第35話「メイド喫茶というのはですね・・・」
お知らせ
学園理事会による厳正な審査の結果、
本年度の『Monumental Princess』該当者なしとの結果となりました。
よって、今年度の藤園之彩姫祭において『Monumental Princess選考会』は開催されません。
来年度こそは、この学園を象徴する姫の名に相応しい淑女が現れますように、皆様には日々精進される事を期待します。
姫ヶ藤学園理事会
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掲示板の中央に張り出されていたのは、ゲーム内で何度も見た文章・・・と言ってもスキップして読み飛ばした事の方が多いけど。
藤園之彩姫祭(ふじそののさいきさい)・・・通称『姫祭』と呼ばれる姫ヶ藤の学園祭の正式名称だ。
こうして見覚えのあるゲームイベントを目の当たりにすると、ここがゲームの世界なのを改めて痛感する。
「該当者なし・・・参考に出来る先輩がいないのは、少し残念ね・・・」
目立つように掲示板の真ん中に張られているその紙を食い入るように見つめながら、綾乃様が口を開いた。
なるほどたしかに該当者がいれば、その人から学べる部分があったかも知れない。
『Monumental Princess』はここ数年現れていないため、その基準らしい基準がわからなくなっている。
綾乃様からしてみれば、まるで無人の荒野を切り開くような気分だろう。
「でも来年は綾乃様が選ばれますよ」
「ええ、きっと選ばれてみせるわ」
「はい信じています、がんばってください」
信じているも何もゲーム上で確定している事実なんだけど。
とはいえ、綾乃様は学力、運動神経、家の格・・・どれを取ってもトップクラス。
普通に考えても綾乃様以上に相応しい存在などいない・・・約1名を除いて。
「うーん、今年は該当者なしか・・・残念」
これまた聞き覚えのある台詞が聞こえてきた。
一年葵、家柄こそ庶民なものの、優秀な成績という点では綾乃様を上回っているチート庶民だ。
綾乃様と同じように張り紙を見て残念がっているけれど、その理由が全く違う事を私は知っている。
「葵ちゃん、私達1年生は対象外なんだよ」
「ええっ?!そうなの?」
やっぱり知らなかったんだ・・・たしかゲームでもここで綾乃グレース達に説明してもらう形なんだよね。
そんな事も知らないの?って馬鹿にもされるシーンでもあるんだけど。
「まあ葵さんったら、そんな事も知らないの?」
ほらこんな感じで・・・って綾乃様、顔が怖くなってるよ!
「まぁまぁ綾乃様、その辺のルールは普通の生徒には知られていない事ですから・・・」
「あら、そうなの?」
「そうなんです」
綾乃様は意外そうな顔をしたけれど、実際本当にそうなのだ。
私達一年生が選ばれない事は皆当たり前のように思っているんだけど、制度上の対象外である事までは、きちんと選考について調べない限りは知る事はない。
逆に言うと調べればわかることなので、綾乃様は当然のように調べたんだろうね。
「でもMonumental Princessを目指しているはずなのに調べてない葵ちゃんもどうかとは思いますけどね」
「そ、そうよね・・・それくらいは調べるべきよ葵さん」
「う・・・」
あ・・・フォローに入ったつもりがつい・・・ごめんね葵ちゃん。
でもこの辺はユーザー的にも気になった部分ではあるんだよね。
本気で目指してる割には、色々と抜けてるだろって部分が目に付くというか・・・
「やっぱりアルバイトで忙しくて調べてる余裕がなかったとか?」
「え・・・いや別にそこまで時間が取れないわけじゃ・・・部活にも出てるし・・・普通に勉強とかがんばってれば選ばれるのかなって」
ああそうなんだ・・・割と何も考えてなかったみたいだ。
「もう、仕方ないわね・・・いいかしら葵さん、そもそもMonumental Princessというのは・・・」
何も知らない葵ちゃんに呆れつつも、このままではフェアじゃないと考えたのか・・・
綾乃様はゲームより少し優しく、葵ちゃんにレクチャーするのだった。
