第9話
この手紙は、慧さん一人で読み、そして読み終えたら直ぐに焼却して下さい。
お久しぶりです。…とは書いてみましたが、俺がこれを書いているのは施設の自室です。時刻は夜中の一時。この手紙を書こうか書くまいか悩み、いざ書くと決心してしまうと今度はどう書こうかと悩み。そうしている内にこんな時刻になってしまいました。
本当は直接お話しするべきことなのでしょう。でも、それをしてしまえばきっと、慧さんは俺を施設に留めようとするでしょう。それでは駄目なのです。俺はこの施設で沢山のことを学び、そして幸せな時を過ごしました。だからこそ、俺は猪木院との関係を絶たなければいけません。俺がこの施設にいたことを、抹消してください。石山彰人という人間と関係があったことを、忘却してください。
こんなことを頼むのは、偏に自分が過去に犯した罪のためです。慧さんたちスタッフが一生懸命育ててくださった彰人という人間は、偽ることが得意な極悪な大罪人です。
本当は、一生隠し通すつもりでした。でも、慧さんにだけは、真実を伝えておこうと思います。
六年間沢山の人々を――警察さえも欺いてきた嘘があります。
俺の両親が死んだ理由は、心中などではありません。
愛ゆえに死ぬことを心中と言うのならば、そうと言えなくもありません。しかし、相愛の男女が一緒に自殺することの意でその言葉を捉えたとき、それはあの夜の出来事に全く当てはまらないのです。
その夜は特に蒸し暑い、熱帯夜でした。あまりの暑さに寝付けなかった俺は、丁度この手紙を書いているのと同じ深夜一時頃、水でも飲んでこようと子供部屋を出ました。廊下に出ると闇の中に一筋、僅かな明かりが漏れていることに気がつきました。その光は、両親の寝ている寝室から伸びています。両親とも朝が早く、代わりに夜は遅くとも十二時には完全に寝てしまう人たちだったので、何故こんな時刻に電気が点いているのかと不思議に思いました。きっと消し忘れて寝てしまったのだろうと思い至り、消してあげることにしました。両親の眠りを妨げないようにと、音を立てないように気を配り、そっと僅かに開いたままになっていた扉に手をかけると、父がこちらに背を向けて立っていることに気がつきました。そして…その手に鈍い銀色の光を放つモノを握っていることにも。俺はそのモノが何なのか、瞬時に理解できました。何故なら父がそれを使って母を脅すのを、何度も見たことがあったからです。しかし、目の前にしている状況は今まで見てきた光景と全く別物でした。恐怖を煽るべき相手であるはずの母は、ベッドの上で安らかな寝息を立てていますし、何より父の様子がおかしいのです。普段と打って変わって激しておらず冷静そうなのは良いのですが、その後ろ姿は近づきがたい負のオーラのようなもの――殺気を放っていました。
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