第36話「お任せくださいメイド長」


「お「お帰りなさいませ、ご主人様」ま・・・」


クラスの女生徒達がお決まりの台詞と共に礼をする・・・見慣れた制服姿と相まってなかなか異様な光景だ。

お金持ち学校の生徒と言っても、家にメイドがいるような家庭の子などそうそういるはずもなく、全員が0からのスタート、当然その動きはぎこちなく、声も揃わない。


「・・・」


教壇に立つ流也さまは真剣な表情でそんな彼女達を観察している・・・皆相当なプレッシャーだろう。

私はと言えばそのすぐ隣、むしろ立ち位置でいえば私が中央の位置になる。

なんでそんな場所にいるのかは簡単な話、現役のメイドとして彼女達を指導する役割だからだ。


流也さまが何かを言いたそうにこちらを向く、真剣な表情のせいかいつもよりイケメン度が高い・・・って、そんな感想を抱いてる場合じゃなかった。

きっと彼女達の指導役としての発言を求めているんだ、何か言わないと・・・


「ええと、もっと背筋を伸ばして・・・多少動きは堅くてもそれっぽく見えるから、立ち姿勢に集中した方がいい・・・んじゃないかな」

「他には?」


他にはって・・・私としては最初からハードルを上げたくないんだけど。

半端な事は許さないって顔してる・・・うぅ・・・こっちも相当なプレッシャーだ。


「あ・・・あと接客だから声はもっと大きくした方が良い・・・と思います」

「うむ・・・その通りだ、声が小さ過ぎて何を言っているかわからないようでは困る、メイドの作法以前の問題だ」


みんな初めてなのに容赦がないなぁ・・・

そういえばどっきりビッキーでも最初は声を出す所からだったっけ。

あそこは陽気なウエスタン風の雰囲気作りもあったんだろうけど、実際声が小さいとオーダーミスをしやすくなるんだよね。


「なら発声練習から始めた方が良いのかな・・・誰かそういうの得意な人いる?合唱部とか演劇部とか・・・」

「あ、私演劇部です」


おお、経験者がいた。

たしか名前は・・・九重美咲(ここのえみさき)さんだ。

せっかくだから演劇部員だという彼女に丸投げしてしまおう。

他のクラスの様子も(主に葵ちゃんのクラスだけど)気になるので、この場を任せられるのは有り難い。


「じゃあ美咲さん、お願いしていいかな?」

「はい、お任せくださいメイド長」

「ふぇ・・・め、メイド長?」

「ええ、メイド長・・・メイドを統括する立場の方をそう呼ぶと聞きました」

「たしかに、右子さんは私たちのリーダーですもの、相応しい役職かと思いますわ」

「ちょっ・・・成美さん?!」

「よろしくお願いします、メイド長」

「「よろしくお願いしますメイド長!」」


なぜかビシッと敬礼のポーズを取った美咲さんに他の子達も追従する・・・なんだこれ。

隣を見ると流也さまも「うむ」とか満足そうに頷いている・・・え、良いのそれで?


