作戦凍結……?続行!



 チャット画面を見せつける、我らが『冷血姫』こと九条玲香。

 驚きざわつく野次馬クラスメイト達。

 そして何が何だかわかっていない俺。


 うーん、カオスだ。


「ど、どうして昨日連絡しなかったかって?」

「ええ」


 黙っているわけにもいかず、取り敢えず聞き返してみる。

 しかし九条は頷くのみ。


 いや、俺は詳しい説明が欲しいんだけど。


「毎晩、必ず連絡してきたじゃない」

「まぁ、そうですね……?」


 間違いではない。

 勘違い野郎時代の俺は『イケメンな俺が毎日話しかければ必ず九条もデレるだろう』なんて馬鹿な事を真面目に考えていたので、毎日どれだけ拒絶されても話しかけ続け、遂には連絡先を入手し、毎晩欠かさずメッセージを送り続けた。


 今考えれば迷惑千万。良く訴えられなかったな。


 ………さて。どうやら本当に、俺が連絡しなかった事が九条の不機嫌の原因らしい。

 正直信じられないが、一度謝っておこう。


「えっと、ごめん。昨日はちょっと………色々あって」

「色々って?」


食い気味に尋ねて来る。

常にクールな彼女らしからぬ勢いに、なんだか冷や汗が出てきた。


「あー………実は俺、偏頭痛持ちでさ。いつもは何でもないんだけど、昨日はいつになく酷かったから……すぐ寝ちゃってさ。ははは……」

「………そう」


 僅かな沈黙の後、九条は踵を返して自分の席へ戻って行った。

 彼女が去っていった事で興味を無くしたのか、野次馬達もこちらから視線を外し、会話を再開した。


 なんとかなった………が。


「どういうことなの………?」


 あまりの衝撃に、疑問が口から漏れ出る。


 だってあの『冷血姫』が、今まで俺のアプローチに罵倒か睨みのどちらかでしかレスポンスして来なかった九条が、どんな男子だろうと冷たく一蹴してきた九条が、たった一日連絡が来なかった事で不機嫌になったんだぞ?

 あの孤高の権化みたいなヤツが、面倒くさい女みたいな真似をするだなんて………正直、今でもこれが夢なんじゃないかと疑っている自分がいる。


 ───まさか本当にデレている、とか?


 普通に考えるならそうだが、勘違い野郎時代に貰った罵倒の数々が、つい先日までの彼女の冷たい態度が、その可能性を否定する。

 連絡先は交換してるし、デートにだって行ったが、それでも態度に変化は無かった。


 それが今更、この連絡をしなかった程度で?

 ありえないだろ。


「ん?」


 ポケットに入れていたスマホから、PAIPの独特な通知音が鳴る。

 確認すると、送信主は九条。


【さっきはごめんなさい。少し冷静では無かったわ】


 慌てて顔を上げて、九条を見る。

 目があった彼女は、心なしか申し訳無さそうな顔をしているような……そんな気がした。






♡―――♡





 悶々としたまま式を終え、ホームルームも終え、放課後。

 なんだか落ち着かない、という漠然とした理由から、俺は屋上に来ていた。


 日差しが強いが、風がそこそこ強く吹いているため結構快適だ。


「……はぁ」


 結局あれ以降九条とは話せていない。

 話せていないから、本当にデレてるのかどうか判断しかねている。


 しかし、もしアイツが俺にデレているとしたら。

 万が一、アイツが俺に惚れたのだとしたら。


 ―――それは、凄く嬉しい。


 割と節操なく沢山の相手にアプローチしてきた俺だが、どれも本気だった。

 もちろん、九条に対しても。


 自分をイケメンだと思い込んでいただけで、それ以外は俺そのものだった。

 可愛ければ性格に多少難があるとしても構わないし、より多くの美女に囲まれたい。あわよくば全員から好かれたい。

 そう思っていたし、イケメンな俺なら可能だとマジで考えていた。


 ………で、目を覚まして、どうせ今までのムーブで好いてくれる人なんているわけねーと思って全員から距離を置こうと画策したわけだけど―――。


「もしかして、あの勘違いムーブは正解だった……?」


 そうなると話が変わってくる。


 勘違いしてきたことは恥ずかしいが、それで九条に好かれるのなら、過去を受け入れ、続行する事もやぶさかではない。


 黒歴史と存在を抹消する『フェードアウト作戦』は、実行初日にして凍結───


「珍しいな。お前が一人で、とは」


 背後から声をかけられる。


 驚きつつ振り向くと、そこには俺のクラスの担任教師、田淵たぶちゆいが壁に背中を預けて立っていた。

 組んだ腕に豊満な胸が押し上げられ、少々目に悪い。


「別に珍しくもないですよ。先生こそ、何故わざわざ屋上に?」

「見ての通りだよ」


 言いつつ、タバコを箱から出し、指で挟む。


「敷地内全面禁煙でしょうに」

「理事長先生お墨付きの休憩所だぞ?」

「さいですか」


 だからって生徒の前で吸うかね?


 あくまでそう思っただけで声に出していないが、先生はニヤリと笑って、


「お前は気にしないんだろう?『先生なら、タバコの匂いもよく似合う。むしろ素敵だ』……だったか?」

「……………よく覚えていますね」

「入学初日で教師を口説いた生徒はお前が初めてだからな」


 その通り。俺は入学初日で、田淵先生を口説いた。


 だって、田淵先生はアニメや漫画に出てくるような、クール系美人女教師。

 勘違い野郎時代でもオタク趣味だった俺は、それはもう盛り上がって………つい、攻略しようとしてしまった。


 以来アプローチしては小馬鹿にされつつあしらわれる日々が続いたわけだが………


「なら光栄な事ですね。先生の記憶に残れるなら、それに勝る喜びはありません」

「へぇ………か?」

「なっ!?」


 何故それを!?いや、別にまだ惚れられたと決まった訳では無いけど!!