その後はいつも通りにそれぞれのクラスへ・・・
やはりと言うか、今年のMonumental Princessについては誰も感心を持っていないようで・・・話題を耳にすることは無かった。
そんな事よりも皆の興味は文化祭そのものに向いているようで、各教室から出し物についての話題が漏れ聞こえてくる。
もちろん、それはうちのクラスも変わらない。
「姫祭の出し物について何か聞いてるか?」
「さぁ?でもうちのクラスにはキングがいるからな・・・期待して良いんじゃないか」
「だよな、高級レストラン顔負けの飲食店かそれとも・・・」
超お金持ちの流也さまがいるクラスだもの、皆がそう思うのも当然だよね。
期待の籠もった視線が流也さまに向けられている。
でも残念だけど、そんな良い出し物にはならないんだよなぁ・・・
私もこの先の展開を知らなければ、彼らのように出し物の話題で盛り上がれたのかも知れないけど。
ゲーム内イベントを網羅した前世の記憶も、こういう時のワクワク感がないのは考え物だ。
「ごきげんよう右子さん、左子さん」
「ごきげんよう成美さん」
「・・・ごきげんよう」
自分の席に座りつつ、先に来ていた成美さんと挨拶を交わす。
体育祭や綾乃様のお誕生会を通じて、彼女とはだいぶ仲良くなれた気がする。
「なんか姫祭の話題で持ちきりだね・・・成美さんは吹奏楽部のコンサートには出るの?」
「はい、光栄な事にソロパートをいただきまして・・・」
「すごい、綾乃様と観に行くね・・・あ、でもチケット取れるかな・・・」
ゲームでは描写されてないけれど、姫ヶ藤の吹奏楽部は結構レベルが高いらしい。
成美さんから聞いた話だと、音大からスカウトの声がかけられている上級生が何人もいるのだとか・・・うーん、私なんかには想像のつかない世界だ。
そんな吹奏楽部のコンサートは今年の姫祭の主役とも言えそうな出し物だ、相当な人気を集めるだろう。
きっとそのチケットも争奪戦に・・・私イベントのチケットとか取れた事がないんだよなぁ・・・
「よろしければ、チケットお取りしましょうか?」
「え、良いの?!部員でも家族分くらいしか貰えないんじゃ・・・」
「ふふ・・・」
身内用のチケットがある事くらいは察しが付くけど、私と左子と綾乃様の分で3枚必要だ。
いくら成美さんがソロパートを任されたからってそんな特別扱いはないはず・・・まさか、成美さんの家族は観に来てくれないとか?
そんな私の心配をよそに成美さんは不適に微笑む。
「実は綾乃様は吹奏楽部の皆様からも注目されておりまして・・・彼女をお招きすると言えば、多少余分に融通していただけるのではないかと」
「なんだそういう・・・って本当に良いの?」
「ええ、綾乃様には私も良くしていただいておりますし、これくらいは」
特別扱いは綾乃様の方だったか。
日頃流也さまに慣れてしまっているせいで忘れがちになるけれど、二階堂家も相当な名家なのだ。
こういう特権めいた扱いがあっても何ら不思議はない。
「後ほど部長にお伺いしてみます・・・ですので、まだお約束までは出来ませんが」
「うん、こっちも綾乃様に聞いてみるね」
「はい是非に・・・先輩方も気合いが入ると思います」
クラス委員を務める綾乃様の事だから、姫祭も忙しい可能性がある。
もしダメだった時は変に期待される前に連絡しなきゃだね。
そうこう言っている間に、うちのクラス委員である流也さまが教壇に上がってきた。
「朝のホームルームを始めるぞ」
カツカツと小気味良くチョークの音が教室に響く。
今日も今日とて朝のホームルームを仕切るのは我らがキングこと流也さまだ。
議題はもちろん姫祭の出し物について。
ちなみにゲームではお客さんがメイド服に着替えて流也さまにご奉仕出来るという、逆メイド喫茶なるものが開催されていた。
ゲームの葵ちゃんはメイド服を楽しんでいたけど、私と左子は毎日着てるしなぁ・・・って、このままじゃイベントが発生して流也さまの葵ちゃん好感度が上がってしまうじゃないか!
自分の使命を思い出せ私!
なんとかしてイベント発生を阻止するんだ!
