好きなる理由―――いる?
「───以上だ。もう戻って良いぞ」
ため息混じりに、田淵先生が言う。
今は昼休み。
俺は授業終了と同時に呼び出され、朝の一件に関する事情聴取と説教を受けていた。
以上だ、と言っているが明らかに不服そうだ。
まだまだ言い足りないんだがな、と言外に語っている。
話を遮るようにチャイムが鳴って、それで渋々中断したって感じだったからな。無理もない。
「飯食う時間、無くなったんですけど」
「放課後にでも食え」
少しくらい遅れて行っても良いぞ、とか言ってくれても良いんですよ?
そんな思いを込めつつ言ってみるが、軽くあしらわれた。
仕方がないのでジュースを買って腹を埋めつつ教室に戻る。
教室に入ると同時に、九条から手招きされた。
───九条から手招きされた!!?
「な、なにかな九条さん」
「これを」
目を伏せながら彼女が差し出してきたのは、コロッケパン。
サイズは小さめだが、とても美味そうだ。
「え、良いの!?」
「ええ。ずっと職員室に居たようだし、昼食を取れていないだろうと思って。これなら弁当と違って、手早く食べられるでしょう?それこそ今でも」
頑なに顔を上げないまま、パンを押し付けてくる。
もちろん受け取る以外の選択肢は無い。しっかりとお礼を言って、そのままいただく。
「うん、美味い!ありがとう九条さん、空腹で死ぬかと思ってたんだ」
「………大袈裟ね」
「いやいや、育ち盛りに昼飯抜きはキツいよ」
「そう。なら、わざわざ買ってあげたのだし、もっと感謝する事ね」
「え?手作りでしょ、これ」
「ッ───!?」
目を見開いて、こちらを見てくる。
ようやく目が合ったな。
「な、何故そう思うの?」
「包装も商品名とか材料が書かれてるシールも購買のヤツとそっくりだけど、入ってない食材の名前まで書いてるし。なんならシールに一回剥がした形跡あるし」
かなり微々たる異変だが、細かい変化に気づく系男子だった俺の目は誤魔化せない。
九条は愕然とした様子で頭を抱えた。
まさか気づかれるとは思わなかったのだろう。実際、普通の人なら気づかないだろうし。
「なんでこんな手間を掛けてまで偽装しようとしたのかわからないけど………すっごく美味しかったよ。ありがとう」
食べ終えて、改めて礼を言う。
しかし九条はパクパクと口を開閉するばかりで、返事が無い。
いや、本当になんでこんな手間を………?コロッケパンが手作りだと恥ずかしい、ってか?
確かに、俺に渡す前提で作ってきたのだとしたら、気恥ずかしさとかがあってもおかしくは無いけど………これって元々自分で食べる用に作ったのを、昼飯抜きの俺を憐れんで分けてくれたって話だろ?
なんでだろうなぁ、と悩んでいた俺だが、教科担任が入ってきたので、慌てて席につく。
良く分からないところはあったが、助けられたのは事実。
しかもマジで美味かった。今度何かお礼しなきゃな。
♡───♡
さて、磯垣殴り込み事件や九条の手作りコロッケパン事件で忘れられているかもしれないが、今日俺にとって一番の山場はこの後。帰宅してからだ。
血縁関係が無いと判明し、俺への接し方が驚くほど変わった義妹、舞。
恐らく俺に好意を抱いているだろう彼女と、ちゃんと話をしなければならない。
「………憂鬱だ」
思い立った時は普通に言えそうだったのに、時間を置いたせいか気が重い。
普段なら一人の時以外吐かないような弱音も、隣に西城がいるにも関わらず飛び出てしまう。
しまった、と思った時にはもう遅かった。
「何か嫌なことでもあるの?」
「いやぁ………。ただ、思い立ったが吉日ってのは良く言ったもんだと」
「つまり、何か機を逃したせいで気が重くなってしまうようなことがあった、かな?」
「そんなとこ」
ここで詳しい説明をすると、もし舞が俺を好きではなかった場合、ただの勘違い野郎のみならず、妹から異性として好かれていると勘違いした男、という称号まで与えられることになる。
仮にアイツから好かれていることが真実だったとして、こう「俺アイツから告られたわー(笑)」みたいな真似はしたくない。
「教えてくれないの?」
「言いふらすような話でも無いんでな」
「ケチ」
「あのなぁ………」
西城は不機嫌そうに呟くと、そのままそっぽを向いた。
子供みたいな態度に、思わず苦笑いしてしまう。
コイツってこんな感じだったっけ?
