実、実。―――え、義!?


「はい、どうぞ」

「ありがとうございます」


 放課後。俺と生徒会長は制服姿のまま、公園に来ていた。

 学校から一番近いこの公園はかなり広く、テニスコートや野球場、池なんかが中にある。

 のんびり散歩するのに最適な場所だ。


 今は公園に来ていた移動販売車からスムージーを購入したところだ。

 もちろん俺のおごりである。生徒会長が財布を取り出す前に全額支払った。


 バイト辞めたし、あんまり金無いんだけど。


「………それで、このデートの目的は一体?」

「目的も何も、ただ生徒会長と一緒に歩きたかっただけですよ」


 ベンチに腰掛けスムージーを味わっていると、生徒会長がやや低い声で尋ねて来る。

 俺がはぐらかすように答えると、生徒会長は俯いたまま、視線だけをこちらに向けて来た。


 怖い怖い。美人が凄むと怖いってのはマジだ。

 なまじ平時でも妖みたいな雰囲気を纏ってる人だから、ホラー映画のワンシーンみたいになる。


「別に、嘘じゃないんですけどね………。ま、気分転換になれば良いな、とは思ってました」

「………気分転換、ですか」

偽装恋人の申し出焦燥感を解消するためのお願いは断らざるを得ませんでしたけど、別に生徒会長に協力したくないって訳でもないので。取り敢えず少しの間だけでも焦りを忘れさせてあげられればなぁ、なんて思ってみたり」


 鋭かった視線が和らぎ、目が丸くなる。

 すぐに彼女は目を伏せたが、「やっぱり、優しい……」と呟いたのは聞こえた。


 全く。褒める時は堂々とした方が良いですよ。

 まぁ、堂々とし過ぎると黒歴史になりますけどね!俺みたいに!


「それで、どうです?気分転換になってますかね?」

「おかげさまで。―――その、焦燥感についてなのですが、綺麗さっぱり失くす方法が一つだけある、と言えば……協力していただけますか?」

「偽装恋人か、それに準ずるものでなければ」

「いえ、これは………ただの、質問です」

「それならいくらでも」


 俺が頷くと、彼女は姿勢を正し、こちらを真っ直ぐに見つめながら言った。


「―――貴方には今、交際したいと思っている人がいますか?」


 ………ん?


 俺が付き合いたい人?

 まぁ、熱心に口説いてきた組は、お付き合い出来たら嬉しいなって相手だけど。

 でも今はそれ以上にこの黒歴史を葬り去りたいからな。そういう意味では、居ないと言って良いだろう。


 ただ、そんな事を俺に聞いて、何故焦燥感が薄れるのだろう。

 そもそも何故彼女は焦燥感を覚え始めたのか………ちょっと推理するには根拠が足りなすぎるな。


 取り敢えず答えるか。


「居ませんよ。今のところは」

「―――そう、ですか。あれだけ沢山の女性にアプローチしておきながら、酷いですね」

「あはは……。そう思われても無理はないですが―――それ以上に気にするべき事が、出来てしまいまして」

「お昼休みに言っていた、問題……のことですか」


 無言で頷く。


 ちょっと耳が痛い。

 罪作りな男、というわけではないが、口説き落とそうという意志をもって色んな人にアプローチしてきたのは事実なわけで。

 それで「恋愛とかちょっと興味ないかな」は確かに酷い。


 けど、この先の人生に付きまとうんだよ、過去は。

 特に、こんなド派手に痛い過去は、社会に出る事を阻みかねない。


『あ!あの人エセホストだ!』

『聞いたことあるぞ!』

『エセホストー!』


『君、あのエセホストだったんだって?おかげで毎日いたずら電話が鳴りたい放題じゃないか!迷惑極まる!君はもうクビだ!』


『蓮司?その、ご飯置いておくから……』

『今俺の事笑っただろ』

『え?』

『今俺の事!エセホストっつったよなぁッ!!』

『や、やめて蓮司!もう、嫌ぁああああああ!!』


 こんな風に、人生崩壊する事間違いなしだ。

 道を歩けば後ろ指をさされ、働く事も出来ず、引きこもりになって親に当たり散らす様が簡単に想像できる。


「それで、少しは楽になりました?」

「ええ。まだ気がかりな事はありますが………取り敢えずは」


 余裕ある、普段の生徒会長に戻る。

 なんだかよくわからないが、解決したのならそれで良い。

 代替案が思いつかなくて正直困っていたのだ。


「…………私は、今までしてきた事を後悔するつもりはありません。沢山の人に告白されましたが、私の恋愛への関心の有無に関わらず、為人ひととなりも知らない方との恋愛に、良き結末は訪れないと思っているからです」


