第12話
時雨はどこまでも真っ直ぐに、俺を見てくれました。歪んだ愛情しか知らなかった俺に、本当の愛を教えてくれました。
「もう偽らないで」
何度も時雨に言われた言葉です。俺はその度に、全てを曝け出したい衝動に駆られました。しかし、どうにか真実を隠したまま、時雨と別れることができそうです。
どうして、自分が楽になるためだけに大切な人を傷つけることができるのでしょう。俺は絶対、両親のような愛し方はしたくありません。傷つけるくらいなら、離れます。
……いいえ。本当はそんな綺麗な理由だけではありません。
両親を持たず父母、そして家族の存在に憧れを抱いている時雨に、両親を自らの手で殺めた俺はどう映るのか。全てを知った時雨は、絶対に俺を憎む。そう考えたとき、俺は偽るほか無かったのです。物心ついたときから、独りでした。母が見ていたのはいつも父で、父が見ていたのはいつも母で。言い争いの絶えぬあの家で、俺はいつでも独りで部屋の隅。やっと見つけた幸せだったのです。こんなに満たされた感情があるのだと、初めて知ったのです。だから、時雨に憎まれること、嫌われること、軽蔑されることが怖かった。失うことを恐れていたのです。
でも、気づいてしまいました。
偽ったままただ同じ時を過ごしていては駄目なのだと。俺に時雨のそばにいる権利は無いのだと。
だから俺は、時雨に何も言わないままに消えます。
明日で、時雨に会うのは最後です。
この手紙はくれぐれも人に見られないようにしてください。特に時雨には。
そしてもしも俺が捕まるような日が来たときには、俺の事情を全く知らなかったと応えてください。
犯罪者を育てさせてしまったことを、申し訳なく思っています。俺ができることは、一人で生きていくことです。
俺の心配は要りません。
一人ではあっても、もう“独り”ではないのですから。
今まで、本当にお世話になりました。
さようなら。
石山 彰人
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