
「そ、そういう?」
「ただ女の匂いがするだけじゃない。この匂いは………ッ、最低!!」
「何が!?」
住宅街だというのに、舞は滅多に聞かないような声量で怒鳴った。
朝早くだというのに外に出ている近所の方々から、奇異の目を向けられる。
「と、とにかく落ち着け。よくわかんねぇけど、こんな道端でするような話じゃないことはわかるから」
「お兄ちゃん、私のこと『女として意識する』って約束してくれたのに……!!なんで他の女を抱いたりしてるの!?」
「抱ッ!?ま、待て待て誤解だ誤解!!確かに女の人と一晩同じ部屋に泊まったことは否定できない事実だが、そういう淫らな行為は断じてしてない!!」
「だったらこの匂いは何!?」
「に、匂いっつったって………ホテルのシャンプーとか、ボディソープとかの匂いじゃねぇの?」
「そんなわけないでしょ!!私だってほぼ毎晩―――………待って、本当にわかってない?」
「え、うん」
ご近所さんの視線が突き刺さる。
ヒソヒソと「抱いたですって」だの「やだ、あの二人兄妹でしょ?」だの、好き放題言われているのが聞こえてくる。
これは学校どころか自宅周辺からもフェードアウトしなきゃだな………いや、元々その予定だったか。
舞は俺の目を見つめ、少しの間考える素振りを見せたかと思うと、ケロッと態度を変えた。
「そっか。兄ぃは何もしてないんだね」
「お、おう。そうだけど、なんだその含みを持った言い方」
「そっかそっか………で、誰と一緒だったのかは言えないの?」
「悪いな、事情が事情で」
「………もしかして、先生と一緒にいた?」
「嘘だろ!!?なんでわかんの!?」
耳元で囁かれた内容がドンピシャ過ぎて、大仰な反応を見せてしまう。
え、俺そんなに喋ってない……よな?なんであんな少しの情報からそこに辿り着けるんだ!?
舞は人差し指を立てつつ、胸を張って答える。
「兄ぃが居たのは宿泊料金の高いホテル。つまり同級生および年下が一緒だった可能性は薄い。となると年上が候補になるわけだけど、ただ大人の人と一緒にいた、だったらそこまで頑なに隠す必要はない。SNSを使って知り合った人とワンナイト……って可能性は捨てきれなかったけど、そういう人って、大抵ホテル代は相手持ちって話だし。なにより兄ぃにそんな金を出す余裕がないことは財布チェックで確認済み」
「待って、俺の財布勝手に見てんの!?」
「お誘いの成功率調査のためにね。まぁそれはどうでも良くって、大事なのは兄ぃがSNSで知り合った女の人と一晩過ごして欲求を満たそうとした、って説が消えたこと。ついでに、他の言いにくい相手候補である、大人のお店のお姉さん説も消える。ってなると、考えられる相手は『兄ぃと一晩を過ごすために金を出せるくらい兄ぃとの関係が深い大人』でかつ『兄ぃと一晩過ごしたことがバレたら不味い人』………一応、バイト先の大人、とかも候補にあったけど、一番あり得そうな『学校の先生』でカマかけてみたの。そしたら大当たりだった………ってこと」
探偵のように推理を披露する舞。我が妹ながら、なんと恐ろしい。
俺の態度が露骨過ぎたのもあっただろうが、それにしたって凄い。
「その通り、だけど………その、詳しい話は家でして良いか?」
「別に詳しく話さなくって良いよ、兄ぃは。どうせあの担任でしょ?」
「なんでナチュラルに人の担任を把握してるんだよお前は………そしてその心は?」
「面食いの兄ぃが気に入りそうな相手でかつ、この短期間でここまで距離が縮まりそうな教師ってなったらあの人くらいしかいないじゃん」
「ま、参りました……」
深々と頭を下げる。舞は胸を張って高笑いし、俺の肩をポンポンと叩いてくる。
精進したまえ、ということだろう。いや、何を精進するんだよ。嘘を隠す技術?
