第8話
何度経験しても、卒業する子供たちを見送るのは悲しい。私にとって施設の子供たちは皆、我が子同然だった。つい三日前には、六年もの月日をともに過ごした長兄彰人が卒業したばかり。晩御飯の際、食卓でいつも彰人の定位置となっていた椅子が空席になっているのを見たときなど、涙腺が緩みそうになってしまう。
仕事が一段落し院長室で休憩していると、扉が叩かれた。
「どうぞ」
入室してきたのは、十年以上この施設に勤めている女性スタッフの
「今、お茶にしているところなんです。良かったらご一緒しませんか」
「すみません。真保美ちゃんに絵本を読んであげる約束をしているんです」
子供たちから慕われる理由のひとつともなっている温かい笑顔を浮かべて、嬉しげに応えた。
「真保美ちゃんも、大分ここでの生活に慣れてきたみたいですね」
「直ぐお母さんが恋しくなって泣いてしまうのは変わりませんが、それは仕方のないことでしょう」
「早く完治なさるといいですよね」
シングルマザーである真保美の母は、重い病を患い長期入院をする他なかった。頼れる親戚も無かったため、一人娘の真保美はショートステイとして施設に預けられることとなったのだ。
「それじゃあこれ、慧さん宛ての郵便物です」
用件はこれだったらしい。三通の封筒を渡される。その内のひとつ、真っ白な封筒に書かれた差出人を見て、思わず歓喜の声をあげてしまった。
「この三日、随分と元気が無くなられていましたから。これで少しは元気出ました?」
差出人の名は、石山彰人。
「彼がここに手紙を書くなら、てっきり時雨ちゃんへだと思っていました」
頬に手を当てはにかむ登美子。彼女もまた、彰人たちを我が子として見守り続けてきた一人である。
彰人は卒業を迎えるまでに、施設に来た当時と比べ物にならないほど表情が増えた。その大部分が時雨の功績だということは、スタッフ全員が知っている。そして時雨が真の意味で覚悟を持って児童指導員を志したのは、彰人と接したからだ。彼らの出会いは、お互いにとって大きなものだったのではないかと思う。
「では、私はこれで」
「届けてくれてありがとうございました」
再び一人きりになる。
高鳴る鼓動を抑え、早速彰人からの手紙を開封する。丁寧に畳まれている便箋を開き―――そして第一文を呼んだところでこの手紙の不自然さに気がついた。
『この手紙は、慧さん一人で読み、そして読み終えたら直ぐに焼却して下さい。』
思い出を懐かしむにも近況報告をするにも、三日という期間は短過ぎたし、何よりこの書き出しは物騒な雰囲気さえする。送られた意図を推し量ろうとするも、情報量が少なすぎてどうにもならない。
「覚悟を、決めますか」
すっかり冷めてしまった紅茶を一口啜り、全文を読み進めた。
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