自分をイケメンだと勘違いしていた俺、反省するも口説いてきた美女達が許してくれない。

恋愛を知らぬ怪物

夢の終わり―――終わり?


 少し、恥ずかしい話をしよう。

 これは俺が中学生だったころの話。

 風呂上がり、何の気なしに洗面所の鏡を見てしまった俺に、あるが生じた。


 ───俺、かっこよくね?


 いやいや、まさかね?と鏡をよく見てみた。

 しかしそこには、変わらずイケメンが立っていた。


 目を擦ってもう一回見てみた。

 やっぱりイケメンがそこにいた。


 当然、そんな事は無い。俺はブサイクという程ではないが、決してイケメンというわけでもない。

 だがその時は思ってしまったのだ。自分はイケメンだと。かなりかっこいい男なんじゃないかと。

 そしてその気の迷いを、あろうことか両親相手に確かめてしまったのだ。

 親バカの擬人化とも言うべき、我が両親を相手に。


 そこからはもう、地獄の始まりだ。

 第三者両親のお墨付きをもらった俺は勘違いナルシスト野郎に大変化。

 「ただしイケメンに限る」系のムーブを、比較的普通の物から、本当のイケメンがやってもちょっと引かれそうなくらい痛い物まで、思いつく限りの事を恥じることなく、当然のようにやって来た。


 息を吸って吐くように口説くようなセリフを吐き、求められても居ないのにウィンクしてみたり、髪に付いてた芋けんぴを取って齧ったり………思い出すだけで蕁麻疹が出る。


 けどまぁ、所詮は錯覚。終わりというのは訪れるもので、誰に言われるまでも無く、俺は現実に気づいた。

 自分はイケメンなんかじゃないんだと。今までの言動が許されるような、そんな素敵な男では無いんだと。



 ―――高校一年生の、夏休み最終日になぁッ!!



「だぁあああああああッ!!どぉしろってんだよォおおおおッ!!」


 遅かった。あまりに遅かった。

 俺の勘違いイケメンムーブは中学生時代のちょっとした過ちなんてもんじゃなく、高校生時代に片足突っ込んだ所まで続いた。続いてしまったのだ。


 既に夏の終わり。俺の痛々しさは既に学年を超えて話題となっている。

 学力に合わせてそこそこ離れた私立に通っているのだが、その時に行われた人間関係リセットも無駄にしてしまったわけだ。

 せっかく俺の中学時代最も痛かった頃を知るヤツが一人しかいない場所に行けたというのに。


「許せねぇッ、許せねぇよ昨日までの俺ェええええええッ!!」


 諸悪の根源とも呼べる、洗面所の鏡の前で、力の限り叫ぶ。

 これまでの行動全てがフラッシュバックし、映っている顔は真っ赤に染まっている。


 勿論そこに映っているのはイケメンではない。

 ただの痛いヤツだ。


「転校………は、ダメ……だよなぁ………。三年間、この風評のまま生きて行かなきゃいけねぇってか?冗談だろ?」


 独り言が止まらない。これも十分痛い行動だと思うが、そんな事を気にしている余裕はない。



 俺の勘違いムーブは基本的に無差別に行われていた。

 同級生から、街中ですれ違う見知らぬ女子集団、初対面の店員さんまで、節操なくイケメンぶった行動を披露してきた。

 だが途中から、というか今通っている私立校『帝黎ていれい学園』に通い始めてからは、いわゆる『噂の美女』を狙うようになった。

 クラス1とか、学校1の、とか、そういう感じの美女だ。


 誰もが挑み、敗れてきた美女を相手にも、俺は勘違いムーブを崩さなかった。

 それが例え『冷血姫』なんてあだ名をつけられるような同級生でも、畏れ多くて誰も告白できないような生徒会長でも、中学が同じだった王子様系女子でも、クールビューティな担任教師でも、歯の浮くようなセリフを吐いたりデートに誘ったり…………もう思い出したくもない。


