王子様?―――いや、お姫様!
夏休み明け二日目。
俺はまたしても九条の怒りを買ってしまったらしく、教室に入って直ぐに詰め寄らた。
怒りの原因は会話の短さ。自分の返信に応えてくれなかったのが気に食わなかったらしい。
面倒くさい彼女かって。もうコイツ俺の事好きなんじゃねぇの?
「い、妹の宿題手伝ってたら、思いのほか手間取っちゃって……」
「学年一位のあなたが、妹さんの宿題に手間取る事があるの?」
昨日と同様に誤魔化そうと思ったが、今度は失敗。
視線がさらに鋭くなり、発する圧が強くなる。
因みに俺は頭が良い。自慢では無いが、かなり勉強が出来る方だ。
それこそ夏休み前のテストで学年一位を取るくらいには。
なんせ「イケメンな俺は外見だけでなく、内面も実力も完璧でなければならない」とか考えて、運動も勉強も全力で取り組んできたからな。学力は言うまでも無く、スポーツだって人並み以上に出来る。
と言っても、本気でスポーツに打ち込んでいるヤツには敵わない程度だが。
あくまで凡人に毛が生えた程度のレベル。体育の授業でそこそこ活躍できる程度だ。
「いや、手間取ったのは教える方。俺一人でやるならともかく、妹に理解させるのが中々難しくってさ」
「………妹さんは確か、中学三年生だったかしら」
「うん。高校受験がー、って言って頑張ってるよ」
鋭い視線が、訝しむような視線に変わる。
彼女は体が触れてしまいそうな距離から少し離れ、小さく息を吐いた。
「今回は、そういう事にしておいてあげる」
そしてそのまま自分の席へ戻っていく。
今までの俺ならそのまま着いて行って会話を続けていた所だが、フェードアウト作戦実行中の俺は違う。
彼女から声をかけて来た時点で教室中の視線を集めていたし、これ以上会話を続けて目立ちすぎるのは悪手だ。
これまで通りの振る舞いを意識し、しかし目立ちすぎるのは避ける。
完璧な調整だ。
―――それにしてもさっきのセリフ、とても会話が続かないような罵倒を送って来たヤツのセリフじゃないな。
ま、可愛いから良いんだけどさ。
♡―――♡
その後、特に何事も無く昼休み。
普段は弁当を食べている俺だが、うっかり家に忘れてきてしまったので、仕方なく購買へ向かった。
ただ、今まで弁当生活を続けてきた弊害か、俺は購買というモノを舐めていた。
普通に行って、普通に物色して、普通に購入―――そんな甘っちょろい想定のまま、購買部へ訪れてしまった。
「ぐっ、邪魔だクソッ!焼きそばパン二つ!」
「メロンパンとカレーパン!あと―――ぐべっ!?」
男子も女子も、先輩も後輩も、そこにはなく。
狭い購買部の区画に皆が押し寄せ、財布を掲げて注文を叫んでいた。
そこにあったのは、ショッピングではない。戦争だった。
「………こりゃ今日は昼飯抜きだな」
深く深く溜息を吐き、項垂れる。
そこまで強くなかったはずの空腹感が、昼飯を諦めた瞬間に強まった。
自販機でジュースでも買って腹を埋めよう―――なんて考えて、その場を離れようとしたその時。
「浮かない顔だね、王子様?」
「っ、
真横から声をかけられる。
声の主は
九条や田淵先生と同じく、俺が口説いてきた女であり―――勘違い野郎時代の、最大のライバルである。
「その袋……!まさかお前、あの戦場を潜り抜けて来たのか!?」
「戦場って、大袈裟………でも、無いか。まぁ、余裕だったよ?」
西城の手にはレジ袋が握られていた。俺が立ち入る事すら諦めた戦場を、見事駆け抜けた証だ。
素直に称賛する気持ちが湧き上がると同時、悔しいという感情も湧き上がる。
なんせコイツは俺のライバルだった女。
何であれ、コイツに負ける、というのが屈辱的に感じてしまう。
「それで、どうして君がここに?いつもは弁当を持参してきているはずだけど」
「忘れたんだよ。それで初めての購買に、って思って来てみたら、アレだ」
「あぁ。昼飯抜き、ってそういう事か」
「聞いてたのかよ」
