第37話「たこ焼きなんかで腹が膨れるか」
「思い出した、右側にいる右子さん、ですね」
「え、ええまぁ・・・奇遇ですね・・・」
礼司さまを追いかけていたはずなのに、今度は透さまと遭遇するなんて。
今日は何か・・・私の知らない隠しイベントの日だったりするのだろうか。
十六夜透・・・パリで活躍する有名なファッションデザイナーの息子であり、自身もまた明日のファッション界を担うと目される才能の持ち主だ。
5人の攻略対象の中でも1番つかみ所のない性格をした人物でもある。
たしか姫祭での彼のイベントは・・・自ら主催するファッションショー、当日モデルに欠員が出て主人公が代役をさせられるという話だ。
でもモデル体型でもなんでもない葵ちゃんにぴったりサイズの服なあたり、実は最初から葵ちゃんに着せるつもりだったんじゃないかって説もあるんだよね、葵ちゃんってモデル体型とはちょっと違うし・・・平均的と言うか普通と言うか・・・
「綾乃グレース嬢の側仕えの君が、そこの実験室に何の用が?何かコソコソと様子を伺っていましたね?」
ひぇぇ、やっぱりばっちり見られてたか。
正直に礼司さまを追ってたなんて言うわけにもいかないし、姫祭の偵察という本来の目的も隠したい。
「い嫌だなぁ、私がそそんなスパイみたいな事するわけないじゃないですかぁ」
「おやご存じありませんか、近頃のメイドはスパイ活動もするらしいですよ?」
「いやいやそんなわけが・・・透さまこそ、こんな場所でいったい何をしていらしたのですか?」
「フッ・・・もちろん姫祭の準備ですよ」
姫祭の準備・・・この4階にある特殊教室にデザインや裁縫に関係したものはないはずなんだけど・・・
まさか教室のどれかをショーの会場にするとか?
そういえばゲームでは会場についての説明はなかった気がする。
「ひょっとして、ここの教室を借りてファッションショーをするんですか?」
「・・・ファッションショー?」
「あれ、違うんですか?」
む・・・またしてもゲームと違う展開。
透さまは姫祭で何をしようとしているのか・・・出来れば今のうちに知っておきたいけど・・・
透さまはどこからか取り出した扇子で口元を隠すように構えると、何か意味ありげな事を口にした。
「まぁショーと言えばショーですが・・・スパイ活動中の貴女に教えるのは癪ですね」
「むむ・・・」
その口振りから察するに、ゲームでやっていたようなファッションショーとは違う事を計画しているらしい・・・いったい何を企んでいるのか。
何とか聞き出したい所だけど、警戒されてるみたいだし・・・実際に偵察の為に教室を出てきている身としてはこれ以上の情報を聞き出すのは難しいか。
「当日は面白い事になると思うので、ぜひ楽しみにしていてください」
にっこりと笑顔を浮かべながら、そう言って透さまは立ち去ってしまった。
ううぅ・・・あんまり楽しみに出来ないよ、どっちかと言うと不安だよ。
廊下の先にある音楽室は防音がしっかりしているので、成美さん達の練習の音が外に漏れてくる事もなく・・・それは視聴覚室も同様で・・・先ほど聞き耳を立てた実験室からも、話し声は聞こえてこない。
すっかり静まりかえった廊下に、私がぽつんと1人。
・・・うん、普通に不審者だ。
これ以上誰かに見つかる前に、この場を離れた方が良いかも知れない。
そそくさと階段を駆け下りて1階へ・・・当初の目的に戻ろうじゃないか。
1年生の教室が並ぶ廊下を進み、葵ちゃんのクラスに向かうと、聞き耳を立てる必要もないくらいに大きな声が教室から漏れ聞こえてきた。
「やっぱり屋台の定番と言えばたこ焼きだよ!」
「いいや、焼きそばが王道だ!こればかりは譲れない」
この声は・・・葵ちゃんと、要さま?