 ですが、と、憂いを帯びた顔をして、生徒会長は続ける。


「かと言って、あの日、貴方が言っていたような価値観を持つのも、難しいと思いました。想いを告げる事の難しさも、通じなかった時の苦しみも………到底、一人の人間が受け止め切れるような物ではありませんでした。………こうして下手な言い訳に、都合の良い建前に逃げ、関係性の破綻を免れようとしてしまうくらいに」


 なるほど。

 生徒会長の口ぶりから、なんとなく『焦燥感』に至った理由が見えてきた。


 どうやら彼女は失恋したらしい。

 一応、関係性が破綻しないように上手く誤魔化して、恋の終わりは回避したようだ。


 それでも、フられたことで焦りが生まれた。誰かに盗られるんじゃないかとか、このままあっさり恋が終わってしまうんじゃないかとか。

 それで俺に偽装恋人を申し出て、当て馬にしようとした……と、そんな感じだろう。


 全く、相手はどんな幸せ者だ。

 俺なら、生徒会長に告白されたら、喜んで受けるんだがな。


「別に、良いんじゃないですか?」

「………何が、ですか?」

「関係が崩れるのが怖いなら、そのままにしていれば良い。一歩を踏み出す勇気が無いなら、留まれば良い。それを悪いことだとも、損ばかりだとも言いませんよ。進んだ方が絶対に幸せだなんて、そんなのわからないですし。───何より、一歩を踏み出せないのは貴方だけでは無いんじゃないですか?」

「………それは」


 スムージーを飲み、失礼を承知でビシッと生徒会長を指す。


「その焦りは、決して生徒会長だけのものじゃ無い。―――ああ、別に辛いのは貴方だけじゃない、みたいなしょうもない事を言いたいんじゃなくってですね。つまり………そんなに周りも進んで居ないんじゃないですか?って事です。急がば回れ、ですよ」


 今まで生き急いでいた俺が言うと説得力が違うだろ。それを知るのは俺一人だけど。


 我ながら良いことを言った、なんて満足げに反応を待つと、生徒会長は感心するでも、感動するでもなく、呆れたような視線をこちらに向けてきた。


 何故に?


「はぁ………。それを、他でもない貴方が言いますか」

「どういう意味です?それ」

「わからないのなら構いません。………その、ありがとうございました。気遣っていただいて。おかげで、かなり楽になりました」

「いえいえ。また何か困ったことがあったら、いつでも言ってください」

「言わなくても、勝手に踏み入って、解決してしまうでしょうに」


 棘のある言い方だが、嫌そうな顔はしていない。

 寧ろ表情は明るい。


「その………また、こうして二人で、お出かけしてもらえますか?」

「喜んで」


 上目遣いで尋ねてくる生徒会長に、俺は笑顔で頷く。


 少なくともフェードアウト作戦が佳境に入るまでは、デートに行くのも構わないだろう。

 それ以降は厳しいが。






♡───♡






「ただいま」


 解散した後、ついでに本屋に寄ったせいで、すっかり日も沈んでしまった。

 我が家には門限が無いとは言え、少し遅すぎたかもしれない。


 反省しつつドアを開けるも、普段なら聞こえてくるはずの母さんの声が聞こえない。

 なんなら生活音も聞こえない。この時間なら、夕食の準備真っ只中のはずなのに。


 外出………は、していない。家族全員の靴が、俺の足元にある。

 なら、一体何が?