「メイド長、お辞儀の角度はこれで良いですか?」

「うん大丈夫、あんまり意識しすぎないようにね」


「メイド長、お屋敷ではどんなお仕事をしているんですか?」

「ええと、綾乃様にお食事を運んだり・・・専用のワゴンがあってね・・・あ、メイド喫茶にもあった方がいいかも」


「メイド長、普段の綾乃さまのお話を聞かせてください」

「ええっ、それはメイド喫茶とは関係ないんじゃない?」

「いえいえ、何が参考になるかわからないじゃないですか」

「そりゃそうだけど・・・」


正直メイドの事ですらそんなに詳しくはないんだけど・・・なんか色々と関係ない事まで聞かれてしまった。

同じクラスと言っても私は積極的に会話とか出来ないので、普段話したこともないような子達も多い。

メイド長というのもそんなに悪くない・・・かも。


こうしてメイド達の教育?は順調に進み・・・そろそろ他のクラスの偵察に向かおうと思ったその矢先。


「キング、ちょっといいか?」


そう言って教室へ飛び込んできたのは、調理室で練習をしているはずの調理担当の男子生徒、名前は確か・・・八朔君だ。

八朔君は1度廊下の方を振り返って何事かを確認した後、おずおずと流也さまの方へと・・・

あ、なんか嫌な予感が・・・


「あのさ・・・今から俺の担当を変えて貰えないか?雑用係とかそういうので良いんだけど・・・」

「だが、お前は料理が得意だと言っていなかったか?」

「それはそうなんだけど・・・」

「!」


八朔君はばつが悪そうな表情を浮かべ・・・うん。

もうそれだけで色々と察しがついた、たぶん・・・いや間違いなく左子だろう。

左子・・・何かやらかしたのか。


「右子さん!?どちらへ?」

「ちょっと行ってくる、美咲さん、ここはお願い」


返事を待たずに教室を飛び出した私はまっすぐ調理室へと向かう。

こっちで私がメイド長になっているように、調理室では左子が調理担当のリーダーを任されている。

私以上に対人能力が低い・・・いや、皆無と言っても良い左子だ。

そのくせハンバーグに対して妙に情熱を燃やしてる・・・何事もなく済むはずがない。


「・・・」


調理室の扉をそっと開き、中の様子を伺う。

すぐに目に入ってきたのは見慣れない生徒達・・・ここの本来の主である料理研究会の部員達だろう。

彼らの姫祭の準備が本格化するまでの間、調理室の一部を使わせてもらっているのだ。


「ここは和と洋の究極の料理を決める対決を」

「いやまて料理と言えば中華だろ」

「おいおい、世界三大料理のトルコ料理をハブるのも大概にしてくれないか」

「ここは間をとってカレーで・・・」

「飲み物は引っ込んでろ!」


どうやら調理部はまだ出し物が決まっていないらしく、議論に熱が入っているご様子。

今ここを使わせてもらえるのも、流也さまの即断で出し物が決まったからこそなんだろうな・・・っと、そんな事よりも今は左子を・・・


「・・・姉さん?何をしているの?」

「ひぇ!左子?!」


料理研の面々から視線を移した私の視界いっぱいに写り込んできたのは、見慣れた顔のどアップ。

こっそり様子を見るつもりが、先に気付かれてしまったらしい。

じぃーっとジト目で見つめられると、ちょっと後ろめたい気持ちになってくる・・・や、こっちは何もしてないんだけど。


「・・・姉さん?」

「こ、こっちの様子はどうかなって・・・うまくやれてる?」

「ん・・・問題ない・・・ふんすっ」


そう答えた左子は自信たっぷりの表情・・・ってほど顔に表情が出る子じゃないんだけど、ふんすって鼻息が荒くなってるのは自信の現れだろう。

・・・ええと左子さん?1人逃げ出して来ているんだけど?

調理担当の生徒達は・・・いたいた、奥の方のキッチン台を二つ貸して貰えたようで、それぞれのキッチン台を囲むように4人ずつ・・・ちなみに全員男子生徒だ、女子はメイドになってもらうからね。


「右子さ・・・メイド長、お疲れさまです」

「「お疲れさまです!」」


ああ、こっちでもメイド長なのね・・・もうクラス中に定着しつつあるんだろう。

私がここに来た理由を察してか、全員直立不動の姿勢だ・・・緊張した雰囲気が伝わってくる。


「左子はああ言っているけど、みんな大丈夫?ちゃんと教えて貰えてる?」

「「はい、左子先生の教え方に間違いはありません!」」


「・・・左子、ちょっと聞きたい事があるんだけど・・・」

「?」


微妙に可愛らしく首を傾げた左子・・・うん、同じ顔ながらちょっと可愛かった、可愛かったのは認めるよ。

でも私はそれで誤魔化されたりしないぞ。


「まず、左子先生って何?」

「・・・私が教えるから、先生・・・師匠と呼ばれるには・・・まだ早いかなって・・・」

「うん、まぁ・・・それはいいや」


そこで恥ずかしそうに俯きながら両手の人差し指を合わせる仕草をする理由は謎だけど、左子が先生呼びされる理由は理解した。

私がメイド長呼びされるのと大差ない話なんだろう・・・きっと。

・・・それよりもだ。


「なんで皆・・・さっきから気を付けの姿勢のまま微動だにしないのかな?」

「・・・教育の賜物・・・姉さんへの非礼は、絶対に許さない・・・皆理解してくれた」

「ちょ・・・」


教育って・・・

それどこのブラック企業の洗脳?


「「はい、右子姉さんに無礼を働くような奴には制裁あるのみです!」」


ヤクザのノリじゃん!

私、姉さんじゃなくて姐さんじゃん!

