不良怖い。───なんてね。
御堂家の真実が明かされた翌日。
血縁関係が無いと言われたところで家族は家族。きっとこれまで通りの関係が続いて行くんだろう………と、思っていたのだが。
「お兄ちゃん!一緒に学校行こっ?」
「俺らの学校、逆方向だろ」
「もう!わかってるよそんなの!その上で一緒にって言ってるの!」
昨日までのクール……というかどこか冷めた感じで気だるげだった姿は何処へやら。俺の元実妹にして現義妹、御堂舞は、今まで聞いたこともない甘ったるい声と可愛らしい仕草で、俺に甘えていた。
ってかコイツまさか、俺に中学まで一緒に行ってから高校に向かえって言ってんのか!?
俺の高校、家から直接向かっても割と遠いんだぞ!?
「あのな、帝黎はウチから離れてるくせに徒歩じゃないと行けないから、普通に時間かかんの。頼まれても無理だ」
「むぅ………。じゃあ良いもん、一人で行く」
電車やバスでも行けないことは無いが、使ったほうが時間がかかるという面倒くさい位置関係なのだ。
頰を膨らませ、不貞腐れたように玄関へ向かう舞。
その背中を見送りつつ、俺は気づかれない程度に息を吐いた。
自意識と自己肯定感がすこぶる低い今の俺でも、流石にここまで露骨にされればわかってしまう。
舞は、俺が好き………なんだろう。異性として。
それも、恐らくは血が繋がっていると思っていた頃から。
今の舞はそういう関係になっても問題ないと判明して、溜め込んでいたモノを解放している状態………では、無かろうか。
「舞を口説いた記憶は無いんだけどな………」
勘違い野郎時代だろうと、家族相手に口説くようなセリフは吐いていない。
確かに一緒に買い物に行くことを『デート』と言ったり、事あるごとに褒めるようなセリフを吐いたりはしたが、それは俺の間違ったイケメン像をなぞっていたせいであって、断じて男女の仲に、とか考えていたわけではない。
………けど多分、そのせいだろうなぁ………
どうしたものか。
少なくとも今の俺では舞の気持ちに応えられない。だって舞の事を女として見たことがなかったんだから。
だが、だからといって今すぐに「お前は妹だから無理だ」と言うのは違う。
血縁関係が無くとも家族、とは言ったが、舞の方から家族以外の関係を求められているなら俺もそういう風に考える。今まで意識してこなかった『女としての舞』を受け止めて、その上で答えを出さなくちゃ不誠実だ。
だから俺のやるべきことは───
「舞!………って、もう行ったか」
早速話を、と思ったが、舞は既に家を出てしまったようで。
肩透かしを喰らったような気分を勝手に感じながら、俺は廊下の壁にもたれかかった。
………まぁ、本当に好かれていると決まったわけじゃないし、気張りすぎてもな。
♡───♡
帝黎学園、正門前。
普段は和気藹々としている場所だが、今日は重苦しく、ピリピリとした空気が漂っている。
生徒たちは何かを避けるようにして進んでおり、流れが悪く渋滞している。来たばかりの俺からは、皆が何を避けているのか見えない。
一体何があったんだろう?と考えていると、誰かに肩を叩かれる。
振り向くと、そこにはいつもと変わらぬ様子の西城。片手を上げて、気さくに挨拶してくる。
「お前、いつもはもっと早くなかったか?」
「今日はちょっと寝坊しちゃってね。それで、この渋滞は?」