「………母さん?居ないの?」


 強盗、病気、その他………想定できる全ての異常事態を警戒しつつ、ゆっくりと居間に通じる扉を開く。


 そこには、父さんと母さん、そして舞……三人全員が、無言でテーブルを囲っている姿があった。

 見知らぬ黒服とか、風邪で苦しんでいる様子とか、そういうのは無い。


「帰ったか、蓮司」

「ごめん、ちょっと立ち読みしてて………。えっと、どういう状況?」

「大事な話がある。お前も座れ」


 異様な雰囲気に困惑しつつ、言われるがままに席につく。

 電気も付けず、一体どうしたというのだろう。


 父さんと母さんはどちらも渋い顔をしていて、舞は普通にスマホを触っている。

 いや、スマホ使うなら電気つけろよ、目悪くするぞ。


「揃った事だし、早速話すとしよう」

「一応聞くけど、説教的な話?」

「いや、今まで隠してきた事を話す。蓮司、舞。お前達には黙っていた事だが───」


 言い終わる前に、俺はなんとなく続く言葉が想像できてしまった。


 いや、だって、あるあるだし。こういう展開は、アニメや漫画だと良くある………良くある?まぁ、見たことある。

 だが現実に起こり得るのかと言われれば、どうだろう?

 言われるまで気づかないなんてことがあるのか?いや、無いだろ。


 ………だから、これから言われるのは違うことなんだ。

 決して、『お前たちは本当の兄妹じゃ無いんだ』なんて、テンプレートなセリフは飛び出してこないんだ───。


「御堂家は、、血が繋がっていないんだ」

「全員!!?!?!」


 飛び出してこなかったけど、もっとやばかった!?


 え、全員!?この四人全員血縁関係無しなの!?

 確かに誰も似てる部分無いけど!!全員違う事あんの!?


「蓮司は母さんの親戚の子で、本当の両親は事故で死んでいる。物心付く前に母さんが引き取った。舞は俺の友人の子で、こっちも両親が死んでいる」

「えっ、えっ?えぇ………?な、なんで二人も血も繋がってない子供を引き取ったの?」

「………お母さんね、子供が出来ない体なの」


 不味い、予想以上に重い事情があったっぽいぞ。


「結婚して、中々子供が出来なくて………病院で検査したら、自分じゃ子供が産めない体だって言われたの。そんな時に、蓮司の引き取り先の話が出てきて………」

「一年後には舞の話を聞いた。妹か弟が居たほうが、蓮司も嬉しいだろうと思って引き取って………今の御堂家が出来た」


 父さんも母さんも、これ以上何かを言うことは無かった。

 俺と舞は情報の密度と量に唖然とし、間抜けな顔のまま見つめ合った。


 しばらくして、舞が恐る恐る尋ねた。


「………なんで急に話したの?」

「前々から言おうとは思っていたんだ。ただ、子供のお前たちに話すのはどうかと思ったし、中々言い出す勇気も無くってな………」

「舞も、もうすぐで高校生だし。それに、このまま黙っていたら、先に蓮司が独り立ちしちゃいそうで………。それで、今話すことにしたの」


 二人が頭を下げようとする。

 俺はそれを慌てて止め、口を開いた。


「あ、謝ろうとなんてしないでよ、別に悪い事したわけじゃ無いんだし」

「でも、こんな事をずっと黙ってて……」

「本当の親が死んだなんて話を早くに話されても困るし、今にしてくれてありがたいくらいだよ。それに、本当の親とか言われても、さ。俺の親は、二人だけだから」


 だって顔も知らんし。

 なにより二人は、血が繋がっていないなんて感じさせないくらい、俺の事を、舞の事を愛してくれた。


 それは真実なんだから、じゃあそれで良いじゃん。と、俺は思ってる。


「私も、同じ。お父さんがお父さんだし、お母さんがお母さんだから」


 舞がそういうと、堪えきれなくなったのか、二人は静かに泣き始めた。


 ………生徒会長の言ってた「告白」とは違うけど、この「告白」も凄く勇気が必要で………逃げ出したくなるような、そんな告白だったんだろう。


 それを受け入れてもらえて、安心した……ってことだろうな。



 血縁関係が無いと知らされてなお、俺達の関係は変わらない。

 父さんは父さんだし、母さんは母さん。俺は二人の息子だし、舞は二人の娘。

 これからも、四人仲良く───














「おはようっ、お兄ちゃん!」


 ―――朝。

 今まで聞いたことも無いような甘ったるい声が、俺の真横から聞こえてくる。


 寝巻き姿の舞が、俺の腕に抱きつき、肩に頰を押し当て、明るく笑っていた。


 俺の布団の中で。



 ………変わり過ぎでは?

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