告白………約束?


 無言のまま、見つめ合う俺達。


 片や美麗で皆から好かれる生徒会長、西園寺貴音。

 片や己をイケメンと勘違いし、手当たり次第に女を口説いてきた俺。


 明らかに格差のある組み合わせだが、しかし告白したのは下の者ではなく生徒会長上の者


「………それ、は」


 面と向かって告白されるのは初めてなので、つい言葉に詰まる。

 しかし、俺の返事は、その言葉を聞いた時点で決まっていた。




の件………ですか」




 ―――夏休み前。


 まだ自分がイケメンだと思い込んでいたあの日、俺はアプローチついでに生徒会長の仕事を手伝っていた。

 ちょうど他の生徒会役員たちが各々違う用事で居ないタイミングで、人手の必要な仕事が入ってしまったのだ。


『なんだか元気がないですね、生徒会長?』

『あはは………。わかって、しまいますか。と言っても、元気がないのとは、また違うのですが…………。その、少し、悩み事がありまして』

『良かったら、俺に話してもらえませんか?解決のお手伝いを、とまでは言えませんが、誰かに話すだけでも楽になる物ですよ』


 態度には出していなかったものの、顔色が優れなかったので取り敢えず聞いてみると、彼女はどうやら悩みがある様子。


 爽やかに微笑みながら促してみると、彼女は少し躊躇う素振りを見せつつも、悩みを打ち明けてくれた。


『………実は最近、告白される回数が増えているんです』

『最近、ですか』

『ええ。理由は定かではありませんが、急に。昨日なんて十数人の男子が列を作って私に告白してきて………。好意を寄せていただけるのは嬉しい事ですが、私は恋愛に興味がありませんし、想いに応える事が出来ず。ですが、申し訳ないという気持ちはあるので、その……心労、と言うと少し違いますが、精神的な負担があり……』


 困ったようにはにかむ生徒会長を見て、作業の手を一度止める。


 ―――誤解無きように先んじて言っておくと、俺は極めて真面目に、解決策を考えた。

 「誰とも付き合う気が無い」と公言してみる、とか。生徒会長権限で恋愛禁止令でも出してみる、とか。


 ただ、色々考えた中でが一番最高だと思って、生徒会長にもメリットしかないだろうと思って、馬鹿正直に申し出てしまった。


『………生徒会長』

『はい』

『俺と付き合いませんか』

『―――――はい?』


 生徒会長は目を白黒させながらこちらを見てくる。

 少しの間硬直したかと思えば、彼女は酷く困惑した様子で尋ねて来た。


『な、何故急に、告白なんて………』

『厳密には告白ではありません。生徒会長が恋愛に興味がない事は知っていますし、俺も嫌がる相手と恋愛しようとは思いませんから』

『では、どういう意味ですか?』

になりませんか、という意味です』


 生徒会長は何も言わない。ただ、考える素振りを見せた。


『恋人がいる、という風に振舞えば、告白してくる相手も居なくなるはずです。普通、恋人がいる人にアプローチをするような人はいませんから』

『確かに、そう………かも、しれませんが』

『それに俺だったら、誰も文句を言ったり、逆恨みしてくる事も無いでしょうし』


 勿論この発言は「だって俺イケメンだし。誰の目にも釣り合って見えるだろ」という意味である。

 全くもってそんな事は無いのに、我ながら凄まじい自信だ。


 どうです?と尋ねると、生徒会長はただ首を横に振った。


『その申し出はありがたいですが、お断りさせていただきます』

『一応、理由をお聞かせいただいても?』

『………嘘であっても、交際は交際。貴方のような気の多い方と付き合うのは、嫌です』

『はははっ、手厳しい。―――すみませんね。役に立たないばかりか、辟易しているだろうを無駄にやらせてしまって』

『いえ。貴方は私を気遣ってくれただけ。それを無下にしたのは私です。謝るならば寧ろ―――』

『良いんですよ。アドバイスってほどでもないですが、断る側だからと言って罪悪感を覚える必要も無いですよ。寧ろ好きなだけ迷惑がってやれば良い。だって相手が勝手に惚れて来ただけなんですから』


 因みにコレは、全ての女子から好かれていると勘違いし、それを心労に感じた俺が辿り着いた結論。つまり中学時代の、それも一番痛い時の思想である。

 「イケメンな俺に惚れてしまうのは仕方ないが、それに対し俺が逐一罪悪感やらなにやらを感じてやる必要は無い。恋に落ちたのは相手の方なのだから」―――なんて。もう、バカかと。アホかと。お前一度も告白された事ねーだろと。


 生徒会長はやや引き攣った愛想笑いを浮かべ、特に何も言わなかった。

 今にして思えば確実に「何言ってんだコイツ」と思われていたのだろうが、当時の俺は「またしてもイケメンが一人の美女に救いの手を差し伸べてしまったか……」とか自惚れていた。


 頼む。誰かコイツを殺してくれ。


『―――偽装恋人の件。気が変わったらいつでも言ってください。生徒会長の騎士ナイトなら、喜んでお受けしますよ』


 手伝いを終えて生徒会室を立ち去る時、そんなセリフを吐いた俺に、生徒会長はやはりというか、困ったような笑みを浮かべた。

 



 この後も何度か生徒会長と共に仕事をしたり、話したりする機会はあったが、一度も偽装恋人に関する話題は出なかった。

 今までは「気の多い男、ね。女が俺に群がってるだけだが、傍から見ればそうなるか」とか考えていたし、特に気にする事も無かった。

 勘違いに気づいた今は、ただただ「恥ずかしい、忘れていてくれ」としか思っていないわけだけど。


 ………だが、まさかこんな事になるとは。


「随分といきなりですけど、何かあったんですか?また告白される頻度が増えてきたとか………」

「………焦り、です」

「焦り?」

「はい。私も、その………恋に関して、焦燥感を覚える出来事がありました。それも、つい先日」


 チラチラと俺に視線を送ってくる生徒会長。

 言いにくそうに、俺に察してもらう事を期待しているように、核心に触れない言い方をしてくる。


 なんだろう、クラスメイトが恋バナしてるのが聞えてきて、とか?