「高級レストラン」
「ファッションショー」
「流也さま主演の演劇なんてどうかしら」
「なら映画を作って上映するのもありじゃね?」
「時代はVRだよ、360度楽しめるヴァーチャル映像を・・・」
次々と書き出されていく出し物の候補達。
しかし、その中に逆メイド喫茶の文字は見あたらない、それどころか普通のメイド喫茶の案すら出てこない。
やはり流也さまが気まぐれで思いつくのだろうか・・・その流也さまはと言うと、挙がってくる要望に耳を傾けるのみで、今のところは何かを言い出すような素振りは見えない。
でもなんか時折チラチラとこちらの方に視線を向けているような・・・さすがに気のせいか。
「あ、あの・・・」
ここで遠慮がちに手を伸ばしたのは成美さんだ。
吹奏楽部の練習がある彼女はクラスの出し物にはあまり関われないはずだけど・・・
「百瀬か、遠慮は無用だ、希望があるなら言ってみろ」
「あの、何と言えば良いのか・・・以前綾乃様のお屋敷に伺った際に右子さん達が着ていらした・・・そう、メイド服・・・」
「まさかメイド喫茶!?」
「右子、何か知っているのか?」
「え・・・あ、まぁ・・・」
しまった、つい声に出してしまった。
さすが家に本物のメイドもいる流也さまなだけあってメイド喫茶と言われてもピンとこないらしい。
真面目な表情で私の言葉を待っている。
言い出しっぺの成美さんもメイド喫茶の存在を知らないみたいで、何か期待するような目でこっちを見ている。
それだけじゃない、気付けばクラス中の視線が私に集まってきていた。
「メイド喫茶というのはですね・・・」
・・・どうするべきか。
ここで下手に興味を持たれたら、クラスの出し物がメイド喫茶になってしまう。
きっとそこから「うちのクラスだけの個性がほしい」って流れになって逆メイド喫茶に一直線だ。
かと言って誤魔化せそうな良い嘘も思い浮かばない。
メイド服って言葉まで出ちゃってるしね・・・ここからまったく別物にもっていけるような発想力は残念ながら持ち合わせていない。
「ありていに言うと飲食店です、喫茶店です」
「飲食店・・・お前達が夏休みに働いていたような所か」
なるべく興味を持たれないように、淡々と語る・・・ごく平凡な飲食店という印象を与えれば採用されずに済むかも知れない。
「はい、接客担当がメイド服を着ているというだけで、どっきりビッキーと大差はなく・・・」
「どっきりビッキー!やりたい!」
「ちょ、左子?!」
どっきりビッキーの名前に反応したのか、思わぬ所で左子が食いついてしまった。
さっきまでは何も興味もなさそうだったのに、すっかり目が輝いちゃってるよ。
「ハンバーグを焼くなら、まかせて・・・師匠直伝の技・・・忘れてない」
そう言いながら左子は立ち上がり、卓球のような構えをして見せた・・・鉄板でハンバーグを焼く時の動作なんだろう。
「や、だからね左子、メイド喫茶はハンバーグのお店ってわけじゃなくて・・・」
「ふん・・・面白いではないか」
「うげ・・・」
流也さまが食いついた。
まさかこんな事で興味を持たれてしまうなんて・・・一度流也さまがその気になってしまったら、もう止めるのは難しい。
このままゲームのイベント通りに逆メイド喫茶になってしまうのか。
「決まりだ、このクラスの出し物は『メイド服を着て接客するハンバーグ店』とする」
「?!」
「メイドと飲食店、どちらも経験しているお前達2人の力を存分に見せてもらうぞ」
「え・・・」
「必要な物があれば遠慮なく言ってくれ、もちろん食材は最高の物を用意しよう」
「・・・ハンバーグを焼くのには・・・180度を維持出来る鉄板が必要・・・」
「問題ない、すぐに手配する・・・他には」
たちまち必要な調理器具がリストアップされていく。
さすがは流也さま、決断からの実行が速い。
他のクラスだったら「これは明日、あれは明後日決めます」と時間をかけている事をスパッと決めていく・・・
まさに彼ならではのリーダーシップだ、キングと呼ばれるのも伊達じゃない。
「メイド服のデザインはどうする?うちの使用人用の服ならすぐに用意出来るが、オーダーメイドも可能だ」
「あんまり豪華過ぎるのはちょっと・・・でも皆が着る分はフリルとかでかわいくした方が良いかも」
「わかった、明日までに何枚かデザイン案を用意しておく」
ここまでの流れをみる限りは普通にメイド喫茶になりそうだけど・・・どこかで変な閃きでもあるんだろうか。
なんか藪蛇になりそうだけど、一応確認した方がいいか・・・
「流也さま・・・ちなみに、お客さんにメイド服を着せたりとかは・・・」