・・・さっきから感じていた緊張感の正体はこれか。


「み、みんな?もっと楽にしていて良いからね?ほら椅子があるでしょう・・・ね?ね?」

「「はい、ありがとうございます!」」

「いいから座って」

「「はい!」」


ここまで言って、ようやく椅子に座ってくれた・・・いったいどんな『教育』を受けたらこんな風になってしまうのか・・・我が妹ながら恐ろしい子。

きっと逃げ出してきた八朔君も、この『教育』から逃げてきたんだろう・・・危なかった。


「はぁ・・・どうやら、こっちも私が見てないといけないみたいね・・・」

「・・・大丈夫・・・うまくやれてる・・・ハンバーグも・・・美味く焼けてる」

「そういうダジャレ?もいいから!とにかく、今後は私が見に来るから変な教育はしないように!・・・皆もいくら左子がリーダーだからって無理に従う必要はないんだからね!」

「「はい!よろしくお願いします!」」

「・・・だからそういうのがいらないってば」


かくして、メイド接客チームに加えて調理担当チームの練習まで見る事になってしまった。

逃げてきた八朔君も、私が見ている時だけでもと説得して、渋々参加してもらえるように・・・それは良いんだけど・・・

時間を作って葵ちゃんの偵察に行くという予定が台無しに・・・くうぅ。



・・・そして私は知ることになる。


彼ら調理担当チームが、いかにして『教育』されてしまったのか・・・その本当の原因を。




ジュウゥゥ・・・


鉄板の上で肉汁の蒸発する音と共に肉とスパイスの香ばしい匂いが漂ってくる。

左子は調理技術の方の教育もちゃんとやっていたようで、各人が手際よく1人当たり3つのハンバーグを同時に焼く姿はなかなか堂々としたものだ。

これなら5つのハンバーグを重ねて提供する本家どっきりビッキーのチャレンジメニュー『ハンバーグマウンテン』にも対応出来るんじゃないだろうか。


ピピピピピ・・・


キッチンタイマーが焼き上がりの時間を告げると同時に、皆一斉にヘラのようなものでハンバーグを鉄板からお皿に移していく・・・


「・・・遅い・・・タイマーが鳴る前に動かないと・・・肉を焼きすぎるって言ったはず」


ビシッ!


