第5話

 勇者

 良く言えば万能型、悪く言うなら器用貧乏を地で行く。

 勇者のスキルは個人、PTを問わず色々なところで活躍出来る効果を持つがレベルを上げないと強化率がしょっぱい事もあって、プレイヤーからは序盤に取ると苦労すると敬遠されていた。

 結局上位ジョブで色々上げ終えたプレイヤーが最後に取るエンドコンテンツ的な扱いだった。

 

 そんな勇者だが、今世では聖女のように特殊職として存在してるらしい。

 らしいって形なのは実例が途轍とてつもなく少ないから。

 記述として残っているものは2人。ダリザグス帝国の初代皇帝と海を挟んだ向こう側にあるヴァルディナ共和国の2代目議長。口伝だともう少し増えて、それこそジェヴァン王国の初代国王が勇者だったとされている。


 とはいえ口伝のものは信憑性に欠けるし、称号や二つ名としての勇者と混ざってる可能性が高い。よって正式に過去の勇者と言われてるのは上の2人だけとなっている。


「なるほどねぇ…これは国や教会が必死こいて囲うし情報は漏らさないわな。実際育てきったら勇者のスキルだけでイかれた火力出るし」


「ご主人様、何をそんなにお調べなのですか?」


「カトリー、ご主人様呼びは…まあいいや。簡単に言うとと同じ学年だから下手に接触しないように調べてる」


 カトリーが淹れた紅茶を飲み、また手元にある書類に目を通す。たった1週間でここまで出てくるとは。本当にあの商隊長には頭が上がらない。


「んー、名前と顔はひたすら隠してるな。目撃情報も全部バラバラだしどれが正解か。下手すると全部ハズレもあり得るな」


「あと4日で答えが分かるのですからそこは気にしても仕方ないかと。それよりも第2王子殿下の方ではないですか?」


「こっちは一回会ってるから目新しいのも無いからなぁ。強いて言うならヌルツの洞穴に潜ってウラコウモリを倒したって話くらいかな」


「ご主人様と同じ年でウラコウモリしか倒したことがないというのは中々。いえ、王族なのですから前線に立つ方がおかしいのですよね」


「王太子殿下はなんかこう…色々とぶっ飛んでるから」


 他にも宮廷できな臭い動きがあって国王直轄領の物価が不安定だとか、学園のダンジョンから新しい鉱石が見たかったとか色々あるが全部細かく読んでいたらキリがないので切り上げる。

 入学手続きは簡単なものだったし、荷物も大方送ってある。春は作物と同時に魔獣の買取も増えるが例年通りの量で出番がない。


 となれば行く場所は1つ。


「カトリー。装備を用意したら裏門の方にね」


「かしこまりました。行きは馬車ですか?」


「いや、飛行魔法で行くよ」


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 ムユル侯爵領には大規模ダンジョンが複数あり、今日はその1つに潜りに来た。


 入口のギルドの人に冒険者証を見せて門を開けてもらう。ゲームの時はここロード時間だったな。


「では今日はご主人様が前で。私が後方から魔法支援という形にするのですね」


「うん。剣も魔法も学校でやるけど、剣の方はちょっと心配だからね」


 我流も我流。歴史ある剣術流派どころか知名度の低い流派もやったことない俺に出来ることは1つ。

 高ステをフル活用して人外みたいな動きでゴリ押す。これしかない。


「ここに出てくるのは亜人系ですから、多少は参考になると思います。ご主人様からしたら物足りないかもしれませんが」


「油断すると普通に危ないレベルだからねここ。全然気抜けないよ。ほらもう来た」


 ルイサーク迷宮はゴブリンやオークを基本に亜人系のモンスターしか出ないダンジョン。

 確か裏設定で大昔の大魔法師が実験場の為に作り出したとかいうのがある。

 

 俺は亜人系のモンスターがあまり好きではなかった。単純に面倒だからだ。

 武器持ちは普通にいるしメイジ系は高レベルになると上の方の魔法を普通に放ってくる。あとAIが優秀なのか戦闘が長引くとこっちに対応してくるんだよな。


 そして何よりキリがない。倒しても倒しても出てくるのだ。


「そろそろ倒すべきかな?」


「そうですね。帰りもありますから頃合いかと」


 カトリーも同意したので遠慮なく前に突進する。障壁魔法を纏っているので前方にいる敵が面白いように吹き飛ぶ。

 そうしていると急に巨大な影が現れた。間違いなくこのゴブリン集団のトップたるゴブリンロードだろう。


「クイーンはいないしロードが変異体ってこともないか。そんな難しくないな」


「ご主人様!足元を止めましたので今です!」


 全然動けてないし。流石にカトリーのレベルで捕縛系魔法使わせたらこうもなるか。


 両脚を黒っぽい粘着物で覆われ一切の身動きが取れなくなったゴブリンロードの首元に一瞬で接近する。そのまま剣を振り抜き首を落とす。

 少しの静寂のあと、ゴブリンロードが倒れ込み周りのゴブリンたちが散り散りになって逃げていくが、カトリーが容赦なく切っていっている。


「やっぱ狂乱デバフってちょっとこっちへの影響大きいな。いくらキリがないとはいえ取り巻きをある程度間引いても良かったかな」


 逃げようとするゴブリン、逆にこっちに向かってくるゴブリン、隠れるゴブリンを範囲魔法で粗方一掃し、残りを剣で切って行く。

 周りにゴブリンの気配がしなくなった頃、カトリーは錆びた剣やらなんやらを広げていた。


「ご主人様、どうやらかなりの数の冒険者が挑んでいたようです。冒険者証も見つかっています。それに…」


になってた女性がいたのか…何人?」


「…6名です。あとおそらく人と思われる死体が2つほど」


「あー…ギルドの人に頼んで運んでもらおう。流石に2人じゃ運べないし。死体の方はストレージに入れるよ」


 武器防具や死体へストレージに入るけど生きてる人は入らないのでギルドにお願いするしかない。ゴブリンロードを討伐したから輸送クエストとして受注する冒険者もいるだろうから、家族や知り合いに会えるよう願っておこう。

 死体はギルドに渡して任せる。回復魔法で見た目はなんとかわかるようになったし身元が特定される事を祈る。


 人のあんな惨状を目の前にするとキツいな…

 つくづくここは現実なんだと理解させられる。

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