「ちょっと。さっきから何叫んでんの」

「げっ、まい………」


 吐き気が込み上げてきたちょうどその時、背後から声をかけられる。

 声の主は、妹の舞。明るい茶髪を片側で結び、ラフな格好をしている。手に持った棒アイスが、今にも溶け落ちそうだ。


「なんでもねーよ。それよかお前、アイス溶けてんぞ」

「なんでもないにしては魂が震えてる感じの叫びだったけど」

「どんな叫びだよ……」


 実際、魂の叫びだったとは思う。


 舞は訝しむような視線を向け、そのまま去って行った。

 完全にその姿が見えなくなった所で、俺は深い溜息を吐いて項垂れる。


「………どうしよう。いっそこのまま勘違いムーブを無理矢理にでも続けて―――いや、ダメだ。精神がもたない。多分二年生の春くらいにメンタル崩壊して自殺する」


 通りすがりの見知らぬ女性にウィンクして、初めて会う店員さんに投げキッスをし、塩対応を続ける『冷血姫』を一方的に口説き続ける。

そんな感じの毎日を、ここから最低三年間?冗談にしては笑えない。


「こうなったら、フェードアウト作戦だ。今の注目状態を100として、それを来年までには0にする。すぐに気配を消すんじゃ無くて、こう、グラデーション的な感じで」


 鏡の自分と向き合いながら、作戦を口にする。

 いきなり存在感を消すには、あまりに目立ちすぎた。

 だから不自然にならないように、誰にも気づかれないように、ゆっくりと存在感を消していく。


 段々口数を減らし、人と接する機会を失くし、最後に見た目も大きく変える。

 ギャルゲーの主人公みたいなメカクレスタイルにしようか。或いは髪型は変えず、眼鏡をかけて俯いて生活するとか。



 よ、よし。なんだか希望が見えてきた。

 早速夏休み明けの明日から、フェードアウト作戦を実行しよう。


「目指すは『あれ、こんなヤツいたっけ』系陰キャだ!ファイッ、オーッ!!」





♡―――♡





 夏休みが開け、学校が始まった。

 今日は始業式とホームルームだけなので、午前中で帰れる。


 しかし、学校に居る時間が短いからと言っていきなり飛ばし過ぎるのも良くない。

 ある程度人と話す。今のうちは、まだ勘違い野郎として振舞うのだ。


「おはよ、三宅さん。髪、結構切ったね。かなり思い切ったじゃん。―――ん?そりゃ可愛いよ。短いのも似合うね。」


「高橋さん。終業式ぶりだね。夏休み、かなり楽しんだんじゃない?だってほら、肌がちょっと焼けてるよ。―――え?いやいや、貶してなんかないよ。寧ろその小麦肌にちょっとドキッとしちゃった。………冗談?まっさかぁ!」


「久しぶり、鈴村さん。その本、夏休み前にも読んでたけど……休みの間は違うのを読んでたのかな?―――へぇ、学校用と自宅用で分けてるんだ。今度鈴村さん家の本棚見てみたいなー………なんてね?」


 取り敢えず女子を中心に声をかける。

 勿論男子にも声をかけるが、女子よりは少ない。

 『噂の美女』に声をかけたりイケメンぶってたりしたせいで、男子からはちょっと……いや、かなり嫌われているのだ。

 女子の方も対応はしてくれるけど、心なしか迷惑そうにしているような……いや、考えすぎだろ。考えすぎであってくれ、頼む。


 勘違い野郎だった時のように、堂々と会話を行う事数分。

 夏休み前ならば、イケメンな俺が嫌われるわけがない、むしろ好かれているのだから話しかけてあげないと皆に悪い―――とか考えて全生徒に声をかけていたが、今は現実を直視した挙句、フェードアウト作戦の真っただ中。