「あんな声量で誰にも聞かれないと思ってたの?」
呆れたように言ってくる。
ただ実際その通りで、俺の独り言は大きい。基本的に子供に甘い両親でも、独り言に関しては結構真面目に注意してきたくらいだ。
自分でも直そうとは思っているんだが、中々上手く行かない。
「ま、いいや。取り敢えずついてきなよ」
「え、なんで」
「お弁当、分けてあげる」
♡―――♡
「はい、あーん」
西城が、大きな唐揚げをまるっと一個差し出してくる。
俺はしぶしぶ口を開いてソレを食べさせてもらい、ゆっくりと味わって呑み込む。
「どう?」
「美味しい。すっごく美味しい」
「ふふっ。良かった」
まるでカップルのようなやり取り。これを人前でやろうものなら嫉妬か軽蔑の視線を浴びせられるに違いない。
西城が選んだ場所が、人気のない屋上で良かった。
「実はこれ、ボクが作ったんだよね」
「マジかよ、凄いな。店出せるレベルだぞ」
「大袈裟だなぁ」
微笑みつつ、今度は卵焼きを差し出してくる。こちらも美味い。
西城は購買で食事を買っていたはずなのに、何故弁当を持っているのか。
その理由は簡単で、アレは体育で足を挫いてしまった友達の代わりに買ってあげたもので、自分が食べる用の物では無かったのだ。
あの戦場に負傷した状態で挑むのは確かに危険だしな。
「一週間ぶり、だね。こうして話すの」
「そうだな。夏祭り以来だ」
今度は自分で唐揚げを食べつつ、顔を背ける西城。
ここ最近の九条のような、不機嫌そうなオーラを感じた気がしたが……多分気のせいだろう。
だってコイツの場合、本当に不機嫌になる理由が無いし。
―――西城蒼。
この学園で唯一俺と同じ中学に通っていた女であり、中学時代から継続して口説いてきた数少ない女だ。
そして唯一のライバルであり、唯一『惚れさせる』と明言した相手でもある。
そもそも、コイツは会う前から気に入らないヤツだった。
絶世の美男子、と評される程に整っていて、中性的な容姿。
言動の全てが絶対的な自信と爽やかな格好良さに満ちていて、歯の浮くような恥ずかしいセリフを堂々と吐く。
毎日のように女子から告白され、ついたあだ名が王子様。
そんな噂が毎日のように聞こえてくると、自分こそイケメン、自分こそ頂点、自分以外に頓着する必要は無い―――とか考えていた俺も流石に不愉快になる。
だから実際にどの程度イケメンなのかを確かめるべく西城のクラスに突撃し、初めてコイツを見た俺が一言。
『ただの可愛い女の子じゃん』
『―――えっ』
………そう。正直な話、俺には全くもって男に見えなかった。
これが絶世の美男子?これがイケメン?馬鹿にすんな。イケメンとは俺を指すのであって、こんな可愛い女の子を指す言葉じゃない。
今度は噂を流布していた周りの奴らにムカついて、俺は堂々と言い放ってしまった。
『噂の王子様がこれとはな。どうもお前らの目は腐ってるらしい。―――良いぜ、なら見せてやるよ。コイツが可愛いお姫様にすぎないってな』
言うまでも無いが、ブーイングの嵐だった。
調子乗んなとか言われた気がする。当時の俺は全く聞いていなかったが。
で、その日はそのまま帰って、次の日から西城へのアプローチを開始。
最初こそ西城が戸惑っている事もあって、なんか上手く行っているような錯覚を覚えたが―――
『その程度でボクをお姫様扱いする、だなんて………ふふっ、修行不足じゃない?』
『ほら、エスコートするならもっと距離を縮めて―――』
『まさか諦めちゃった?―――ふふっ、だよね。そう言ってくれると思ってたよ。ボクの王子様』
慣れて来ると、西城は俺を揶揄うようになってきた。
俺が翻弄するつもりが、逆に弄ばれるようになっていた。
それを見た周りの奴らは『やっぱり西城さんの方がカッコ良いよね~』とか『あんな大口叩いておいて、アイツの方がお姫様じゃん』とか、好き放題言ってくる。
屈辱だった。イケメンたる俺が、イケメン度で他の誰かに負けるなど、あってはならない事だった。