しかもこの会話の内容には聞き覚えがあるぞ。
そう、九谷要の好感度が一定以上だと発生する姫祭イベント『屋台対決』だ。
たしかゲームでは葵ちゃんのクラスのたこ焼き屋台が、要さまの焼きそば屋台と隣り合ってしまう所から始まってこの言い争いとなり、売り上を競い合うことになって・・・
最後には互いの健闘を称え合いながら、たこ焼きと焼きそばを交換して食べるという話だった。
今はこの二人が同じクラスという事で、どっちの出し物にするかの争いが発生しているようだ。
「たこ焼きなんかで腹が膨れるか、がっつり食べられる主食で勝負するべきだ」
「わかってないなぁ、たこ焼きは友達とシェア出来るんだよ?楽しい姫祭をもっと楽しくするマストアイテムと言っても良いんじゃないかな」
いや葵ちゃん、世の中には友達がいない子もいるんだよ・・・ぼっちもいるんだよ。
教室の中を覗き込むと、エキサイトしている2人とは対照的に皆困惑した表情を浮かべている。
黒板には正の字でカウントされた票数が書き込まれており、たこ焼きと焼きそばが同数で1位。
こういう時は発案者の人気にも左右されそうだけど、要さまと互角に渡り合っている葵ちゃんもクラスでは結構な人気があるんだろう・・・さすがはチート庶民と言ったところか。
「くっ、強情なやつ」
「そっちこそ・・・」
両者一歩も譲らず、2人はすっかり険悪な雰囲気になっている。
いいぞ、もっとやれ。
私としてはこのまま要さまの好感度が下がってくれれば願ったり叶ったりだ。
「あ、あの・・・今日中に決めないと、申請の期限が・・・」
そんな2人に挟まれながら、消え入りそうな声を上げたのは真面目そうな女の子だ。
おそらくここのクラス委員なのだろう・・・綾乃様や流也さまとは違って至って普通な印象を受ける。
・・・そんな普通の子が、この2人の対立する意見を纏めるのはちょっと厳しいかも知れない。
「ホラ、このまま決まらなければクラスの出し物がなしになっちゃうよ?」
「誰かさんが折れてくれれば、すぐに決まるんだけどな」
「そうだね、誰かさんが折れてくれれば良いんだけどなぁ」
バッチバチに火花を散らして睨み合う2人。
うん、わざわざ偵察に来るまでもなかったな。
ここは放っておいて他のクラスでも見てこよ・・・
「あ、右子ちゃん」
「ひぇっ!」
うわ、見つかった。
言い争いに夢中になっているかと思ったのに、葵ちゃんは妙なところで勘が良いな。
「うちのクラスに何か・・・あ、さてはうちのクラスの偵察に来たのかな?」
「!」
「偵察だと・・・」
くぅ・・・本当に鋭い。
その通りだよ、でも特に何も得ずに帰るところだよ。
「ええと、まぁその・・・葵ちゃんのクラスがどんな出し物の用意をしてるのか気になって見に来たんだけど・・・まだ決まってないみたいだからもう別にいいかなって・・・どうぞ私のことはお構いなく続きを・・・」
早口気味に言うだけ言って、私はその場を去・・・
「・・・よし決めた、焼きそばにしよう!」
「えっ、良いのか一年」
「ここで争っていても時間の無駄だもん、私が折れればすぐ決まるんだよね、だからこれで決まり」
「葵ちゃん?な、なんで急に・・・」
どんな心境の変化か、急に意見をひっくり返した葵ちゃん。
まるで憑き物がとれたかのように穏やかな表情を浮かべると、要さまの方へ深々と頭を下げた。
「要くんごめん、決めなきゃいけない事がまだいっぱいあるのに、私ったら変な意地張っちゃって・・・全力でサポートするから焼きそば屋台を成功させよう」
「いや、俺こそつい熱くなっちまった・・・お前が手伝ってくれるなら百人力だ、よろしく頼むぜ」
さっきまでの争いがまるで嘘のように、がっちりと握手まで交わす2人。
それはまるで姫祭でのイベントを先取りしたような光景・・・要さまの好感度の上がった音が聞こえてきそうなその場面から、葵ちゃんの目線が私の方へと流れていき・・・
「・・・というわけだから、姫祭は正々堂々真っ向勝負だよ右子ちゃん」