「………ボクが困っている時は、無理矢理聞き出して無理矢理協力してきたのに」
「棘のある言い方すんなって。それにどの時の話でも、今回の件とはちょっと毛色が違うんだよ」
「人の家庭事情にまで介入してきたのに?」
「うっ………で、でも結果的には俺が介入して良かっただろ?自分で言うのもどうかと思うけど」
「まぁ、ね」
中学生の時、俺は西城の親から「もうこの子と関わらないで」と言われたことがある。
それは俺のイケメン気取りな勘違いムーブが痛かったから―――ではなく、彼女の母が西城に「男であること」を求めていたからだ。
西城が王子様と呼ばれていた所以は、絶世の美男子と評されるほどの容姿と、物語の王子様みたいな言動にあったわけだが、その全ては母に強要された物だった。
彼女が自らの意思でそう振舞っていたのではなく、やれ、と言われたからやっていただけに過ぎなかった。
だが西城は「普通の女の子で居たい」と思っていた。
男の恰好をして、王子様なんて呼ばれても、何も嬉しくない。無理矢理本心を聞き出した時には、涙さえ流していた。
………で、それを聞いた俺が西城母に直談判しに行って、激しい口論を経て、最終的に彼女自身の言葉で母の独りよがりを否定して、今までずっと傍観者だった父からの援護射撃も受け、西城自身の意思を尊重する、という形で決着。
盛大に端折ったが、あの時はかなり大変だった。
自分に酔いまくっていたあの頃の俺じゃ無かったら、解決は難しかったかもしれない。
………因みに今もなおコイツが王子様っぽいことをしているのは、俺のためらしい。
「勝ててもいないのに決着なんて嫌でしょ?」なーんて悪戯っぽく笑ってきたあの瞬間は今でも覚えている。
「そ、そうだ。家族関係でちょっとしたニュースがあってな」
「何?」
「実は俺の家族、全員血が繋がって無かったんだ」
「へぇ。まぁ、似てないと思っていたけど………って、えっ!?ぜ、全員!?」
「なんでそんなパーフェクトな反応ができるんだよ」
お手本のような驚き方に、今まで見たこともない顔。
こらえきれずに笑うと、西城は少々頬を赤らめて、語気を強めた。
「一体どういうことなのさ」
「どういうことも何も、俺も舞も養子だって話。母さん、子供ができない体だったみたいでさ」
「………そ、っか。なんか、ごめん」
「別に謝るような事無いだろ。そもそも俺が勝手に話したんだし」
少しの間、俺達の間に沈黙が訪れる。
離れたところにある公園から、子供の声が聞こえてくるレベルの静寂だ。
「それじゃあ、ボクはこっちだから」
「知ってるよ。家の場所なんてお互い覚えてるだろ」
「―――あのさ、蓮司」
じゃあな、と歩き出そうとして、呼び止められる。
西城は少し照れくさそうに頬を染めて、気持ち小さい声で言った。
「今朝は、ありがとう。ボクを助けてくれて」
「お礼ならあの後すぐにしてくれたろ?それに、感謝するならこっちの方だろ。結果はどうあれ、割って入って助けようとしてくれただろ?」
「それでもさ、その………嬉しかったんだ、蓮司に守ってもらえて」
いつになく弱々しい声音とセリフ。淡く微笑みながらそんなセリフを吐かれて平然として居られる程、俺は大人ではない。
なんなら大人でもかなり厳しいと思う。
夕日の差し込み方まで完璧すぎて、もはや絵画だ。或いはギャルゲのルート終盤で出されるスチル。
「蓮司はボクが困っていると、必ず助けてくれた。今朝だってボクが自分から危険な目に遭ったのに、ちゃんと守ってくれた。―――ボクも、君にとってそういう存在で居たい。困っている時に手を差し伸べて、助けてあげるような………一緒に困難に立ち向かえるような、そんな存在になりたいんだ」
「………お前」
「だから………今すぐ無理にでも話して欲しい、とは言わないけど、いつかは君の抱えている問題を、ボクにも教えて欲しいな」
それだけっ、と言って、俺の言葉を待たずに去って行く。
呼び止めようか、と一瞬悩んで、結局伸ばそうとした手を引っ込めた。
話すのは、終わらせてからで良い。
アイツの気持ちは嬉しいが、これは俺と舞だけの問題じゃないといけない。
だから、頼らせてもらうのは次の機会にしておこう。
………ほんっと、こういう時ばっかズルいヤツだよ、アイツは。
♡―――♡
「お前、俺の事が好きなのか?」
帰宅後、ソファでくつろいでいた舞を部屋に招いた俺は、単刀直入に聞いた。
下手な小細工は無しだ。直球でぶつかって来る相手には、それ以上の剛速球を投げる。
舞は最初顔を真っ赤にして首を横に振ろうとしたが、すぐに動きを止め、真っ直ぐに俺の目を見つめ返して言い切った。
「うん。大好き」
「それは」
「異性として、好き。昔から、ずっと」
あまりに堂々と言ってくるもんだから、こっちが恥ずかしくなってくる。
一応、どんな事になっても良いように心の準備はしてきたつもりだったのに。
「そ、そうか。―――それで、まぁ、本題なんだけどさ」
「『悪いけど付き合えない』……でしょ?」
「あの、もう少し俺の口から言わせて……?」
なんでコイツ俺のセリフほぼ全部先回りして潰してくるの?