「ちょ・・・左子?!」


動きが遅れたらしい1人の生徒に左子の叱責が飛ぶ・・・そして左子は手に持ったヘラでその生徒の手を打った。

小突くなんてもんじゃない、文字通り叩きつけるように打ったのだ。

なんてスパルタ式な・・・やっぱり左子の教え方はブラック、容赦がないんだ。


しかし・・・


「ありがとうございます!」

「その手だいじょう・・・ふぇっ?!」


打たれた手をさすりながら・・・見るとその手はうっすら赤くなってきてて結構痛そうなんだけど・・・だけど。

その男子生徒は満面の笑み、心底嬉しそうな表情を浮かべていた。


「え?何?どういうこと?」

「あ、あいつらにとってはアレがご褒美なんです、あいつら本気で喜んでいるんですよ・・・」

「ごほう・・・び・・・」


いつのまにか隣にいた八朔君が状況を説明してくれた。

つまりこれはSMとかいう・・・


「ええと、痛いのを喜んじゃう趣味ってこと?」

「ええ・・・それに加えて、あの冷ややかな目で見下されるのが、ぞくぞくして良いんだとか・・・」


ひぇぇ・・・

たしかに左子のジト目は慣れてない人には冷たく見えるかもだけど・・・

そうかそうかそういう解釈もあったか。


「俺、料理には自信あったんですけど、こんな中でやっていける気がしなくて・・・」

「・・・」


まるでおぞましいものを見るように・・・実際おぞましい気がするけど・・・彼らから視線を反らせる八朔君。

いや・・・むしろこの中で今までよくやってこれたものだよ。


「うん、そうだね・・・流也さまにお願いしに行こっか」

「はい・・・」


結局八朔君は配置換えしてもらう事になり、残りの調理チームはこのまま左子に任せる事になった。

まぁ性癖は人それぞれだし・・・今更矯正出来る気がしないし・・・うん、本人達がそれで幸せなら良いんじゃないかな。

私も偵察に行きたいしね。


というわけで、さっそく私は空いた時間を使って他のクラスの偵察に向かう事にした。


「流也さま、他のクラスと、ついでに文化部の様子を探りに行ってきます!」

「?・・・別にわざわざお前が行く必要は・・・」

「いえ、情報収集もメイドの仕事のうちですので!」


もちろんそんな事をするメイドはアニメや漫画の中にしかいない。

我ながらちょっと苦しい言い訳だけど、何せこっちは本物のメイド、なんとかこのまま押し切ってしまおう。


「そうなのか?・・・うちのメイド達はそんな事をしているように見えなかったが」

「それは・・・み、見えないようにやるものですから!・・・では、失礼しますっ」


これ以上ボロが出てしまう前に、私は教室を飛び出した。

向かう先はもちろん葵ちゃん達のいるクラスだ。

メイド長で忙しかったせいで最近は紅茶研にも顔を出せていない・・・葵ちゃんは何をしているだろうか。

私と同じように自分のクラスの出し物に掛かり切りか、それとも姫祭にかこつけて他のイケメンに接近を?!


V字型をした校舎の反対側にあるあちらのクラスとの配置的に、1度昇降口ホールに出る必要がある。

さすがに今くらいの時期になると他のクラスも出し物は決まっているようで・・・各クラスの準備の様子も後でチラ見くらいはしておこう。


昇降口ホールは中央が吹き抜けになっていて、長い螺旋状の階段が4階部分まで伸びている。

上の階は上級生の教室なので私が足を運ぶ事はないんだけど・・・一番上の4階には特殊教室があるので、そこの授業がある度にここを上るんだよね。

ちなみに吹奏楽部も使う第1音楽室があるのもその4階、今日も成美さんは練習の為に上にいるはず・・・大変だなぁ。


「・・・!!」


何の気なしに見上げた階段の上に、見覚えのある人物の見覚えのない姿が・・・

一応、厳密には見覚えあるんだけど、それはゲームの方だ。


「あれは・・・礼司さま?・・・でもなんで・・・」


そう、それは我らが紅茶研の部長、四十院礼司さま・・・でも今の彼の肩書は全く別の者である事を私は知っている。

見慣れた姫ヶ藤学園の制服ではなく、和服に身を包んだ彼は家元を継ぐべき茶道の・・・でも、でも・・・


「茶道イベントはどう進めても来年のはず・・・なんで今このタイミングに・・・」


これは全く想定外の事態だ。

こっそり後をつけて礼司さまの身に今何が起こっているのかを探りたい。

しかしここは螺旋階段、彼の後を追って登ったら気付かれてしまう可能性が高い。

ど、どうしたら・・・


そうこうしている間にも礼司さまは階段を上って・・・4階へと、階段からその廊下へ消えていく。

くっ・・・でも今ならいけるか。

上級生の先輩方に見咎められるのも気にせず、私は階段を一気に駆け上る。


「はぁ・・・はぁ・・・」


さすがに4階分の高さを駆け上るのはつらい・・・でも急がないと彼を見失ってしまう。

階段の手すり部分を掴み、疲労した足を補うように腕の力も駆使して上る・・・もう少し、あと5段くらいか。


「うぐぅぅ!!」


最後の力を振り絞り、なんとか階段上り切った私は礼司さまの消えていった方の廊下の方へと・・・

残念ながら礼司さまの姿はもう廊下にはなかった・・・どこかの教室に入ったのだろう。


・・・でもどの教室に?


ここにあるのは成美さんのいる音楽室を始め、視聴覚室、放送室、実験室といった特殊教室の数々。

音楽室を吹奏楽部が使うように部活動で使っている特殊教室も少なくない。

礼司さまのあの服装ならまず茶道部のはず・・・でも茶道部が使いそうな教室は・・・見当たらない。


「なら一体どこへ・・・?」


どの教室も廊下からの窓は存在しないか、あっても擦りガラス・・・外から中の様子を伺う事は出来ない。

さすがに扉を開けて覗くわけにも・・・なら聞き耳でも立てようか。

そう思って手始めに実験室の扉に耳を当てようとした、その時。


「おや、こんな所で何を?」

「?!」


よりによって誰かに見つかった?!こんな事をしてる姿を?!

・・・背筋が冷たくなっていくのを感じながら、私は声のした方へゆっくりと振り返る。

その先にいたのは、もちろん礼司さまなどではなく・・・でも私の知っている人物だ。


「ああ、君はいつぞやの双子ちゃんではないですか」

「と、透さま?なんで・・・」


・・・十六夜透。

攻略対象のイケメンの1人が、どこか楽しげな表情を浮かべて私の顔を覗き込んでいた。

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