第2話 愛する

「美紅。今月分振り込んどいたから」


店じまいをした店長がチェック表を片手にこちらに話しかけてくる。先ほどまで欲と偽物の愛情の声が響いていた店にはこつこつとハイヒールの音だけが鳴っていた。

先程まで殿上人のような幸せ顔をしていた女たちも、今は鮮やかなドレスが歩いているようなものだ。


「今日分の売り上げは来月ですか?」

「そうだけど?」

「あー、今月分に入れてもらえます?」

「どしてよ?珍しいね」

「いや、今日濡れたやつ新調したいんで」

「なるほどね、了解」

「ありがとうございます。じゃあ、失礼します」


鮮やかなドレスが並んでこちらを見ていたとて気にしはしないし、彼女たちのように高尚な理由も、愛する男もいない私の手元には、己のために集めた高尚な金が残る。

汚いシミの付いたドレスを片手に、更衣室を出る。リップを直した女が、赤い唇をゆがませていった。どうせその真っ赤な唇は、汚い男の欲望によれるのに。そのたびに直すなんて律儀なことだ。


「あの人って、なんのために生きてるんだろ」


ドアが閉まる。片手に持ったドレスを、店の目の前のごみ捨て場に投げた。

うざったいぐらいに真っ赤で、鮮やかなそのドレスが私の目にはもう、汚れている。


「誰かのために生きるんて、ご立派なこと」


私は私を「愛している」。

あの世に行くとき、その愛した男はそばにいてくれるのか。

いや、死ぬときは一人だ。

自分と人の命を天秤にかけた時、人を取る人間に溢れているのなら、ゴミ捨て場に倒れる見知らぬ人間をほったらかすこの街は、なんなのだろうか。

人を誰より愛せるのなら、なんで人は別れるのか。不倫や浮気があるのか。

「愛している」なんて人間の人生に背負えるほど小さな代物ではない。

借り物の「愛している」を信じるなんてなんてばからしい。

私は今日を私のために生きるし、私は明日を私のために生きる。

責任のとれない「愛している」は、責任のとれる己だけに使う。


酔っぱらいは道に倒れ、食べかけのカップラーメンに酒の空。たばこの吸い殻に投げ捨てられたキャッチの名刺。目もくれずに踏みつける人々と私。

昨日おはようのあいさつとともに西に消えた日が、東からお休みのあいさつをした。

この夢の街を通り過ぎると、「誰かのために」生きている人たちがあふれだす。

誰かを当たり前に「愛している」名前も知らない人たちの波が朝日の方向へ流れる。

そんな人波を逆走しながら、私はあっという間に手の届いた借家へ向かった。


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