第19話

「石山、知り合いか」

 『岬』と書かれたネームプレートをした店員が彰人に尋ねる。

「はい」

「今お客様いないし、奥で話して来いよ。店は俺がやっとくからさ」

「すみません、少しだけ頼みます」

 エプロンを脱ぎ、カウンターから出てきた。

「時雨、こっちに来て」

 Staff onlyのボードが掛けられた扉を開き、部屋の中へ向かう。てっきり倉庫的な場所かと思っていたが、どうやら住居スペースになっていたらしい。リビングであろう場所に通され、勧められるまま席に着く。

「飲み物、紅茶でいいか」

「あ、うん」

 食器同士が擦れるカチャカチャという音が、やけに大きく感じられる。会えたら何をいうのか、何度もシュミレーションしていたし、ちゃんと考えてもあった。しかしこうして実際に彰人を目の前にすると、考えてきたどの言葉もしっくりこなかった。

「はい、どうぞ」

「ありがとう」

 思考がぐちゃぐちゃになって、いきなり口にしてしまった紅茶は、何も入れていないのに丁度いい加減の甘さが含まれていた。

「覚えてたんだ。私の砂糖の量」

 彰人が紅茶を入れてくれるとき、いつの間にか砂糖までも入れておいてくれるようになっていた。

「いや……何か、気づいたら入れていたというか」

 だから、だ。彰人が無意識に砂糖を入れていたように、私も無意識に紅茶をそのまま口に運んでいた。四年という月日はとても長かったけれど、私たちの多くを変えてしまうには短かったのだ。

「さっきの岬さんって方は、ここの店主さん?」

「うん。施設を出てしばらくは色んな仕事を転々としちゃったんだけど。去年から、ようやくここに落ち着いた」

「お花屋さん、彰人に似合ってるよ」

「ありがとう」

 会話が途切れてしまった。お互いに言いたいことが多すぎて、何から話して良いのか。

「……どうして、ここに来たんだ」

 先に口を開いたのは、彰人の方だった。

「桜が咲いたら会えるって言ったのに、彰人が来てくれないから。私から、会いに来たの」

 彰人は片手で顔を覆って、俯いた。

「どうして、来ちゃうんだよ。どうして、俺を……俺にはそんな風に思ってもらえる資格なんて、無いのに」

 低い、呻く様な悲痛な声。離れて一人になった今でも、彰人は自責の念に駆られたまま。

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