 わかりやすく肩を跳ねさせた俺を見て、先生は愉快そうに笑う。

 携帯灰皿に吸殻を入れ、肩を組んできた。


「かなり噂になっていたぞ?あの『冷血姫』がついにエセホストに落とされた、ってな」

「いやいや、まだ落としたとかそういうわけじゃ……………エセホスト?」


 聞き捨てならない言葉に、つい声のトーンが下がる。

 先生は「ああ」と頷いて、ニヤニヤしたまま告げる。


「お前のあだ名だよ。相手が女なら躊躇なく口説き、言い回しも態度もどこかわざとらしくキザで、挙句は相手を『姫』と呼ぶ事もあってエセホスト………くくくっ、良いあだ名だな?」

「………一応聞きますけど、他に何かあだ名とかあります?」

「ん?そうだな、プリンスとか乙女ゲーとか」


 言葉の途中で足元から崩れ落ち、突然膝をついた俺に先生が驚く。


 エセホスト!?俺のあだ名、エセホストなの!?

 名前そのものから名づけの理由まで全部合わせて最悪だよ!!確かに質の悪いホストみたいな事してたかもしれないけど!!

 ってか他のあだ名も酷ぇなオイ!

なんだよプリンスとか乙女ゲーとか!絶対(笑)ついてるだろ!んで乙女ゲーはどういう意味だよ!?攻略対象ってか!?


「お、おい、大丈夫か?」


 先生が一応心配してくれるが、返答する余裕はない。


 なんで俺は気づかなかったんだろう。エセホストとかプリンスとか、そんな陰口を叩かれていたなんて。

 きっと周りのそういう悪い言葉が入ってこない都合の良い耳と頭をしていたんだろう。現実が見えていなかったんだ。


 ………やっぱり、作戦凍結は無しだ。

 このまま勘違いムーブを続けて、一生『噂の笑い者』で居る訳にはいかない。

 もし仮に九条がデレ始めていて、このままいけば付き合えるのだとしてもダメだ。

 だって悪評が纏わりついてる男と、付き合い続けようと思うか?思わないだろ、イケメンでもないのに。


 何より、九条がデレたと決まった訳でもねぇし。

 無理して痛いヤツを貫く理由はないな。


「……すみません、ちょっと立ち眩みが」

「そ、そうか。もう殆ど生徒も残っていないし、お前も帰ると良い。なんなら家まで送ってやろうか?」

「いえ、大丈夫です」


 膝についた土埃を払って、そのまま立ち去る。


 改めて覚悟を決めた。

 勘違いムーブは完全に間違いだった。そして、この学園での俺は『痛いヤツ』で固定化されてしまっている。


 なら、その存在を消し去ろう。恥ずかしい過去も、付きまとうはずの悪評も、ここで葬ってやろう。



 ―――フェードアウト作戦、続行だ。






♡───♡






 なーんてカッコつけてしまったものの。

 しばらくの間はエセホストの誹りを受けつつも、勘違い野郎を貫かなければならない。

 大事なのはグラデーション。ゆっくりと、アハ体験のように消えていくのだ。


「そのためには、怪しまれないように連絡を、っと」


 ベッドに寝転がりながら、九条にメッセージを送る。

 デレているかいないかはともかく、連絡が無ければ不機嫌になる事は確か。

 また今日みたいに詰め寄られては、存在を消すどころではない。


 だから勘違い野郎を続けるように、九条へのメッセージも続けるのだ。


「取り敢えず連絡しなかった事の謝罪と、今までの俺が言ってきたような痛いセリフを送って―――あれっ、もう既読ついた!?早くね!?」


 メッセージを送った瞬間に、既読のマークがつく。

 これは丁度チャット画面を開いていたとかでない限り不可能な速度だ。


 もしかして、向こうから何か送ろうとしていたとか?


【相変わらず酷いセリフね】

【こんな事を恥ずかしげもなく、沢山の女性に言っているのでしょう?恥を知りなさい】


 返答はすぐに来る。


 やっぱりデレている様子はない。

 作戦続行の覚悟は正しかったようだ。


 ………けど、前よりはマシになっているような気もする。


 なんせ、最初の頃は【一々連絡してこないで。不愉快だから】とか【人の迷惑を考えられないの?】とか、勘違い野郎時代でさえ泣きそうになったレベルの言葉の刃が容赦なく振り下ろされてきたのだ。


 今にして思えば、良く耐えたよ俺。

 自分がイケメンだって思い込んでただけなのに。


あにぃー、宿題手伝ってー」

「はいはい。入っていいぞー」


 九条に何か返すべきかと考えていたが、舞が入って来たので一時中断。


 と言うか、あの罵倒相手に返答も何もないだろう。メッセージはもう送ったし、怒られる事も無いはずだ。


 ……それに、舞も舞でおざなりな対応をすると妙に不機嫌になるし。

 今度はこっちに集中だな。












「なんで昨日、すぐに会話を切り上げたの?」

「え、えぇ……?」


 翌日。教室に入ってすぐに詰め寄られ、昨日と同じく怒られた。


 ………どうして?

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