 話しかける数を減らし、徐々に繋がりを薄くしていく……そのために『今日話しかけないリスト』に登録しておいた生徒は意図的に避けていた。


 ………の、だが。


「ちょっと」


 『話しかけないリスト』の生徒から、突然声をかけられる。

 椅子に腰かけくつろいでいた俺の前に立ち、背筋が凍えるような冷たい眼差しを向けてくる。


 が自分から誰かに声をかける事は滅多に無いために、教室中の視線がこちらに集中する。

 視線のどれもが驚愕の色を帯びていて、耳をすませば近くの者同士で「え、マジで?」とか「なんで?」とか言っているのが聞える。


 かくいう俺もビビってる。

 だってコイツは、『話しかけないリスト』の中でも一番俺に声をかけてこなさそうな人物だったから。


「………おはよう、九条くじょうさん。何か用かな?」


 黒髪黒目に、綺麗系の顔立ち。

 スタイルは割と肉感的だが、バランスが良いのか、スラっとしたイメージを抱かせる。

 どこからどう見ても、完璧な美人。しかし纏うオーラは刺々しく、冷たい。


 典型的なクールキャラ。

 孤高の一匹狼を地で行く彼女の名は、九条くじょう玲香れいか


 入学後一週間の内に男子三十人から告白され、その全てを冷たく一蹴した伝説級の一年生。

 俺がついこの間まで口説き続けていた美女の1人、『冷血姫』の九条である。


「何か用、ですって?」


 眉がピクリと動く。

 いつも刺々しいオーラを纏っているが、今日は特に酷い。


 ここ最近は大人しかったような気がするが、一体何があったというのだろう。

 若干戦々恐々としつつも、今までの俺なら飄々としていたはずだ、と余裕を崩さず、彼女の言葉を待つ。


「本当にわかっていないようね。残念な頭をしている、とは前々から言っていたけれど、ここまで酷いとは思わなかったわ。あんなを忘れて、それすら忘れているなんて」

「大切なこと?」


 思い当たる節が無い。

 大切なこと……夏休みの課題?いやいや、全部初日に終わらせたし、何より課題について九条から何か言われる筋合いはない。


 では他に何か俺が忘れている事………まさか、さっき自主的に話しかけに行かなかったこと!?


 ―――なぁんてね。あの九条を、あんなウザくて痛いだけのムーブで口説き落とせるはずがない。

 それどころか寧ろ、する度に好感度がマイナスされていったはずだ。

 当時の俺はプラスと信じて疑っていなかったわけだけど。


 とにかく、俺が九条に話しかけることが『大切なこと』なんて異常事態は絶対にありえない。

 ましてその事で不機嫌になるだなんて、天地がひっくり返ってもあり得ない。


 ―――じゃあ、他に何が?


 首を傾げて黙り込んだ俺を見て、九条は深く溜息を吐いた。

 そして徐にスマホを取り出し、こちらに画面を見せて来る。


 映し出されていたのは、今や日本人の九割が使用しているとさえ言われるチャットアプリ『PAIPパイプ』のチャットルーム。

 相手は俺だ。一昨日までのメッセージのやり取りが表示されている。

 特に何の異常も無い。忘れている事も何も、特に約束事が書かれているわけでも無いが………


「どうして?」

「え?」

「どうして昨日はメッセージをくれなかったの?」


 教室が静まり返る。

 俺も目を見開いて、口を格好悪く半開きにして、九条を見た。


 彼女の顔はいたって真面目で、冗談を言っているようには見えなかった。

 元々こういう冗談を言うタイプでは無かったが、これで万が一の可能性は潰えた。



 ………えーっと。つまり。


 『冷血姫』と呼ばれるくらい男を振り、誰とも仲良くしようとせず孤高に振舞っていた美女こと九条玲香さんは。

 俺から一日連絡が来なかったことに、ご立腹なのだと。



「は、はいぃいいいいいいい!?」


 俺が叫んだのとクラスメイト達が叫んだのは、全く同じタイミングでのことだった。

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