不敵な笑みを浮かべて私のクラスへと宣戦を布告する葵ちゃん。
形は違えど、どちらの出し物も飲食店・・・売り上げを競うつもりなんだろう。
「勝負って・・・何の話だ?」
「要くん、実はね・・・」
この状況がわからずにいた要さまも、葵ちゃんの説明を聞いたとたんに目つきが変わった。
「へぇ、斎京流也のクラスと売り上げ勝負か・・・面白いな」
「あ、あの・・・他のクラスと揉め事は・・・ちょっと・・・」
「けど、やるからには勝たせてもらうぜ、なぁみんな!」
「「おおっ!」」
よく見ると要さまだけじゃなく、このクラスは体育会系の生徒が多いようだ。
勝ち負けのはっきりしたスポーツをやっているだけに皆勝負事が好きなんだろう。
収めようとしていたクラス委員の小さな声はすっかり埋もれてしまった・・・かわいそうに・・・
「というわけだから右子ちゃん、姫祭でも負けないよ!覚悟してて」
「く・・・くぅ・・・」
すっかり一丸となったクラスメイト達を前に自信満々の葵ちゃん。
このクラスの連帯感はまずい・・・同じ目標に向かってがんばろうって空気は、男女を接近させてしまう。
・・・また要さまの好感度が稼がれてしまうじゃないか。
「厄介だな・・・」
その後、一通りの偵察を終えた私の報告を受けて、流也さまが呟いた。
もちろん宣戦布告してきた葵ちゃんのクラスを意識しての事だろう・・・さすがにまだあの2人の接近を意識するほどの好感度は稼がれていないはず・・・だよね。
実際葵ちゃんのクラスは強敵だ。
葵ちゃんはあの後すぐに持ち前の行動力で屋台を出す場所を確保してしまった。
それも当日休憩所として使用される食堂の入り口付近・・・集客力はばつぐんだ。
対するうちのメイド喫茶は教室を使う予定で申請してしまっている。
V字をした校舎の中でも奥の方に位置するうちのクラスは、集客には不利な立地と言えるだろう。
「売り上げ勝負とか向こうが勝手に言ってきたことですし、そんなに気にしなくても・・・」
「この俺が挑まれた勝負を逃げるとでも?」
ですよね・・・そういうところはゲームと同じだ。
立地が不利とわかったこの状況でも、楽しそうな顔をしている。
何か打開策があるのか、勝負そのものが楽しいのか・・・まぁ両方なんだろうね。
「奴には体育祭での借りもあるしな・・・策はある心配は無用だ、お前はメイド達の教育をしっかりやってくれればいい」
やっぱり何か考えはあるらしい、このまま流也さまに任せておこう。
私としてもこれ以上忙しくなるのは困るしね。
正直売り上げ勝負よりも、当日綾乃様と一緒に姫祭を回る時間を確保する方が重要だ。
幸いな事に、我がクラスのメイド隊は特に問題もなく順調に育ってくれている。
左子の方も・・・まぁ、アレはアレとして・・・仕事はしっかりやってくれるんじゃないかな。
あとは肝心の綾乃様なんだけど・・・
「姫祭当日なんだけれど、丸1日自由に使える事になったわ」
「えっ、綾乃様はクラス委員なのに大丈夫なんですか?」
「ええ、うちのクラスは出し物をすごく簡単なものにしたから、私が居なくても問題ないの」
すごく簡単な出し物って・・・休憩所とか?
いやいや綾乃様のクラスでそんなやる気のない出し物?をやるとは思えないけど・・・
「2人の方はどう?時間は取れそう?」
「ええ、途中で様子を見にいく必要はあると思いますけど、私はなんとか・・・左子は?」
「・・・ばっちり」
「そう・・・これで2人と一緒に姫祭を回れるわね、ふふっ」
「ん・・・楽しみ」
成美さんの吹奏楽部の方も練習は順調らしい。
今年は特別な演奏もあるとかで一般用のチケットは瞬殺だったとか・・・そんな中で3枚も貰っちゃって本当に申し訳ないなぁ。
色々と不安要素はあるものの、第37回藤園之彩姫祭・・・今年の姫祭が無事開催を迎えたのだった。
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