「それで、いつまでも恋愛に興味がないと言っているわけにもいかない、と思い………」

「俺とのやり取りを思い出して、今に至る、と」


 叶うことなら思い出さないで欲しかった。俺に関する全てを。


 さて、どうしようか。あの生徒会長からの告白だ。偽装とは言え恋人になれるのだし、喜んでお受けするべきか。それとも―――なーんて、悩む事は無い。


 最初に言った通り、俺の返事は既に決まっている。


「生徒会長。申し訳ありませんが、その告白は断らせていただきます」

「―――は?」


 偽装恋人の件、自分から言っておいてなんだが、今の俺には邪魔すぎる。


 生徒会長が恋愛に興味を示そうが何をしようが、俺に惚れる事は無い。

 なんせ俺は気の多い男。あだ名はエセホストである。生徒会長の好みから外れるどころか、嫌われるタイプだ。


 つまり「嘘の関係から真実の愛へ!?」といったは望めない。

 彼女の隠れ蓑か恋愛の教材として使われて、役目が終われば彼女の好みにあった他の男にバトンタッチ。

 その間生徒会長の恋人として、否応なしに注目を集める。


 フェードアウト作戦を強制的に凍結する癖に、得られるものが約束された脳破壊だけなんて、損しか無いじゃん。


 だから生徒会長に悪いけど、お断りさせていただく。

 なんか室温が三度くらい下がった錯覚を覚えたし、生徒会長から信じられないくらい低い声が聞えたが、目を逸らさず、姿勢も崩さない。


 俺は寝取られが嫌いだし、何よりも恥ずかしい過去と、俺という存在を消し去りたいのだ。


「ごめんなさい、きっと聞き間違いだと思いますが………今、なんと?」

「ですので、断らせていただくと」

「何故?」


 食い気味に尋ねて来る。

 ずい、と体を近づけ、俺を濁った眼で見つめて来る。


 そ、そんなに断られたのがショックだったか。まぁ、今まで断る側ばかりやって来たのだし仕方ない……のか?


「今は少し、問題がありまして」

「問題とは?」

「俺個人の問題です。傍から見ればしょうもないような……俺にとっては、何よりも大事な問題が、あるんです」

「………もしかして、九条さんの事ですか?」

「いえ、別に」


 なんで事あるごとに名前を上げられるんだ、九条は。

 アイツなんかやらかしたのか?


「教えて、いただけないのですか?」

「もし教えて欲しいなら、生徒会長ももう少し詳細を語るべきでは?焦燥感を覚えるに至った経緯、とか」

「そ、れは……」


 嘘は吐かない。ただ、堂々と隠す。

 俺は隠し事をしているぞ、ってな。


 嘘を吐くとバレるリスクがあるが、隠すだけなら追及されるだけで済む。

 それを上手く乗り切る技量さえあれば、いつまでも秘密を暴けない事に相手が癇癪を起し、勝手に興味を失くしてくれる。


 小学生時代に学んだテクニックだ。


 事実、生徒会長は言葉に詰まり、一歩後退した。

 背けた顔は真っ赤で、声が震えている。


「い、言えない……です。その……恥ずかしくって」

「奇遇ですね。俺が隠しているのも、凄く恥ずかしい事なんです」


 遂には黙り込む。

 こうなれば、ほぼ俺の勝ちだ。


「別に、今は断らせていただくというだけです。生徒会長が本当に困っているならまた頼んでくだされば良いですし、その時に問題が無ければお受けします。―――ですので、今日は諦めてください」

「………はい」

「話は以上ですね?そろそろ昼休みも終わりますし、教室に戻ります」

「………はい」


 踵を返そうとするが、生徒会長が急にしおらしくなったせいで帰るに帰れない。


 しかし俺の問題について話すとか、生徒会長の告白を今ここで受け入れるとか、そういう事は出来ない。

 かといって、このまま放置しておくのも夢見が悪い。


 となればどうするべきか………。


 必死に頭を回転させ、取り敢えずの答えを出す。

 生徒会長が求めているのは、恋愛に対する焦燥感を失くすこと。そのための一番手っ取り早い手段が俺との偽装恋愛だったわけだが、それが頓挫してショックを受けているのが現在。


 で、あれば。偽装恋愛に変わる、別の手段を用意する。或いは、ほんの一時でも焦りを忘れられるようにする。

 そのどちらか……或いは両方を満たす方法を取れば良い。


 すなわち。


「話は変わりますが、さん」

「えっ、今、名前―――」

「良ければ、俺とデートしませんか?」


 『楽しませて気分転換させ、その時間を活かして別の冴えた手段を考案する作戦』、実行だ。

 

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