もう少し真面目でピリッとした雰囲気で話を進めるつもりだったが、どうにも気が抜けるというか、脱力させられるというか。
舞本人は至って真面目そうな顔をしているのが何とも言えなくなる。
「つーか、良いのかよ、そんな簡単に受け入れて」
「受け入れてないよ?お兄ちゃんから直接フラれても、諦めるつもり無いし」
「……そんなに好かれるような事をした覚えは」
「無いんじゃない?別にお兄ちゃん、私には他の人にやってるみたいな気取った事、あんまりしてこなかったし。まぁ、褒めてくれる時とか、そういう時は別だったけど。―――それにさ、多分勘違いしてると思うんだよね」
「勘違いって」
「人を好きになるのに、ドラマなんて必要ないんだよ」
腰掛けていたベッドから立ち上がり、俺に近づいてくる。
後退るが、すぐに壁にぶつかり、逃げ道がなくなる。
「私ね、いつお兄ちゃんを好きになったか覚えていないの。本当にいつの間にか、男の人として意識してた。何をされたから惚れたとか、こんな事があったから好きになったとか、そんな記憶に残るような事は何一つない。ただ一緒にいるうちに、好きになったの」
俺の手を両手で包み、そのまま頬に当てる。
手のひらに舞の体温を感じながら、俺は妖艶で、どこまでも女なその顔に、生唾を呑み込むしかできなかった。
「恋に理由はいらない。愛に動機なんて無い。関係を積み重ねて、その先にこの想いがある。私はそう思ってる。―――それに、ドラマなら好きになった後、ちゃんと始まった。抱いた時点で終わっていたはずの恋心に、チャンスが降って来た」
舞の唇が、手のひらに触れる。柔らかい感触に、俺は遂に声にならない悲鳴を上げた。
ダメだ、完全に手玉に取られている。
俺が会話の主導権を握って、先に今の思いを伝えておこうと思ったのに。
口を挟む暇を、一切与えてもらえない。
完全に、舞の独壇場だ。
「今はフラれても仕方ないって思ってる。だから、何を言われても諦めない。今はね。―――まずは私が女だって意識させる。それまでは、止まらないから」
手を離し、挑発するような視線を向けながら、「これで話はおしまい?」なんて聞いてくる。
本当に、俺が言おうとしていた事を全部言われてしまった。
そうだ。俺は今朝、舞に対して「お前を女として意識するようになってからもう一度決めさせてほしい」と言おうと思っていた。
男女関係という意味では、アイツとはまだ始まったばかり。
だというのに、それをすぐに終わらせるって言うのは、不誠実だと思ったからだ。
ちゃんとアイツを女として見て、その上で決めたい。そう思ったのだ。
その旨を伝えたかったが………なんで俺が一方的に通告される形で終わったんだろう。
「じゃ、私はリビング戻るね。良かったら一緒にテレビでも見る?」
「いや、ちょっと寝る」
「ふふっ、疲れちゃった?膝枕してあげよっか」
「良いよ、それはまた今度頼む」
「あ、させてくれるんだ」
「これからはちゃんと、一人の女として見ていくって決めたからな。―――勿論、父さんと母さんの前だと、妹として接していくけど」
「それは私もだよ。―――じゃ、おやすみ、お兄ちゃん」
手を軽く振って、部屋を出て行こうとする舞。
俺は最後に一つ言い忘れていた事を思い出し、咄嗟に彼女を呼び止めた。
「悪い、一つ言い忘れてた」
「ん、なぁに?」
「俺、お前に
「………そっか。わかったよ、
ドアが閉まり、部屋には俺一人。
ベッドに飛び込むように寝転がり、腕で目を覆い隠して溜息を吐く。
「―――男前すぎんだろ、アイツ」
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