はぁ……バレるなら最初っから嘘は吐かないで、隠し事してますが何か?作戦を使っておくんだったな。失敗した。
「………しっかしあの女、未成年淫行とか正気か?」
「ま、舞さん……?」
「何でもないよ」
聞こえたけど………聞こえなかったフリをした方が良いなこれは。
舞は俺を好きだ、って言ってくれてるし、そういうセリフが出てきてもまぁ、おかしくはない……ない?とは、思うけど。
ただこう………慣れない。
「でも、兄ぃに嘘吐かれたのはショックだったなー。それに、私以外の女と一緒に一晩過ごしたことは事実なわけだし?傷ついちゃったなー」
「なんかわざとらしくないっすか」
「わざと言ってるんだよ?―――あーあ、この心の傷は、兄ぃが私とデートでもしてくれない限り癒えないなぁー。デートだけじゃなくって、一緒のお布団で寝ないとかなぁー」
大きな声で、チラチラとこちらを見ながら、そんなことを言ってくる。
「………同衾はともかく、デートなら良いよ。でも先に風呂入ってからな。昨日入ってねぇから」
「やったっ!あ、でも今日じゃなくって………これっ!」
ポケットから四つ折りにされた紙を取り出し、俺の目の前で広げる。
それは、再来週行われる花火大会のチラシだった。
「一緒に花火大会行こっ!」
「お前、この話をするところまで読んでたのかよ………あと、悪いけどこれは行けない」
「えっ」
喜色満面だった表情が、一気に虚無に変わる。
上げて落とすような真似をした事を申し訳なく思いつつ、事情を話す。
と言っても、そんな長々と語るような事はなく。
「先約があるんだ。一緒に花火大会に行こうって」
「………また、担任?」
「いや、同級生。西城だよ、西城蒼。何度か家に来てるだろ?」
「あの女か……」
「あの女て」
好かれているのは喜ばしいが、しかし過激すぎないか?と思わないでもない。
まぁ、悪い気はしないんだけどさ。
「可愛い妹のお願いと、順番が先だっただけの同級生との約束、どっちを取るの?」
「妹特権は現在使用できません」
『俺のことを好きな女』なわけだし、感情としてはこちらを優先したいが、そもそも西城は俺から誘ったわけで。
自分の都合で勝手に約束を破るような男にはなりたくないしな。
「別の日だったらいつでも良いし、祭りが良いなら別の祭り探すからさ」
「あの花火大会が良いの!」
「そうは言ってもな………」
どうしても譲れないのか、地団駄を踏んで抗議してくる。
こういう時、ラノベやアニメの主人公なら「じゃあ一緒に行こうぜ!」とか見当違いな事を言ってその場を切り抜けられるんだろうが、生憎俺にそんな真似はできない。
舞から好意を向けられている事をしっかり自覚しているから、余計に。
「こらこら。お兄さんを困らせるものじゃないよ、舞ちゃん」
「ッ!!」
「え、西城?」
どうするのが正解なんだろうなぁ、とか考えていると、背後から聞きなれた声が聞こえてくる。
ちょうど話題に上がっていた、西城蒼だ。
ジャージ姿の彼女は、首に巻いたタオルで額の汗を拭いつつ近づいてきた。
舞が睨むのを手で制し、挨拶する。
「おはよう。なんでこんな時間にこんな場所に?」
「おはよう、蓮司。見ての通りランニングだよ。体力づくりに、ね。二人は―――っ、この、匂い」
「どうした?」
「蓮司。昨日誰と一緒に居たのか教えてくれるかな」
「は?なんで」
「良いから」
笑顔だが、目が笑っていない。
掴まれた肩からミシミシと音が聞こえてきそうなほど強い力をかけられる。
しかし馬鹿正直に答えるわけにはいかないので、今回は嘘を吐かずにはぐらかす。
「ちょっと言えないかな………」
「担任の先生と一晩ホテル」
「なんで言った!?」
「ッ、へぇ」
「ちょっ、待て待て、誤解誤解!いや、確かに間違ってはいないんだけど!そういう事は無かったから!」
「だったらその匂いは―――っ、舞ちゃん?」
詰め寄ろうとした西城は、舞に腕を引かれ、離れていった。
そして少しの間二人で小声で会話をしたかと思えば、普段通りの彼女に戻った。
「蓮司は何もしていないんだろう?だったら良いよ。―――それより、話の続きだけど。花火大会に行きたいって?」
「あー、うん。舞がな」
「別に来たいなら一緒に来れば良いんじゃないかな?ボクはそれでも良いけど………」
「いえ、二人きりじゃないと意味がないんです。………デート、ですから」
「デート?兄妹同士はデートとは呼ばな―――いや。もしかして、そういう事なのかい?」
「はい」
俺の知らないところで、勝手に通じ合う二人。
友好的な態度を見せていたはずの西城は、急に視線を鋭くし、なぜか俺の腕に自分の腕を絡ませた。
え、なんで?
「それなら譲るわけにはいかないね。お互いに」
「………譲ってくれないんですか?」
「ボクだって花火大会に行きたいからね」
まるで二人の間に火花が散ったかのような、そんな錯覚を覚える。
西城はともかく舞が喧嘩腰だから、このまま放置していると大事になりかねない―――そんな予感がする。
しかし花火大会の件をこの場ですぐに解決するのは難しい。
だから、だから俺は―――
「ごめん、待たせた」
「ううん。ボクも準備があったし、今着いたばっかりだから」
「私もだよ、兄ぃ」
「お前はわざわざ待ち合わせしなくても良かったんじゃないか………あー、ごめん、なんでもない」
舞が眼光を鋭くした事に気づき、すぐに撤回する。
西城は俺の弱々しい姿を笑うと、そっと手を差し出してきた。
「デート、なんだろう?だったら手を繋がないと」
「あっ、ズルい!ほら兄ぃ、私も!」
「はいはい」
二人の手を掴む。
人の目がちょっと気になるが、ここはエセホストのメンタルを思い出してこらえる。
だって今はそれよりも―――
「この、トリオデートを成功させなきゃだからな……」
二人には聞こえないように、口の中で転がすようにつぶやく。
花火大会の件で揉めている二人を宥める為に無理矢理始めた、三人での
これで二人のストレスを上手い具合に解消して、ついでにその間に花火大会の件を解決する案を出す。
えっ?生徒会長の時とやってる事が同じ?
………知らんな!
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