「俺にもさっぱり。なんかを避けてる?って感じだけど───」
「見つけたぞ!!御堂蓮司ッ!!」
ゆっくりと進みながら話していると、皆が避けている『何か』から聞き覚えのある声が響いてきた。
同時に列がモーセの海割りが如く左右に分かれ、『何か』が通るための道ができる。
………なるほど、そういう事か。
「約束の時間には早いんじゃないですか?磯垣先輩」
肩を怒らせ、部下を二十人程度引き連れ、昨日俺に果たし状を送ってきた噂の不良、磯垣魅空が近づいてくる。
彼女は俺の言葉を聞いた瞬間、眉をピクリと動かし、絞り出すように呟いた。
「約束だぁ……?」
「ええ。先生に預けてたでしょ?果たし状」
「アレを受け取ったんなら、なんで来なかったんだテメェ!!!」
「……はい?」
言われたことの意味がよくわからず、間抜けな声が出る。
なんで来なかった、って言われてもな………。果たし状には今日だって書いてたはずだけど。
「果たし状に書いておいたよなぁ!明日の夕方四時、河川敷まで来いって!」
「だから今日の夕方四時には行こうと」
「あぁ!?アタシが果たし状を書いた日から見て明日だろうが!!」
「え、受け取ってからじゃなくて!?」
先生に預けた時点で、受け取るのが翌日になることは想定していたはず。
………と、俺は思っていたのだが、そんなことはなかったらしい。
何寝ぼけた事言ってやがる!と、胸倉を掴まれて怒られてしまった。
これ俺が悪いのか?いや、多少悪い気もするけど。
「蓮司から手を離してもらおうか」
「あ?邪魔すんな。誰だテメェは」
「西城蒼。事情は知らないけど、蓮司は友達なんだ。あまり乱暴な事をするようなら───ッ!?」
「チッ、止めんなよ」
「止めるだろ」
磯垣は俺の胸倉を掴んでいた手を放し、予備動作無しで、西城の顔めがけて拳を振るった。
当然殴らせる訳にはいかないので、俺が受け止める。
流石は町一番の不良。威力も強いし、何より攻撃までに迷いがない。
驚いて後ずさった西城を、磯垣は鼻で笑う。
「この程度でビビるようなヤツが、アタシらの間に入ってくんじゃねーよ」
「すまん西城、コイツちょっと頭が残念なんだ」
「んだとテメェ!!」
顔は可愛い系だし、髪は金色で綺麗だし、背が高くて乳も尻もデカいと、見た目にはかなりの美女なのだが、いかんせんこの粗暴な言動と残念な知能が人を遠ざける。
あと喧嘩しまくってる上にトレーニングもしっかりやってるらしいから、結構筋肉質というか。俺は腹筋割れてる系女子も全然可愛いと思うけど、これも敬遠される所以と言えよう。
因みに腹筋が見えているのは、制服の裾の方を結んで、へそ出しみたいにしてる独特なファッションのせいだ。
「………勘違いしてたとはいえ、約束破ったのは事実ですし、それは謝りますよ。謝りますけど、そしたら一旦帰ってもらえたりしませんか?」
「んなわけねぇだろ。アタシは無敗の女だった。男だろうと大人だろうと、複数人相手だろうと負け無しだった。だがテメェはアタシに勝った挙げ句、舐め腐った事を言いやがった!」
「そんな酷いこと言った覚え無いんですけど」
野次馬達が沢山いるというのに、人の風評を下げるような事を言わないで貰いたい。
ただでさえエセホストなんて不名誉なあだ名をつけられてるんだから。
……ってか注目される事自体が不本意なんだが!?
