第3話
三歳年上の新しい兄の加入を心待ちにしていたのは、私だけではなかったはずだ。比較的安定した精神状態にあった者は皆、家族が増えることを喜び、そして彼が両親を同時に失ったらしいと知ると、悲しみの淵から救ってあげたいと願った。
共に暮らすようになって直ぐに、皆が彰人の不自然さに戸惑うことになった。彰人はそれまでに見てきたどの兄弟とも雰囲気が異なっていたのだ。塞ぎこむわけでもなく、当り散らすわけでもなく。表面上は心身ともに健康に見えた。
でも。長い時間を共有していると嫌でもわかってしまう。心が冷えてくることに。それも、彰人がではない。彰人と相対している私たちの心が、だ。
次第に、彰人は孤立するようになった。彰人自身はそれを何とも感じていないようで、ただ規則的に同じ生活を繰り返していた。
その頃といえば私が丁度、児童指導員を志した時分だった。まだ小学三年生の、ひたすらに正義感だけが大きかった私は、彰人を見放してたまるか、という無責任な使命感の塊と化していた。
かなりしつこく話しかけていたと思う。今思い返せば自らを迷惑な奴だったと自覚できる程に。それなのに、彰人に拒絶を示されたという記憶は皆無だ。
それもそのはず。彰人は何も、見ても感じてもいなかったのだから。
自分で勝手に始めたことにも関わらず、いつまで経っても手ごたえの得られない彰人に飽き始めていた私は、何の気も無く、真正面から彰人の瞳を見つめてみた。ただぼうっと気を緩め、視線を合わせようとした、それだけだった。
「何故、泣いているの」
その言葉さえも、形式的であることに今更気づく。
涙が止まらなかった。彼の瞳が―――ただのガラス球であることを知ってしまったから。それはただ光を反射するだけ。受け入れはせず、それ故に干渉を許さない。何の意思の欠片も無い、ガラス球。
「彰人お兄ちゃんは、どうして泣かないの?」
嗚咽を堪えもせず尋ねた。すると、ほんの僅かに、困ったように眉を下げた。それが初めてみる、彰人の仮面でない“表情”だったかもしれない。
「俺は泣かないよ。…涙が、出ないから」
本当に不思議そうに、そう答えられた。それはあまりにも…。
「じゃあ、私が涙をあげる。彰人お兄ちゃんが失くした分まで全部、私が泣くから。だから、」
躊躇いがちにぎこちなく、頭上にのせられた冷たい手。感情を表現する術を失いはしても、優しさまでは奪われていないらしいと確信し、彼の本当の姿を受け入れる決意を無意識下で固めていた。
「彰人お兄ちゃんはもう、偽らないで」
何故こんな言葉を放ったのかと問われれば、「わからない」と答える他無い。でも。
「うん」
確かにその言葉は彰人に届いたのだ。
初めて、彰人の心に届いたのだ。
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