第7話
この期に及んで、綺麗過ぎる笑顔の訳に気がついた。無表情を使うか、笑顔を使うかという差はあれど、それは紛れも無く、この施設に来たばかりの頃に多用していた、本心を覆い隠すための仮面だった。少し考えればわかるはずだったのに。剰え尋ねても差し支えない過去なのだと都合よく解釈して。
「そんな悲しそうな顔しないで。俺は平気だし」
ほら、と口角を手で押し上げてみせる。そんな動作一つ一つでさえ、気づいてしまった今はもう意味をなさなかった。
「嘘吐き」
「えっ……」
驚いた拍子に仮面が半分剥がれ落ち、戸惑いと動揺が窺えた。
「平気って様子じゃないよ。…ねぇ、まだ出会ったばかりの頃、私が突然泣き出したこと覚えてる?」
首肯。
「あのとき、お願いしたよね。『もう偽らないで』って」
中途半端な仮面の破片をのせた顔に手を添える。
「偽らないで。泣きたいときは、思い切り泣こうよ。笑いたくないときに笑わないで……!」
完全に崩れ去った仮面の下から現れたのは、涙ではなかった。苦しげな、―――病人のような顔。
「涙が出ないんだ。泣けないんだよ」
四年の月日を経て尚、彰人は涙を失ったまま。だから。
「…本当に、時雨は泣き虫だな」
そっと、肩を引き寄せられた。そのまま彰人の胸にしがみついて、声を上げて泣いた。
「だって、約束、したもん」
―――私が涙をあげる。
私が彰人の涙を見たことは、一度も無い。高校を卒業してこの施設を出るまで、彰人は一度も泣かなかった。
退所の日も、結局彰人は涙を見せなかった。その代わりとばかりに大泣きしたのは私だ。
「時雨ちゃんが卒業するわけじゃないでしょう」
そう言って、スタッフたちに笑われた。
「この涙は、二人分なんです」心の中で応じたその言葉を、口に出すことは無かった。何となく、二人だけの秘密にしておきたかった。
そしてもうひとつの理由も、誰にも教えない。彰人にさえも。否、彰人にだけは絶対に教えられない。
私の××が終わるから―――だなんて。
言わなかった。言えなかった。そして、これからも……。
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