以来、西城蒼は超えるべき壁であり、落とすべき美女であり、ライバルだった。
まぁ、自分がイケメンではないという現実を受け入れた今となっては、関係のない話だけど。
「地元の小規模な祭りってのも楽しいもんだよな。ま、再来週のデカい花火大会の方も楽しみだけど」
「そっか、再来週だっけ」
「ああ。せっかくだし、また一緒に行くか?」
コイツは勘違い野郎時代の中でも一番痛かった中学時代を知る女。
当然、最後の最後にはコイツの脳内から完全に消え去ってやる必要がある。
……が、いきなり露骨に距離を置くと怪しまれるし、やっぱりコイツに対しても、しばらくはこれまで通りを意識して接してやらねばならない。
さしあたり、デートには誘うだけ誘っておこう。
今までと違って、渋られても無理に頼まず、すぐ諦めるようにはするが。
西城は目を見開いたかと思えばすぐに俯き、やけに小さな声で尋ねてきた。
「………九条さんと一緒に行くんじゃないの?」
「え、なんで?」
「なんでって………。聞いたよ。ついに九条さんを口説き落としたって。あのエセホストがさ」
コイツも知ってんのかよ、そのあだ名を。
「別に落とせてねぇから。寧ろ嫌われてる方だわ。なんか今朝も理不尽に怒られたし」
「……ほんと?」
「嘘吐く理由も必要性もねーだろ」
嫌われてるって断言できるかと言われたらそうでもないけど。
とはいえ好かれているわけでは無さそうだし、大丈夫だろ。
西城は俯いたままボソボソと何かを呟くと、勢いよく顔を上げた。
「―――良いよ、再来週の花火大会、一緒に行こうか」
「お、おう。なんか急に元気だな、お前」
「そうかな?気のせいだよ、きっと」
そう言うと、西城は一気に弁当の残りを平らげ、手早く片づける。
「それよりもほら、もうすぐでお昼休み終わっちゃうよ。教室戻らないと」
「そうだな……弁当、マジでありがとな。美味しかったし、何より助かった」
「良いの良いの」
喋りながら、西城が急に腕を組んでくる。
視線を向けると、彼女はこちらに顔を見せないまま、小さく呟いた。
「………弁当を忘れたとか、そういう理由が無くても良いからさ。これからもちゃんと、ボクに会って話をするために、時間を割いて欲しいな」
「―――お前」
しおらしい態度と、思わせぶりな発言。
俺は決して鈍感難聴クソボケ野郎ではない。
自分がイケメンだという勘違い以外、これまで一度も勘違った事が無い。
だからわかる。わかってしまう。
もしかしてコイツ、俺のことが―――
「だって、唯一の同郷だもん。話しやすいって言うかさ。ほら、もう数か月経つわけだけど、まだまだ新しく出来た友達とはなーんか距離がある、みたいな?―――それに、まだボクをお姫様扱いできていないでしょ?」
………いいや。別にコイツ俺のことが好きとかそういうわけじゃねーわ。
ただ揶揄いたいだけだ。
べ、別にわかってたけどな?
「バーカ。周りに見せつけられなかっただけで、俺には最初っからお姫様にしか見えてねーよ」
ちょっと顔が熱いのは、好かれていると勘違いしたのが恥ずかしいとか、そういうのではない。
ただ、勘違い野郎みたいなセリフを吐くのが恥ずかしいだけだ。
余談だが、中学時代のコイツはあまり……言い方は良くないかもしれないが、女性的な体つきはしていなかった。
制服もスカートではなくスラックスを着用していたし、それも相まって美男子呼ばわりされていたのだろう。
だが今は違う。
俺が話しかけるようになって少し経った頃からスカートを着用するようになり、中学三年の頃には段々と身長が伸び、全体的に丸みを帯びてきた。
今ではグラビアアイドルもびっくりの素敵ボディな女の子である。
つまり、腕を組まれると、結構ドキドキするってこと。
態度に出さないようにするのがキツくなってきたぞ。
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