突然の───生徒会長?


「おはよう、九条さん」

「ええ、おはよう」


 朝。今度は俺の方から九条へ声をかける。

 

 最初の頃は挨拶さえ無視されていたものだが、今では返事くらいならしてくれる。

 それも罵倒無しで。


「今日も綺麗だね」

「あなたは変わらないわね。二言目には、そういうセリフ……はっきり言って、不快だわ」

「気分を悪くさせたならごめん。でも、ホントの事だし。相手を褒める言葉は、積極的に言おうって思ってるから」


 なお二言目には大抵罵倒が飛んでくる。

 俺が二言目には口説こうとしていたのが原因だとは思うけど。


 因みに勘違い野郎時代にはもっと長く、何より事を言っていたが、流石にそこまで真似できない。だって恥ずかしいし。

 それにほら、フェードアウト作戦もあるから、あんまり長いセリフばかり吐くのはよろしくない。

 セリフの長さは存在感の強さ。だから、これも仕方のない事なのだ。


「その思想は立派だけれど、誰にでも同じようなことを言っていれば、褒め言葉も価値がなくなるものよ」

「かもね。でも」

「それに。ただ褒めただけのつもりが、勘違いさせてしまう可能性もあるわ。だから………」


 俺の言葉を遮るように、少し大きな声を出す。

 九条は体を俺に向け、真っ直ぐに目を見て言った。


「ちゃんと、相手は選びなさい」

「………わかった」


 言い方も相まって、先生に叱られる生徒みたいな感覚だ。

 何より、九条の言っていることは正しい。勘違い野郎時代の俺ならいざ知らず、今の俺には深く刺さる言葉だ。


 実際、誰彼構わず褒め続けたせいで、途中から「はいはいありがとー」と流してくる人が増えたような………そんな気もする。 


 ───ま、九条は「私にそういう事を言うな」って意味で言ったんだろうけど。


「例えば、その……私だったら勘違いもしないし……」

「控えるようにするよ、ありがとう。気遣ってくれたんでしょ?」

「えっ、ええ……そうね」


 ボソボソと何か言っていたのを、今度はこっちが遮る。

 正論は耳に痛い。だからシャットアウトだ。


 なんだか困惑している様子だが、多分俺が言葉を遮ったのが意外だったのだろう。

なんせ今までの俺はプレイボーイ(気取り)。女の言葉はなんであれ、最後までしっかり聞いていた。

 もちろん、男相手でもちゃんと最後まで聞いてたぞ。


 その後は当たり障りのない会話をして、先生が入ってきたタイミングで席に戻った。

 田淵先生は何事も適当に手早く済ませたがる人なので、5分も経たずにホームルームが終わる。

 普段ならそのまま去っていくのだが、先生は「それと」と言ってこちらに視線を向けてきた。


御堂みどうは私の所まで来るように。以上だ」


 御堂とは俺のことだ。

 因みにフルネームは御堂みどう蓮司れんじ。ちょっとキラキラネームじゃないか?と自分では思っているが、名前のせいで損するような事は今まで一度も起きていない。


 ………いや、勘違いメンタルのせいで気づいていなかっただけで小馬鹿にされたりしてたのか?

