第11話

 きっと母は父を愛していました。どんなに蹴られ、殴られようと、母は父を抱きしめて「大丈夫だから、落ち着いて」と、優しい顔で何度も何度も繰り返していたのですから。

 きっと父は母を愛していました。俺が嫌った赤い瞳の母でさえ、全てを受け止めていたのですから。

 きっと俺は母を愛し、そして父を憎んでいました。理由はありません。

 きっと両親は俺を嫌っていました。その命を奪い去ったのですから。


 それが、全てを失った俺が考え続けて出した、俺たち家族の関係性です。

 廊下を進む足音がして、締め切っていた部屋の扉が開かれました。

「うっ…何だこれは!」

 見知らぬ男性が、ハンカチで鼻を押さえて部屋中を眺め回しました。それに続くように、何人もの不法侵入者が両親を取り囲みました。

「おい、子供がいるぞ、生きている」

 彼らの目が、一斉にこちらを向きました。あの家での記憶はこれで最後です。そこでぷっつりと、意識が途絶えてしまったらしいのです。


 後は慧さんがご存知の通りです。保護された俺は、猪木院へ入れられました。

 警察は、両親の死を心中として捜査を終了しました。その誤判には、俺の偽りの目撃証言が一役買っています。今となっては、もう俺の罪を立証することは誰にもできません。俺はそれを幸運に思うと同時に、苦しくもありました。

 一生誰にも打ち明けず、自らを罰して生きていこうという決意は、一人の少女によって揺るがされました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る