「惚けんな!!アタシは忘れてねぇぞ。お前がアタシのこと、か……可愛い………って………褒めやがった事を、よ」
段々と顔を赤く染めながら、尻すぼみに言い放つ。
可愛いと褒めた事。もちろんある。
勘違い野郎時代の俺は、褒め言葉を言い渋るような真似をしなかった。それこそ舞相手だって、やけに気取った痛々しい様子で言いたい放題褒めまくっていた。
磯垣の時は確か、攻撃を軽くあしらいつつ褒めて、って感じだったか。
野次馬達から聞えて来る「ああ、またか」みたいな言葉を徹底的に無視しつつ、プルプルと震えている磯垣を黙って見つめる。
「あ、あんな屈辱的な事を言われて、そのまま負けっぱなしなんざ自分が許せねぇ。―――だから勝負だ御堂蓮司!今度こそテメェをぶちのめす!」
「じゃあ今日の放課後に」
「あぁ!?今からに決まってんだろうが!!」
そんな事だろうとは思った。
思ったが………まぁ、フェードアウト作戦中盤から終盤にかけては仮病も多用して気配を消す予定だったし、皆勤賞を惜しむ必要もないか。
「別に良いですけど、場所は変えましょう。人目が多い所でするような事でも無いですし」
「はっ。んだよ、大勢の前で負けるのが怖ぇってか?」
「いえ、先輩が負ける姿をあまり大勢の前で晒すのも忍びないなと」
「舐めんなッ!!」
問答無用の右ストレートが俺を襲う。
これはアレだ。移動すらさせてもらえないヤツだ。
野次馬の数と現在時刻を素早く確認しつつ、拳を軽く逸らした。
攻撃をいなされた彼女は、それでも体勢を崩したりすること無くそのまま蹴りを放つ。
それも、明らかに校則違反な短いスカートの状態で。
全く、俺が紳士じゃ無かったらガン見していた所だ。
紳士たる俺は大人な黒を一瞬だけ確認して、そのまま顔だけを逸らして回避し、後退する。
なんでか知らないが、俺は喧嘩の才能だけはあるのだ。
勘違い野郎時代、調子に乗った言動を繰り返していても最悪な目に遭わなかったのは、この喧嘩の才能があった為だと言って良い。
「れ、蓮司っ!」
「大丈夫大丈夫。危ないから先に学校行ってな」
「余所見たぁ余裕だな!」
「別に目は逸らしてないでしょうに」
磯垣の攻撃をいなしながら、西城をはじめ、野次馬達にこの場を離れるように指示する。
しかし素直に聞いてくれたのは俺達の喧嘩が見えないだろう位置にいる野次馬達だけ。指示を聞いてというより、見えないくらいなら遅刻しないようにしよう、という自主的な移動だろう。
確かに、エセホストとマジヤンキーの喧嘩は、良い見世物なんだろうけどさ。
「クソッ、なんで当たんねぇんだよ!!」
「そりゃ、当たったら痛いからですけど」
「バカにしやがってッ!!」
何度も言うが、磯垣の攻撃は実際凄い。プロの格闘家の動きと比べて遜色ないレベルだ。
だが俺は才能があり、ついでに場数も結構踏んでいる。
こうして怒りに呑まれて動きが単調になりつつある磯垣をいなし、体力切れに持ち込むのが朝飯前なくらいには。
結果、大体十分くらい攻撃を躱したり逸らしたりした所で、磯垣が片膝をついた。
汗を滝のように流し、口を大きく開けて必死に呼吸している。
まさしく満身創痍だ。一度も攻撃されていないというのに。
「あ、姉御………!?」
「磯垣さんが二度も負けるだなんて……」
「やっぱあの男……」
「お仲間さんもああ言ってるわけですし、今回は俺の勝ちって事で帰ってもらえますか?学校もありますし」
磯垣の仲間だろう女達や、野次馬達が「信じられない」といった感想を漏らす。
ここらじゃ有名だからな。路地裏最強の磯垣魅空。
「はぁっ、はぁっ………。ま、まだだ。まだアタシは―――おい、なんのつもりだ?」
「なんのつもりも、ハンカチ手渡してるだけでしょ」
「このハンカチが何のつもりだって言ってんだよ!」
「いや、汗拭くのにどうぞ、と。もちろん洗って返して………いえ、別にそのままで良いです」
「今アタシのこと『洗濯とか出来なさそうだな』って思ったろ」
返事はしない。どうせ嘘ついてもバレるし。
彼女は不機嫌そうに顔を顰めつつも、俺の差し出したハンカチを奪い取り、ゆっくりと立ちあがった。
「………ちゃんと、洗って返してやるから。次は明日の放課後な。約束、もう破るんじゃねぇぞ」
「破るも何も先輩の手紙の書き方が」
「うっせぇっ!良いから明日の放課後河川敷に来やがれ!ちゃんと綺麗に洗ったハンカチ、突っ返してやらぁッ!」
そんな捨て台詞と共に走り去っていく磯垣。部下もその後を追うように走り去り、正門前に平穏が訪れた。
が、同時にチャイムが鳴る。
どうやら俺も西城も野次馬達も、全員揃って遅刻のようだ。
………これ、遅刻扱い無しになりませんかね?
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