 今となっては確かめる術も無いが。


「で、なんの用です?」

「ちょっと聞きたい事があってな。少し場所を変えよう」


 生徒達が自由に歩き回っている中、一直線に先生の下へ向かうと、そのまま教室の外へ連れ出された。そして無言のまま、人気のない階段付近まで連れていかれる。

 帝黎学園の校舎は広く、使われない階段なんかが三つほどあるので、こうした人に聞かれたくない話をするのに便利だ。


 どんな話をされるか見当もつかないけど。


「まず、昨日は何時まで学校に居た?」

「何時までって……具体的には覚えてないですけど、ホームルーム終わったらすぐに帰りましたよ。九条にしつこく話しかけながら」


 実際はそこまでしつこくしていなかったが、途中まで一緒に帰った事に変わりはないのでそういう事にしておく。

 フェードアウト作戦がバレたら、なんか面倒くさい事になりそうな予感がするのだ。


 先生は「九条と一緒、か」と呟いて、続けて質問してくる。

 一瞬表情が険しくなったというか、視線が刺すような鋭い物に変わった気がしたが………多分、気のせいだろう。


「そうか。ではもう一つ、これが一番大事な質問なんだが………磯垣いそがきという女に心当たりはないか?」

「磯垣っていうと、金髪の、不良って感じの?」

「やはり知り合いだったか……」


 俺の言葉を聞くや否や、額に手を当てて溜息を吐く先生。

 なるほど、磯垣と、なんらかの形で遭遇したらしい。


磯垣いそがき魅空みそらと、ソイツは名乗っていた。東高校の二年生らしいな」

「俺の知ってる磯垣と同じですね。それで、アイツがどうしたんです?」

「実は昨日の放課後、この学校に来てな。こんな物を渡してきた」


 言葉と共に懐から出されたのは、墨でデカデカと『果たし状』と書かれた手紙。


「御堂蓮司に渡しておいてくれ、と言われたのだが………お前、女と喧嘩するようなヤツだったか?」

「別に?男相手でも女相手も、本当にどうしようも無い時以外は基本的に穏便に、言葉で済ませますよ。―――ほら、俺ってば口が上手でしょう?」

「はっ、どうだかな。―――教師として、あまりこういう物の受け渡しに協力したくないのだが……」

「俺なら大丈夫だって、信じてくれているんでしょう?だからこうして、人気のないところで伝えてくれた」


 先生の手にそっと触れ、軽く撫でるように指を這わせつつ、果たし状を掴む。

 先生は視線を四方に泳がせ、微かに頬を朱色に染めつつ、果たし状を持つ手の力を緩めた。


「果たし状、確かに受け取りましたよ」

「………その、無茶はするなよ?磯垣という女は、どうもかなり有名な不良らしいし……噂だと、大人数人がかりでも一方的に気絶させられたとか」

「事実ですよ、ソレ。実際その現場に居合わせましたし」

「な、なのにそんな堂々としていられるのか、お前は」

「まぁ、はい」


 だって俺、磯垣に


 この果たし状も、どうせ敗北した時に言っていた「次は負けねぇ」のアレだろう。

 あの時「君からのお誘いなら喜んで」とか返しちゃったし、無視するわけにもいかないよな。


 それにしても、今日の先生は随分と気弱というか、心配してくれるな。

 俺のあだ名を笑ったり、普段は結構ドライというか、小馬鹿にして来る方なのに。

 まさか磯垣に一発殴られ―――なんて、アイツはそんな真似しないか。



 ………さて、と。


 このまま去ろうとしても先生が何事か言ってきそうだし、ここは勘違い野郎時代の言動を上手く継続するための練習も兼ねて、一発………


「だから、そんなに心配しなくても大丈夫だよ。


 敢えて敬語を止め、名前で呼び、微笑む。

 アニメなら綺麗な一枚絵、漫画なら素敵な見開き一ページになっている事だろう。


 しかし、イケメンではない。


「なっ―――」

「でも、心配してくれるのは嬉しいから、それはありがとね。―――じゃ、授業あるんで、失礼します」


 絶句して、その場で硬直した先生を置いて、教室へ戻る。

 その途中で果たし状の中身を確認したが、まぁ大体予想通りの事が書いてあった。


 …………そういや、果たし状って罪に問われるんじゃ無かったっけ。

 決闘に関する罪とかなんとかで。






♡―――♡






「御堂蓮司君は居ますか?」


 昼休み。相変わらず冷たい態度の九条へ、ほぼ一方的に話しかけていた俺を、教室の入り口の方から誰かが呼ぶ。


 誰か、とは言ったが声でなんとなく誰かわかる。

 なんせその人もまた、俺が口説いていた美女なのだから。


「ここに居ますよ、生徒会長」

「ああ、良かった。少し、話があって。―――お時間、よろしいかしら」

「ええ、構いませんが……」


 九条の下まで一度戻り、彼女の近くの席に置いていた弁当を片付け、カバンに仕舞う。

 ついでに九条に軽く頭を下げておく。


「ごめん、なんか呼ばれちゃったし、また後で」

「………別に、あなたが居ようが居まいが変わらないわ」

「ははっ、そうかもね」


 再び生徒会長の待つ入り口付近まで行くと、彼女は半眼になり、こちらをジトッと見つめていた。

 腕を組んで、どこか威圧感を感じさせてくる。


 この人、普通にしているだけでもあやかしみたいな雰囲気あって、ちょっと怖いんだよな。

 まぁ、それ以上に美人だし、スレンダーで素敵だし、つい熱心に口説いちゃったんだけど。


「……行きましょうか」

「あ、はい」


 俺の前を歩く速度は、そこそこ早い。

 廊下を走るような真似はしないが、ほぼ競歩みたいな速度だ。


 そんな速度だから、目的地にもすぐに着く。

 生徒会室だ。


 この学園では一応、生徒会役員以外にも解放されている。

 流石に会議の時は関係者以外立ち入り禁止になるが。


「それで、話とは一体?」


 呼び出されるのは本日二度目。特に悪い事をしたわけでも無いのに、妙な緊張感を覚える。

 パトカーが近くにいるだけでなんか緊張してしまうように、親が不機嫌そうに見えるとドキッとしてしまうように、僅かな心労が生じてしまうのだ。


 俺の質問に答える事無く、生徒会長は部屋の奥まで歩いていき、窓の前で立ち止まった。

 美しい後ろ姿が、差し込む光に強調されて、つい息を呑んでしまう。


「お話は、二つ。一つは、最近聞いた噂について。もう一つは………いえ、まずは一つ目の話からしましょう」

「噂って、まさか俺の噂ですか」

「ええ。―――あなたが、九条さんとお付き合いされている、とか」


 僅かに振り向き、片目だけが見えるようになる。

 その視線は鷹のように鋭く、どこかジメッとした重苦しさがあった。


「デマですよ、ソレ。色んな人に言われましたけど、根も葉もない与太話です」

「………本当に、そうでしょうか」


 どこに疑う余地があるんですか。とため息交じりに言ってしまいそうになるが、なんか露骨に不機嫌だし、止めておく。


 というか、なんで皆して九条との関係を聞いてくるんだ?別に俺とアイツがどうなろうと関係ないだろうに。


 いや、でも九条って男も女も分け隔てなく遠ざけてるし、その中で唯一近づいたかも?ってヤツが居たら気になるか。

 それで不機嫌になるのはよくわからないけど。


「まぁ、この話は良いです。あなたが否定するのなら、そういう事なのでしょう。肝心なのは、もう一つの話の方ですし」


 くるりとその場で半回転し、こちらに体を向ける。

 そのまま真っすぐ俺を見つめ、彼女は淡く、それでいて淫靡な笑みを浮かべた。


「御堂蓮司君」

「はい」


 そして。


「私、西園寺さいおんじ貴音たかねと、お付き合いしていただけませんか?」


 そのまま、告白してきた。

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