第24話

 警察署の少し手前まで汐里さんの車で送ってもらい、そこからは私と彰人の二人で並んで歩いた。私には法律に関する知識が全くないから、彰人がどの程度の罪に問われるのかはわからない。しかし署に着いてしまえば、きっとしばらくは会うことができないだろう。

 言葉を見つけられないまま、警察署の目の前まで来てしまった。

「彰人」

 名前を呼ぶ、それだけのことしかできない。行ってしまう。それは私が提案したこと。私が背中を押した。私が選ばせた別れ。でもやっぱり、傍にいて欲しいというのが本音だった。やっと見つけたのに。やっと会えたのに。こんなに直ぐに離れなくてはいけないなんて。

「俺、時雨にどうしても伝えたいことがあるんだ」

 零れ落ちるように、ぽつりと呟く。

「でも……今はまだ、言えない」

 彰人は、何を伝えたかったというの。

「今が駄目なら、いつ」

 数瞬視線を彷徨わせ、そして打って変わって力強い目で、その答えを口にした。

「……桜が咲いたら」

 それは、卒業の日と同じ台詞。不確かで、曖昧な。でも、あの時と違うことがある。それは、この台詞が誤魔化すためのものではないということ。きちんと私の目を見て、そうして言ったのだ。桜が咲いたら、と。

「絶対だよ、桜が咲いたら、ちゃんと伝えてくれるんだよね」

 私も、あの日と同じように返した。四年前、泣き叫びたい気持ちを必死に抑えて口にしたこの台詞を、こんなに満たされた想いで再び使うことになるなんて考えもしなかった。

「またな」

「うん、またね」

 彰人は私に一度も触れようとはしなかった。

 私も、彰人に縋りついたりはしなかった。

 ―――今はこれが、優しさだと思うから。

 一度も振り返ることなく、真っ直ぐに警察署に向かって歩いていく。私はその後ろ姿が見えなくなるまで、見詰めていた。

 私は最後まで泣かなかった。

 彰人はもう、ちゃんと自分で泣けるから。

 それに……私の初恋はまだ終わっていないから。

 次に彰人に会ったとき、今度こそちゃんと伝えよう。もう好きだと言ってしまったけれど、返事はまだ聞いていない。もう一度、きちんと告白し直そう。

 これからもずっとずっと―――私は彰人を愛していく。


      ✻     ✻     ✻


「今が駄目なら、いつ」

 そう時雨に訊ねられて。釈放されたら、と答えようとしたが、思いとどまった。時雨が『釈放』という言葉を好んでいないことに、気がついていたから。

 ならば、どう答えたら良いのだろう。その時不意に、視界の端をひらひらと花びらが舞い降りた。―――こんなに綺麗だったのか。

 時雨と離れ離れになってから、桜が嫌いになった。桜が咲くたびに時雨を思い出し、会いたくなった。もう会わないと決めた決意が簡単に揺らぎそうになって。弱い自分が嫌だった。目を背けていたのは、罪からだけではない。自分のこと、両親のこと。それから―――時雨への想い。

「……桜が咲いたら」

 言葉は同じでも、それに託した思いは四年前とは全く違うものだった。桜――今まで目を背けていたものから、逃げない。そんな決意を込めて。


 桜が咲くころ、未来の俺は必ず時雨に伝えるだろう。

 ずっと伝えたくて、でも伝えられずに、心の一番奥に鍵をかけて封じ込めていたこの想いを。


 俺は時雨を―――。




                     ―――Fin.

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桜が咲くころ 桜田 優鈴 @yuuRi-sakura

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