「なんだそれは・・・メイド喫茶とはそういうサービスも提供しているのか?」
「いえ、そんな事は絶対にありえませんから!・・・念のために注意しておこうと・・・ほら、変に個性を出そうと奇抜な事言い出す人っているじゃないですか!」
それが流也さまの事だなんて口が裂けても言えないけど・・・とりあえず流也さまのこの反応を見る限り、興味はなさそうだ。
この分なら逆メイド喫茶イベントは回避出来そう。
「ふん、変なやつだ・・・個性ならもう考えてあるから心配は無用だぞ」
「?いったい何を・・・」
「見てのお楽しみだ、当日を楽しみにしているが良い」
やっぱり何か企んではいるらしい・・・でも逆メイド喫茶じゃないならいいか。
経験者として内容に口を挟める立場にしてもらえたのも色々とやりやすいかも知れない。
うまい具合に綾乃様を呼んでアピールが出来れば、少しは有利に進められるかも知れないし。
しばらくはこのままメイド喫茶の準備を進めながら様子を見ることにしよう。
「そう、右子達のクラスはもうそこまで決まっているのね」
「まぁ・・・だいたい流也さまが即断してしまう感じなんですけどね・・・」
今日の紅茶研は珍しく礼司さまも葵ちゃんも欠席で、私と左子、そして綾乃様の3人でのんびりと紅茶を戴いている。
やはり流也さまが仕切るうちのクラスはかなり特殊なケースのようで・・・今日決まった事を話したら綾乃様に驚かれてしまった。
「それで私と左子が経験者だからって、色々任されちゃって・・・」
「・・・ふふふ・・・師匠直伝の技をみんなに教えるの」
「左子、あんまり厳しくしたらダメだからね、皆で楽しむ為の学園祭なんだから」
「ん・・・わかってる」
目下の不安剤料、妙にやる気を出している左子を軽く窘める。
とは言え、この子がクラスの事でこんなに積極的になっているのを見たのは私も初めてだ。
最近は成美さんと話す事が増えてきたけれど、左子が私以外の誰かと話す事は滅多にない。
だからこの機会にクラスの皆と打ち解けてくれると、お姉ちゃんとしては嬉しかったりもするんだよね。
「右子もあまり無理をしてはダメよ・・・しばらくは屋敷の仕事を控えるように千場須に言っておくべきかしら」
「いえいえ、クラス委員をやっている綾乃様に比べたら全然ですよ」
千場須さんから少しずつ教わってはいるものの、私達の屋敷での仕事はまだまだ少ない。
最近教えてもらった事も非常時用の避難経路や発電機の使い方・・・掃除や洗濯といったメイドらしい仕事をする事はほとんどなかった。
そう考えると、クラスでメイド経験者を名乗るのに抵抗が・・・
「むしろもっと屋敷の仕事した方が良いかも・・・」
「本当に大丈夫?!無理はしないでね」
「は、はい、本当に辛くなったら適当にサボ・・・休憩を入れますので、ご心配には及びません」
「・・・姉さん」
左子のジト目がちょっと痛い・・・
でもイケメン達の攻略も意識しないといけないし、姫祭の期間は忙しくなりそうだ。
ああ、そういえば成美さんの件も伝えなきゃ。
「綾乃様、成美さんが吹奏楽部のコンサートでソロパートを演奏するんですが・・・」
「まぁ、そうなの?吹奏楽部の評判はうちのクラスでも耳にするわ」
「それで・・・もし綾乃様の都合が良かったらなんですけど、一緒に観に行けたらなって・・・」
「ええ、問題ないわ・・・二日目よね?今のうちにスケジュールを押さえておくわ」
「えっ良いんですか?」
意外な程あっさりとOKを貰えてしまった・・・クラス委員の仕事は大丈夫なんだろうか。
「良いも何も・・・せっかくの学園祭なのだから、二人と一緒に回るつもりなのだけど・・・」
部室に私達3人しかいないからか、綾乃様は子供っぽく拗ねた表情を見せる。
綾乃様は整った顔立ちをしているからこういう表情のギャップも魅力的だ・・・きっとイケメン達もこの表情で簡単に攻略できるんじゃないだろうか。
そう思っている間にも綾乃様の表情は代わり、今度は不安そうな影が差していた。
「右子と左子こそ、時間は取れそう?」
そんな顔をされたら何が何でも予定を開けるしかない。
綾乃様を安心させるべく、私と左子で一緒に頷いて見せる。
「はい、一緒に回りましょう」
「ん・・・私達はいつも一緒」
「・・・よかった、今から楽しみね」
心底ホッとしたように微笑む綾乃様。
イケメン達の攻略も大事だけど、やっぱり綾乃様には今年の学園祭を楽しんでもらいたいな。
きっとこの3人で学園祭を回れるのも今年だけだろうから・・・
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