第18話
高速道路を使って、車で二時間強。近いようで遠いこの町に、捜し求めた人がいる。
「あそこにお花屋さんが見えるでしょう。彰人くんはそこにいるわ」
三十メートルほど離れた路肩に車を止め、汐里は『フラワーショップ岬』と書かれた緑色の看板を指差した。店頭には色とりどりの花が咲き乱れる鉢植えが所狭しと並べられ、全体としてどこか幼い頃によく遊んだドールハウスを連想させる、可愛らしい店構えだった。
「どうする、行ってみる?」
心臓がばくばくと大きな音を立てる。
もう直ぐ、彰人に会える。
「汐里さん、お願いがあるんです」
正面に向き直る。
「私一人で、行かせてもらえませんか」
一瞬目を見開くと、汐里は微苦笑した。
「やっぱり慧さんは凄いなぁ」
「え?」
「慧さんに言われたの。『時雨ちゃんは一人で向き合おうとするだろうから。その時は止めないであげて欲しい』って」
私が知らぬ間に、慧と汐里がそんな話をしていたなんて。
「行ってきなさい。しぃちゃんなら、大丈夫」
肩をぽんと叩かれる。大好きな父、敬愛する姉。信じてくれている、みんなのためにも。そして何より、自分自身と彰人のために。
「行ってきます」
シートベルトを外し車から出ると、春風がピンクの花びらを運んできた。空を見上げ―――。
「凄い……」
花屋ばかりに気をとられ、ちゃんと見ていなかったけれど。この道路の両側には、沢山の桜が植えられていた。その一つ一つが、鮮やかに春の訪れを告げている。この時期に彰人の消息が判明したのは、何かの引き合わせかもしれない。
店内には、丁度他のお客さんがいなかった。店員は二名でどちらも男性。一人はお花に水をあげていた。そしてレジにいるもう一人は。
「いらっしゃいま……」
視線を絡ませたまま、動けなくなった。
四年ぶりに見る彼は、髪が長めになっていて、真っ白だった肌は少し日に焼けて健康的な色に変わっていた。それでも、長い睫に囲まれた猫目や、小さな鼻は、あの頃のままだ。変わっていない。―――私の××の人。
「時雨、だよな」
苦しそうに顔を歪めて。久しぶりに聞いたその声は、私の名を紡いだ。
「もう高校卒業したんだろう?泣き虫は相変わらずか」
言われて気づく。私の頬には、幾筋もの涙が伝っていた。
「だって、二人分だもん」
約束は続いたまま。
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