第6話
彰人だけでなく私自身も、変化した。もう、口実の宿題を持って彰人を訪ねることはしなくなった。そんなものが無くとも良かった。
「彰人くんと、仲良くなったみたいだね」
定期面談の際に、慧はそう言って微笑んだ。
「そう、見えますか」
「毎日二人で楽しそうにしているだろう」
観察眼に優れた慧が言うなら自身が持てる。傍から見ても彰人が楽しそうに見えると知り、心底嬉しかった。
一年、二年……と時が流れ、もう「彰人を助けたい」などという傲慢な考えは捨て去っていた。お互いがお互いに支え合う。私たちは“兄弟”の鏡だったのではないかと思う。
彰人と共に時を重ねる中で一度だけ、お互いの過去に触れたことがある。施設内で過去を口の端に掛けることはめったに無い。にも関わらずその話題が持ち上がったのは、何故だっただろう。
「時雨がここに来たときは、どんなだったんだ」
そう、あれは確か、健がこの施設にやってきた日のことだった。交通事故で両親と兄を一度に亡くし、混乱状態の覚めぬまま、半ば無理やりに施設に入った健はひたすらに暴れていた。その話題がきっかけだった。
「慧さんに聞いた話によると、ダンボールに入っていたらしいよ」
「だんぼーる……って?」
「私、捨てられていたの。この施設の門前に。だから、産まれてから十三年間、ずっとここにいる」
苦しそうに顔を歪めた彰人を見て、慌てて言を継ぐ。
「でもほら、ここの人たちはみんな優しいし。私は今幸せだから。大丈夫だよ」
嘘ではない。心から、この施設に引き取ってもらえてよかったと思っている。笑って見せると、彰人の表情も少し和らいだ。
「彰人は、どうしてここに来たの」
しかし一瞬で、せっかく明るくなりかけた彰人に影が差した。
「あ、別に話したくなかったらいいよ?」
ここに至ってようやく、暗黙の了解で触れないことになっている部分に触れようとしていることを自覚した。
「ごめん、私考えなしで…」
「いや、話すよ。俺がここに来た理由」
彰人は綺麗に笑った。とても綺麗に。
きっと私と同じように彰人にとっても、過去を語ることはそれほど苦痛を伴わないのだ。私は彼の笑顔を、そう受け取った。―――愚かにも。
「両親が心中してさ。独りになっちゃったんだ」
心中。共だって死を遂げる行為。
「ご両親が亡くなったとき、彰人は……?」
「一緒にいたよ。でも俺は嫌われていたから、逝けなかった」
死なずに済んだ、ではなく、逝けなかった。そう表現する彼の心情たるや。
目の前で。それはどれほどの恐怖と、苦しみと、絶望があったのだろうか。それとも、もっと別の感情が込み上げたのだろうか。想像を絶する過去に、言葉を失ってしまった。
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